第19話 神官トリアスの吐露
神官の名前はトリアス。
あたしたちのことはとりあえず「聖女シャーレーン様に命じられ異世界帰還後の国の状況を報告する役目を負った御使い」ということにした。
行き当たりばったりで考えた設定ながら、彼は素直に受け入れてくれた。
おかみさんに作ってもらった夜食を取りながら、トリアスが涙ながらに話してくれた。
「うう……美味しい……シェパーズパイ……おばあちゃんの味だぁ……」
「熱いから落ち着いて食べなよ」
「はひ……」
涙混じりで少しずつ話される内容をまとめると、こうだ。
教会内部ではルルミヤの命令として、聖女たちに接待と称して貴族男性との会食を行いはじめたらしい。
聖女は一般男性と会うには面会室の網越しか、聖女護衛騎士(メイデンオーダー)付きであることを求められる。聖女は十代から二十代前半の年若い女で構成され、治癒という特別な異能を持つ。また教会の教義としては処女しか治癒能力がないとされている(実際のところは、そんなことないけど)。そもそも教会の聖女院は、市井にいては危険すぎる聖女たちを保護するために創建されたものだーー今ではただの、聖女異能者を管理し有効活用するための組織になっているけれど、それはそれとして。
とにかく聖女が一般男性と会うのはなかなか大変なのだ。あたしだって、ロバートソン会長とは教会の面会室の網越しか、途方もなく面倒な申請を通した上で、聖女護衛騎士連れでしか会ったことがない。ルルミヤはーー聖女を、貴族社会に対するもてなしに使っているのだ。
ひとしきり食事を腹に納めて、少し落ち着いた顔になったトリアスは言う。
「聖女の皆さんも困惑しています。教義に合わないことを良いのだろうかと、躊躇いながらルルミヤ様の指示に従っている状況ですが……。もちろんトラブルも発生しています。教義を理由に拒絶した聖女もいましたが、彼女たちは意図的に、僻地の過酷な治療会に飛ばされて」
その光景を思い出しているのだろう、トリアスは顔を顰める。
「最悪だよ。目の前で何の罪もない聖女たちが泣いてるのに、僕は助けられなくて……。今日だって、炭鉱の治療会で荒くれ者の連中に絡まれていた聖女たちを庇ったら、逆に僕が聖女護衛騎士に引き摺り出されたんです。……ルルミヤ様は接待をお命じになっている、それを邪魔するなら、こうだ、と……」
彼が腕を捲ると、そこには痛々しい青あざがあった。
「教会の中はおかしいんです。ルルミヤ様派と大神官様派に別れて、秩序もめちゃくちゃだし……誰も、何が正しいことか、やるべきことかわからないでいるんです。けれど上層部はみんな、二大派閥のどちらが教会を支配するのかで揉めることばかりに集中していて。……聖女も神官もみんなボロボロです」
「……辛かったな」
あたしが背中を撫でると、また彼は大泣きをはじめた。
「うう……ごめんなさい……君みたいな女の子の前で泣くなんて」
「泣いていいよ。無理に気持ちを押し込めても、心が壊れちまう。……その涙は、あんたがそこまで必死に頑張ってきた証拠さ」
二十代くらいの男にとって、幼い女の前で号泣する程の苦しみというのはいかばかりか。よほど苦しかったんだろう。あたしはただ、背中を撫でて慰めた。
神様の方を見るのが怖いけれど、邪魔をしないということは一応許してくれてるんだろう。
あとでどんな「上書き」をされるのか、今は考えないでおこう。
「マケイド市は、市長のデニズドン男爵も有力者のロバートソン商会長も、熱心なシャーレーン様の支援者だったと聞いていました。この窮状を訴えるには彼らしかいないと思い、僕は治療会から逃亡して、ここに来たんです」
「なるほどな。わかったよ。……ロバートソン商会長は知り合いだ、話を通すことはできる。彼も街の状況には不安も抱いていたから、お互い良い情報交換ができるだろう」
彼が泣き止んで落ち着いたところで、あたしは改めて尋ねた。
「聖女護衛騎士団の様子はどうだ?」
「そうですね……最近は妙に荒れている気がします。何かに怯えているような……」
「怯える?」
「そうそう最近、ちょっと人の入れ替わりがあったんですよね」
「へえ……どんな?」
「人員が減ったとかで、護国騎士団所属の騎士が聖女護衛騎士団に移動してくることが増えたんです。元の聖女護衛騎士団の人たちってほぼお坊ちゃんというか、留学経験や学習経験はあっても実践はできないような人ばっかりだったんですよ。それが今では、背も高くていかつい、顔も怖い感じの騎士がぞろぞろ入ってきて……まるで、何かを警戒しているような」
「…………それはいいこと聞いたなあ。名簿って、あんた仕入れられる?」
「逃亡した僕の名前では難しいかもしれませんが……ちょっとツテを使えば、もしかしたら」
やった。あたしは手応えを感じてニヤリと笑う。
聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)内部の名簿が手に入れば、あたしを襲ったのが誰なのか、襲った目的は何か調べやすい。
神様がスッとやってきた。
「男。直った」
「おいダーリン、男って呼ぶなよ。……あ、メガネ?」
トリアスの、ボロボロになっていたメガネを修繕してくれていたらしい。トリアスは喜んで受け取り、かけて目を輝かせた。
「すごい! 新品みたいに綺麗だ……! ありがとうございます」
そして彼はメガネをかけた状態で、あたしの顔を見て目を瞬かせた。
「……あれ? よく見たら…………シャーレーン様に少し似てます?」
「あーよく言われる。だからさ、あたしを遣いにしたんだ、シャーレーン様は」
「そっか〜なるほど〜。シャーレーン様もお綺麗で素敵だったな〜……」
「あはは」
あまり気にしなくてくれて助かる。
「じゃあとりあえず明日はロバートソンさんに話をしようか。今夜は宿の隣の部屋に泊まりなよ。危ないから念のため、しばらく女装はしといたままでいて欲しいけど」
「はい! ありがとうございます……!」
彼はスムーズに隣の空き部屋に宿泊することになり(神様の例の力を使わせてもらった)、今夜はひとまずほっとできそうだ。
「それでは本当にありがとうございます。おやすみなさい、シャーレーン様の御使いのお二人」
「その話絶対他にすんなよ。じゃあな!」
余計な記憶を消すのは明日でいいだろう。
隣の部屋に行こうとするとき、彼は思い出したように「あ、そうそう」と口にした。
「御使いのお二人なら知ってますか? 今教会、土地神カヤの霊泉が枯れてるんですよ」
「……………………え?」
「大神官派の神官たちは大盛り上がりですよ。やはりルルミヤ様が正当な筆頭聖女じゃないから神がお怒りになってるんだと。聖女接待や無料治療会もかこつけて、ルルミヤ様を糾弾する準備を進めているようですが……全く、そんなことだから神がお怒りで、霊泉が枯れたんでしょうに」
「…………………………」
「それではおやすみなさい! ああ、メガネが直ったから元気出てきちゃった。では!」
バタン
部屋に二人きりになったところで、ふと振り返ると、神様が真顔であたしを見下ろしていた。
「……神様」
瞳が金色で、人形のような真顔が怖い。
月明かりを背に、神様の体があたしに覆い被さった。
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