それぞれの思惑

「花火?」

「そう、すごいわよ。見て損することはないわ」


 アナンの住む学校近くのアパートにヒトミが突然訪ねてきた。

 部屋の番号などは学校で調べたらしいが、アナンは少し警戒心を持ってしまう。

 

「田舎だけど花火だけはすごいのよ。どう?」

 

 ヒトミは玄関のドアから身を乗り出すようにして、花火の素晴らしさを語り、アナンも迷い始める。

 しばらく悩んだが、女は度胸と彼女は覚悟を決めた。

 大きな花火など数年見ていなかったので、懐かしさもあったのだ。


「う~ん。わかりました。行きます。ちょっと着替えるので五分まっていただけますか?」

「やった!よかったわ。私は下で車の中で待ってるから」


 ヒトミは嬉しそうにそう言うと足取り軽く階段を下りていく。その姿を見ながらアナンはドアを閉めた。


(さあ、何着ていこう?ま、デートじゃないんだけど。そういえば野中先生、すんごいスタイルよかったんだな)


 ヒトミの体にぴったりと張り付いたTシャツがその大きな胸を強調し、ホットパンツからすんなりとした足が伸びていた。

 アナンはそんなヒロミの姿を鏡の中の自分と比べてため息をついた。


「無難にジーンズにしとこう」


 そうぼやくとアナンは箪笥から黒色のジーンズを取り出した。穿きながらふと思い出したのはヨウスケのことだった。


(あいつも来るのかしら?会いたくないな……。ま、花火なんて柄じゃないわよね)


 アナンは鏡で再度自分の姿を確認すると、鞄を取りスニーカーを履いた。


(花火か。ひさびさに楽しもう)


 ドアに鍵を掛け、階段を降りながらアナンは久々に見る花火に心躍らせていた。




「いいな。事が終わるのがわかったら、すぐに島の外に運びだせ」


 夕暮れが終わりと告げようとしている砂浜の一角、黒いバンの中でそんな会話がされていた。


「でも相手は超能力を持ってるとか……」

「体は俺達と同じだ。力を使わせる前に眠らせるんだ」

「しっかし」

「大丈夫だ。まだ子供だ。ふいをついて眠らせればいい。男には用がない。女だけでいい」

「いいな?」

「わかった」


 会話はそう打ち切られ、車から数人の男達が出てきた。それぞれラフな格好をしており、一見観光客に見える。


「八時半には浜に来るはずだ。藍色のクーペでナンバープレートはH825セだ。女の方は多分赤のオープンカーで番号はH566ハだ。見つけたら電話しろ」


 男たちのリーダーと思われる体格のいい男がそう言い、他の三人の男は頷き、それぞれ違う方向へ歩き出した。




「ヒトシ!」


 家の下に車を止め、クラクションを鳴らすと不機嫌そうな顔のヒトシが家から出てきた。その格好は部屋着ではなかった。


「行く気になったみたいだな」

「……」


 ヨウスケがいたずらな笑みを浮かべてそう聞いたが、ヒトシは何も答えなかった。


 (行く気なんかなかった。でも体が行きたがっていた)


 車の中でヒトシは無言で窓の外に目を向ける。

 今日会ったばかりなのに、彼は自分の好みではないのにアナンに会うのが楽しみだった。

 しかし、そんな花村家の血に踊らされる自分が嫌で、舌打ちをしてしまう。


 ヨウスケはヒトシのいつもと違う様子に首をかしげつつ、星の浜に向かって車を走らせていた。

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