第11話 やってしまった
結局あの後、エリクは後からやってきた使用人の手を借りて浴室へ。
その間に、ヒストリカはいったん自分の部屋に向かうことにした。
コリンヌの案内で入室するなり、実家の自室の軽く五倍の広さがある部屋に思わず目を細める。
まず目についたのは天蓋付きのキングサイズベッド。
いかにもふかふかそうで清潔感があった。
夫婦になって一緒に住むとなるとベッドも一緒なのでは?
という考えがふと浮かぶも、答えられる者はこの場にはいない。
鏡台も机も大きく、お化粧や勉強に不便は無さそうだ。
壁には一面にパステルカラーの花柄模様。
天井にはたくさんの蝋燭が刺さったシャンデリア。
日中は気持ちの良い陽の光がこれでもかと差し込みそうな大きな窓。
貴族を通り越して王族のような部屋に
「あっ、ヒストリカ様!」
きょろきょろと部屋を見回すヒストリカに、先に部屋に到着して引っ越し荷物の片付けをしていたソフィが声を掛ける。
「見てくださいよ、ヒストリカ様! こんな広いお部屋……」
言葉を途中で切ったのは、ヒストリカの表情から不穏な気配を感じ取ったからだろう。
「何かあったようですね」
「ええ、あったわ、本当に色々」
ぽすんとベッドに腰を下ろしてから、ヒストリカは先ほど応接間であった出来事をソフィに説明する。
「なるほど、そんな事が……来て早々、大変でしたね」
「本当に」
ふーと息をついて、ヒストリカは言う。
「控えめなサポート役に徹しようと思っていたのに、早々に差し出がましい動きをしてしまったわ」
──女のくせに出しゃばりすぎだ!
先日の夜会での、元婚約者から言い放たれた言葉を思い出す。
先程の応接間でのヒストリカの振る舞いは、ヒーデル王国の風潮と照らし合わせると決して良いものではない。
ありのままでいて欲しい、とエリクは言っていたが内心では良い気分をしていないだろう。
プライドが傷つき、早々にヒストリカとの婚約を後悔しているに違いない。
「ある意味、最高のサポートだったかもしれないですけどね」
「どこの世界に、仕事をしようとする夫を理詰めして妨害する妻がいるのよ」
ヒストリカは呆れの気持ちと共にため息を漏らした。
しかし不思議と、ヒストリカに後悔はなかった。
エリクがあまりにも辛そうだったから、自分の意思決定は間違っていなかったと胸を張って言える。
それと……なんと言うのだろう。
自分の身体を壊してでも他者の要求に応えようとするエリクの姿が、他人事とは思えなかった。
いつかの自分が重なったような気がして、放っておけなかったのだ。
「やってしまったものは仕方がないわね。今更しおらしく戻るのもおかしな話だから、そのままの態度でいこうと思うわ」
それでまた今回の縁が破断するなら仕方がない。
ヒストリカの意思表示に、ソフィは「それでいいと思いますよ」と穏やかな笑みを浮かべた。
「聞いた限りだと、ヒストリカ様の通常運転を受け入れてくれそうな方ですしね」
「……まだわからないわ」
そう、わからない。
彼の本質を判断するにはまだまだ時間が足りない。
でもエリクは……素の自分を受け入れてくれるような気がした。
根拠はない、ただの直感である。
「何にせよ、旦那様があれほどまでに過剰な働き者とは思っていなかったわ。私がいなかったら、あのまま仕事に戻っていたでしょうね」
皮肉を込めたようにヒストリカは言う。
あれではただの仕事中毒である。
あんなになってもまだ働こうとしていたエリクもエリクだが、周りの使用人も大概である。
立場上、強く意見を言えない部分はあるだろうが、主人の体調を慮るのも使用人の役目ではなかろうか。
ヒストリカの場合、実家にソフィが来てから身体を壊すことも無くなった。
父親から与えられた課題を完遂すべく無理しようとすると、ソフィが「だめです! 休んでください!」と強制的に机から引っぺがされベッドに連れて行かれた。
鬱陶しさを感じていなかったといえば嘘になるが、今こうして元気でいられるのはソフィのおかげでもあると確信を持って言える。
「ヒストリカ様? 何か私のお顔についていますか?」
「いいえ」
ヒストリカが小さく顔を振る。
「貴方にはお世話になっているなって、思ってるだけよ。感謝しているわ」
「ええっ、もう、なんですかいきなり〜〜!!」
ソフィが頬を両手で抑え嬉しそうに身体をくねくね。
そのまま抱きついて来ようとしたソフィを華麗な身のこなしで避ける。
ぶへっとベッドに顔からダイブするソフィを尻目にヒストリカは言った。
「さて……じゃあ私も、準備をしましょう。ソフィ、家から持ってきた枕は?」
「ちゃんとそちらのベッドに取り替えております。お休みですか?」
「その前に入浴、それと……監視よ」
「ははあ、なるほど」
ベッドから顔を上げるソフィは合点のいった様子。
そんな彼女に、ヒストリカは告げた。
「とりあえず、今から執務室に向かってくれないかしら? 私が入浴している間……」
「はい! 旦那様が仕事をしないよう、しっかりと監視致します」
「ええ、よろしく」
無表情のまま、ヒストリカは頷いた。
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