第63話 教えと実践

 一人の治癒師が数人の者を相手に、治癒魔法の効率的な発現方法と詠唱に付いて教えている。

 隣の治癒師の所も数人治癒師見習いが輪になり、治癒師の言葉に耳を傾けている。

 此方は初歩の初歩、詠唱と魔法を発現させる手順の説明だ。


 「少し話が有るので全員集まって貰えるかな」


 二人の治癒師と九人の治癒師見習いが興味津々の様子で俺の前に立つ。


 「聖女様、一級治癒師を賜っております〔エンデ〕で御座います。お話しとは?」


 一級・・・そうだった。

 聖父や聖女等の呼び名を改めて、一級治癒師,二級治癒師,治癒師,見習い治癒師,訓練生の五段階に改めたのだった。


 一級治癒師は重病人、又は怪我人を一日二十人治療が可能な者。

 二級治癒師は重病人、又は怪我人を一日十人治療可能な者。

 治癒師は重病人を1~2名と病人又は怪我人を一日十人治療出来る者

 見習い治癒師は、通常の病気や多少の切り傷を治せる者。

 それ以外の治癒魔法を授かって間のない者とか、治癒魔法が上手く発現出来ない者を訓練生と定めたのだった。


 一度には重病人や重傷者を十人程度治せるが、一日がかりだと倍になるのか。

 魔力の回復が関係しているのなら、魔力回復と体力回復ポーションを常備しておく必要も有る。


 「エンデ達一級と二級の治癒師達で、魔力数の意味を知っている者はいますか」


 「一級治癒師の〔シエル〕で御座います。魔力数の多い者が概ね魔法を上手く使えると言われていますが、それ以外に何か?」


 「私の知る限り、各種人族の授かる魔力は100が最高です。多くの者が生活魔法を授かりますが、その際に必要な魔力は5だと皆さん知っていますよね」


 何を当たり前な事をと言っているのかと、それぞれの顔に出ている。


 「問題は魔法を授かった時に、魔力も同時に授かりますが個人差が有ると言う事です。シエル貴方の魔力は幾つですか」


 「魔力は94御座います」


 「では貴方が治癒魔法に使える魔力は、74と知っていますよね」


 「それ程厳密には、無理をすれば90迄使えます」


 「そう、無理をすればね。そして無理をした結果魔力切れを起こして死にます。そうやって無理をした結果亡くなった魔法使いの話は、良く知られているでしょう。何故死ぬのか・・・無理をしたからか、違うのです結果として無理をして亡くなるのです。理由は簡単、自分が治癒魔法にどれ位の魔力を使っているのか知らないからです。エンデ、腕一本の骨折を治すのに、どれだけの魔力を使っています?」


 「骨一本折れた程度の治療なら40人以上は治せると思いますが・・・」


 「人数では無いのです、一人の骨折を治療するのにどれだけの魔力を使っているのか。疲れた身体が怠いと思い始めた時に、どれ位の魔力が残っているのか判っていますか」


 エンデが困惑した顔で首を振る、シエルに顔を向けると此方も同じ顔だ。


 「疲れた怠いと思ったときには残った魔力は20を切っています。20を切っているとは、生活魔法に必要な五を差し引けば使える魔力は15も無いって事です。怠くなる前に魔法を使うのを止め、魔力回復ポーションを飲む。ポーションが無い場合時には、治癒魔法を使えば自分の命と引き換えだと肝に銘じておいて下さい」


 何を当たり前な事をって顔の者がまだ数名居る、命を引き換えにしなきゃ理解出来ないタイプかな。


 「ここからが本題です。先ず詠唱は簡単で宜しい、長々と唱える必要は有りません。長い詠唱をしたからと言って瀕死の病や怪我が治る訳ではありません。患者や聞いて居る人は有り難いかも知れませんけどね。病や怪我を治したいのなら、先ず病人や怪我人の回復を願いなさい。その上でアリューシュ神様の慈悲を求めなさい。詠唱としては『慈悲深きアリューシュ神様の加護を、この者に賜らん事を』程度で宜しい。馴れればもっと短く出来ます」


 「あのー・・・聖女様それだけですか」


 「勿論、魔法を発現させるのに魔力を押し出す必要が有りますが、無理矢理押し出さなくても大丈夫です。一級及び二級の治癒師の方々なら、魔力が身体から抜けていく感覚は知っていますよね。詠唱と共にその感覚を思い出してヒールと唱えなさい。上級者の貴方達なら造作も無い事です」


 エンデとシエルに詠唱の練習をさせてから、病人達の待つ治療場所に案内させる。

 エンデが横たわる病人を前に詠唱を始めたので中止させる。


 「この方の病状は何か判っていますか、一人でも多く確実に治療しようと思うのなら病状を確認しなさい」


 「ですが聖女様、私達は病人や怪我人から聞いた事しか判りません」


 「此れからは鑑定使いの方と共に治療にあたりなさい。この方はお腹の此処が弱っているのです」


 そう言って胃の部分を指差し、そこを治療する様に指示する。

 その際、患部に手を添えて直接治癒魔法が浸透する様に遣らせた。


 「慈悲深きアリューシュ神様の加護を、この者に賜らん事を・・・ヒール」


 患部に手を置いての詠唱と魔法の発動なので、治癒魔法の淡い光も漏れない。


 「聖女様! まさか此れほど楽に・・・」


 「殆ど魔力を使わずに治療出来たでしょう。悪い所が判っていれば、馴れれば手を添えなくても同じ様に出来ます」


 「はい、魔力を押し出す事も無く、必要な分量の魔力を消費した様です」


 「次の方はシエル、貴方が遣りなさい。その方は左足が不調です」


 「慈悲深きアリューシュ神様の加護を、この者に賜らん事を・・・ヒール。・・・何て簡単に出来るのかしら」


 「間違えない様に、貴方達は一級治癒師で経験豊富だから出来るのです。見習い治癒師や治癒師に昇格して間のない者は、治癒魔法と共に魔力を送り出す事すら難しいのです。私の治癒魔法は加護を受けてのものですから、授かった魔法の使い方を教えられないのです」


 まっ、魔力を練るとか魔力操作や分割使用方なんて、教える気が無いだけだけどね。


 「貴方達一級と二級の治癒師達で話し合い、治癒魔法を授かった者や現在苦労している治癒師達を導いて下さい。鑑定使いの方々は早急に手配しましょう」


 「以後馴れるまでは、患者に触れて治癒魔法を使いなさい。触れている部分から治癒魔法が相手の身体に流れ込み、病気や怪我が治る事を願ってね。患部の位置や症状が判らなくても治療出来ますし、今までのやり方よりも魔力の消費も抑えられます」


 「その様な事は初めて聞きましたが・・・」


 「貴方達はエリアヒールを行った事が有るでしょう。あれをどう思いますか」


 「綺麗ですけれど・・・」


 「綺麗だけれど多くの人を治せる訳では無い事は判っていますね。エリアヒールは、治癒魔法の魔力の拡散です。10人を治せる魔力を10人に使えば10人を治せます。しかし広い場所で10人を同じ魔力を使い、エリアヒールで治す事は出来ません。エリアヒールは見た目は綺麗ですが、綺麗に見えている部分は魔力の拡散で有って、治療の為の魔力が無駄に消費されているだけですから」


 「それは私も感じていましたが、聖女様も手を触れずに治癒魔法をお使いですが」


 その疑問も尤もなので実践してみせる。


 「よく見ていなさい、ヒール」


 少し離れている次の治療を待つ老婆に治癒魔法を使う。


 「体調は如何ですか?」


 「・・・痛みが無い! 有り難い事です。長年痛みと痺れの酷かった足が・・・」


 おいおい、お祈りを始めちゃったよ。


 「気付いた事は?」


 「治癒魔法の光が拡散せず、老婆の身体に吸い込まれていました」

 「私共の治癒魔法は魔力が身体を包み込むのですが、身体に浸透していてまったく違います」

 「同じ様に治癒魔法の光が見えているのに・・・」


 「それはアリューシュ神様の力を、無駄に使わない事を心がけているからです。それを心がけて治療を続けて下さい」


 エンデとシエルは、一度患者に触れて魔力消費を抑える経験をしているので淀みなく治療を続けられたが、流石に何時もより多い人数を治療したために魔力切れを起こした。


 「教えましたよね。魔力切れが起きる前に治療を止めなさいと、あと一人もう少しで治せると無理をする事は、自分の命と引き換えだと。多数の病人や怪我人がいれば重病人重傷者から治療するでしょう。急いで治療しなくても、今現在死ぬ恐れが無いので有れば先送りにしなさい。数日先に延ばせる者まで治そうとして貴方達が死ねば、残りの者達を助けられなくなります」


 エンデを鑑定してみる。


 (鑑定! 魔力)〔エンデ・魔力12/86〕

 魔力回復ポーションの50と20を飲ませてると、一気に魔力が回復してビックリしている。


 「聖女様、此れは何でしょうか」


 「ただの魔力回復ポーションですよ」


 〈此れが魔力回復ポーション〉と呟いて固まっている。

 シエルにどうしたのかと尋ねたら、魔力回復ポーション等は滅多に飲ませて貰えないと答えた。

 しかも魔力回復ポーションといえば、濁った緑色の嫌な臭いがして飲みにくいので嫌いだとの感想付きだ。

 青汁かよと思ったが、黙っている事にした。


 一日の終わり、帰りの馬車の中でアリシアから何処が『魔法の基礎、極々基本的な事』なのよと突っ込まれた。

 アリシアは俺の背後に護衛の様な顔で控えていたが、聞いていても判らなかったらしい。

 メリンダの顔を見ると、此方も理解出来なかった様で掌を上にして肩を竦めている。

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