第48話 失われた十年の、その続き
「うわ、帰ってきたなら言えよ。おかえり」
「……俺がいない時に男を家に入れた」
「家じゃなくて店だろ? それに商会長さんだから大事にしないと。それに神様、なんだかんだ蛇でめちゃくちゃ監視してただろ。34匹は見つけたぞ」
「41匹だ」
「ホラーじゃねえか」
神様は部屋のあちこちに散らばった蛇を自分に収束させながら(慣れないとほんと怖いだろうな、この光景)じっとりとした目であたしをみる。
「シャーレーンが店を開きたいなら、あの男に頼らずとも良かったのに」
「なんだよ藪から棒に」
「俺なら各地の一番の繁華街に店を建てられる」
「そ、そういうのはいらねえよ。生活は困ってないんだし」
「じゃあなぜ働く」
「それは……あたしはただ……父さんがしてたのを真似したいだけだからさ」
ーーあたしが自由になってやりたかったこと。
糸の切れた凧のように、自由を持て余していたあたしの着地点。それは8歳からの人生のやり直しだった。
まずは父の真似をして、自分なりに店を持つこと。
薬草茶は薬師の資格がなくとも販売できるし、正式な薬よりも自由な調合で売ることができる。そこに少しだけ聖女異能をかけて売れば、それなりに目立たない程度に、人の役にたつ商売ができる。薬草茶に関しての知識と経験は、父から得た知識だけでなく、聖女として働いてきた時代の蓄積がある。
あたしは店を見渡した。
天井から吊るした薬草も、棚の雰囲気も、どれもーー失った心懐かしい帰る場所を、自分なりにもう一度 作りたくて。店名もヒラエスにした。父の名前だ。
あたしが聖女になるときに、名字があったほうがいいということになった。適当な家名をつけられそうになった時、あたしは反射的にヒラエスがいい、と言った。この国の言葉でヒラエスに意味はない。異国から流れてきた父の名前だから、誰も反対しなかった。
ちなみにーーあたしは『再臨年』以降、見た目の年齢を好きに変えられるようになった。
聖遺物がなくなったことで、神様は国に縛られない土地神になった。
それと同時にあたしの魂の力も増したらしい。二人で一つの神様、のようなものだそうだ。
もう半分以上人間じゃないのかもしれない。
本来なら20歳だけど、見た目の姿も、何が正解なのか時々わからなくなる時がある。それだって怖いと思うより「神様の妻なんだからそんなもんか」と楽観的に受け止めている。
まあいいだろ、深く考えたからっていいことあるわけじゃねえし。
そんなわけで普段は10歳。シャルテちゃんとして年齢を重ね、あの日奪われた歳月をあたしなりに取り戻している。シャルテとしての人生でも18歳になった時はーーその時はまた改めて、人生を見つめ直すつもりだ。
「ねえ、神様」
「ん」
「……なんでもない」
「そうか」
「ふふ」
「何がおかしい?」
「いや……呼んだら誰かいてくれるって、幸せだなって」
呼べば返してくれる人がいる幸せ。「なんでもない」と言えるくすぐったさが、嬉しい。
「さて、そろそろ午後の仕事に戻りますかっと」
あたしがうんと伸びをすると、気がつくと背が高くなっていた。
「あれ」
18歳の姿だ。振り返って、あたしは後ろに立っている神様に文句を言う。神様の仕業だ。
「……ちょっと神様、いきなり体いじんなよ、びっくりするじゃねえか」
「親愛を示したくなった。
「だからってデカくすんなよ、ちょ、」
「シャーレーンが嫌がるならやめる」
「…………その言い方、ずるいんだよ」
「人間の愛情表現は嫌いか?」
「嫌いじゃねえよ、だからずるいって言ってんだよ」
「知ってる。シャーレーンは本当に嫌な時は、させない」
「…………ついでにデリカシーって言葉も覚えてくれたら嬉しいぜ、神様(ダーリン)」
ーー神様は人間じゃない。だからあたしが嫌がることはしない。
人間の男としての関心はそもそも持っていないからだ。
つまり、あたしにこうしてこう、その……こうくることは、つまり、あたしが何を嬉しいと思うのか、愛情表現だと思うのかを、わかっていて、その。
「愛してる、シャーレーン」
「……ああくそもうわかったよ、あたしの負けだ。……少しだけだからな……」
「ん」
うっとりと微笑む目に弱い。蛇のように絡みついて、甘えるように首に顔を埋められると体温がもっと欲しくなる。それが仮に人間らしくあったかくした、まがいものの体温だとしても。身を委ねて、目を閉じる。
あの空を覆う美しい神様が、こんな普通の男みたいなことをしてると思うと、不思議だし、ヘンな気持ちだ。
ようじょだからわかんないって、こういう時も逃げれたらいいんだけど。
「シャーレーン」
「ん……?」
「もう二度と俺から離れないで」
「……わかってるよ」
「愛してる」
「あたしもだよ」
「名前で呼んで欲しい」
「……照れるんだよ、なんか」
「誰にも聞かせなければいい」
神様の真っ黒な瞳が、顔が映る至近距離で細くなる。夜の帳みたいな髪の色も相まって、目を開けているのに、目を閉じているような心地がした。黒に、飲み込まれる。
あたしはハリボテの聖女だった。異世界からやってきた聖女でもないし。シャルテちゃんなんて姿も嘘だ。
けれど全てを剥ぎ落としたただのシャーレーンを、神様は確かに、愛してる。
あたしは案外広い背中に腕を回す。
そして心の中で。あたしのだけの神様の、本当の名前を呼んで愛を囁いた。
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