花火大会
「はあい」
車を止め降りたら、そこにヨウスケとヒトシの姿があり、アナンは自分の顔が引きつるのがわかった。ヒトミは楽しげに二人に手を振っている。
「偶然ね。あなた達も花火を見に来たの?」
「ああ」
ヨウスケはそう短く答えた。その隣のヒトシはなぜか険しい顔をしてそっぽを向いていた。
(花村くん、なんだか様子がおかしいけど?北守にそういう態度取られてもおかしくないけど、花村くんが?)
秘密をヨウスケにバラされたと思い、アナンは軽蔑されたと心配になった。
そんな彼女の思いなど関係なく、ヒトミは妖艶に微笑み、ヨウスケの腰に手を回す。
「ねぇ。4人で花火見ましょうよ。その方が楽しいわよ」
ヒトミはその真っ赤な唇をヨウスケの顔に触れそうなくらい近くに寄せて囁く。
(え?二人はそういう関係?でも一応生徒の前なんだけど……)
アナンはちらっとヒトシの顔を見るとそんな二人の様子に驚いた様子はなく、ただ不機嫌そうに顔を背けていた。
「そうだな。そうしよう」
アナンの戸惑いがわかってか、ヨウスケはさりげなくヒトミから離れる。ヒトミは名残惜しそうにヨウスケを軽く睨んだ。
「こほん。それで、野中先生。どこで花火は上がるんですか?」
アナンは雰囲気を変えようと咳払いをして話題を振る。
「海の方よ。あそこに小さな島があるでしょ。無人島なんだけど、花火を上げるときには丁度いいから使うのよ」
ヒトミがそう答えるのと同時に音がした。そして夜空いっぱいに大きな花火が広がる。
「もう始まったのか」
「ほら、あそこにいきましょう」
ヒトミはヨウスケの腕を掴むとアナンとヒトシに構わず先に歩き出した。
(もう、一応教師なんだって……。花村くんは生徒でしょ?そんな彼の前で)
アナンはため息をついた後、後ろのヒトシを振り向いて見た。やはり先ほどと同じく険しい顔のままだった。
(なんでだろう?やっぱり北守が話したのかしら?それにしてもあのフェロモンたっぷりの野中先生に驚かないとはたいしたものだわ)
「町田先生、ヒトシ~。こっち空いてるわよ」
花火の音に負けないようにヒトミがおしゃれなレストランの中から叫んだ。ビアガーデンのような場所が設置されており、その一角が運よく空いていたようだった。
「今行きます。花村くん、行きましょう。花火が終わってしまうわ」
アナンはため息をつくとヒトシに声をかける。ヒトシはただ頷くとアナンの後ろのついて歩きだした。
(ヒトシくんって無口な子なのね)
アナンは昼間見た時と印象がまるで違うので、少し驚きながらヒトミ達のいるレストランへ向かった。
レストランに着くとヒトミ達は先に座り、空を見上げていた。
アナンとヒトシもその後ろの座り、同じように空を見上げる。
ひっきりなしに花火が打ち上げられ、夜空を飾った。
アナンは久々に見る花火に夢中になり、ヒトミ達が姿を消したのに気付かなかった。
十分くらい立っただろうか、途中休憩のような時間になり、アナンはやっと二人の姿が見えないことに気づいた。
「花村くん。二人がどこに行ったのか知ってる?」
「知らないですけど。携帯電話持ってるから掛けてみます」
ヒトシがそう言ってポケットからスマートフォンを取り出し、掛けてみたがつながらないようだった。
「まったく」
ヒトシは呆れたように溜息をつき、スマートフォンをテーブルに置いた。
(きっとどっかにしけこんだのね。はあーまったく。信じられない!二人とも一応教師なのに!!高校生の花村くんじゃ運転できないし、帰れないじゃないの!)
イライラしたが、怒りをヒトシに向けてもしょうがないのでとりあえず花火でも見て待つことにした。
「しょうがないわ。ここで待つしかないわよね。花村くん、何か飲みたいものある?先生がおごってあげるわ。でもアルコールはだめだからね」
アナンが微笑むとヒトシは目をそらした。その顔はなんだか辛そうだった。
(もしかして私って花村くんに嫌われてるのかしら?心あたりがないけれど、あるとすればあの馬鹿北守のせいだわね)
「花村くん。花火が終わるまでとりあえずここで待ってみましょう。二人とも多分そのころには戻ってくるはずよ。私と二人じゃ嫌かもしれないけどちょっと我慢してね」
教師として適切な言葉じゃないだろうがアナンはそう口にした。教師と先生にも相性がある。合わないのに無理やり仲良くしようとしないのがアナンだった。
その言葉にヒトシは目を一瞬丸くするとふわりと笑った。柔らかな微笑みだった。
「別に……。俺は先先が嫌いなわけではないですよ。じゃ、俺、コーラでいいです。俺が頼んできますよ。先生は何がいいですか?」
ヒトシは先ほどまでの硬い雰囲気がまるで幻だったように優しい口調でそう聞いた。
「じゃ、えっと。私もコーラでいいわ」
アナンがヒトシの急な変化に戸惑ったがその言葉に甘える。ヒトシは席を立ち、カウンターのほうへ歩いて行った。
☆
「こら、ヒトミ!」
自分に抱きつくヒトミを邪険に扱いながら、ヨウスケはスマートフォンの電源を消した。
「だって、あっちはお楽しみじゃない。私達も楽しみましょうよ」
「俺はそんな気にならない」
ヨウスケが冷たくそう答えるとヒトミは皮肉な笑みを浮かべた。
「町田アナンが気になるの?一度寝ただけで?」
「そんなことまで知ってるのか」
ヨウスケはヒトミの豊富な情報に驚きながらその体を押しやった。
「私は何でも知ってるわ。今からあることもね」
ヒトミに言葉にヨウスケは他の意味を感じて眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「そういう意味よ。ねぇ。前は遊んでくれたじゃない。今はだめなの?」
ヒトミは目を輝かせてヨウスケに口づけた。ヨウスケはその唇の感触を楽しみながらも頭の中は冷静だった。
今夜、アナンはその宿命に掴まろうとしている。一年後には死が待っている。
人を死にやろうとしている時にそんな気分になれるわけがなかった。
「悪い。俺はその辺ぶらついてくるわ。後でまたレストランで会おうぜ」
ヨウスケは唇についた真っ赤な口紅を手の甲で拭って、ヒトミに手を振った。
彼女は残念そうにヨウスケの後ろ姿を見送るが、追おうとはしなかった。
彼女には他にやることがあったからだ。
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