第61話 下僕

 “てんちゃん”の姿が消えて直ぐにキンキラキンのおっさんが現れた。


 〈なっ・・・馬鹿な〉

 〈エッ・・・何でこんな所に居るんだ?〉

 〈おわっ、此処は?〉


 次々と現れるが、何故自分が礼拝所に居るのか判らずそれぞれの反応が面白い。


 〈エルドアではないか、何故お前が此処に居る?〉


 そう声を掛けた男が、俺に気付いてギョッとした顔になる。

 にっこり笑って優雅に一礼し、ご挨拶を申し上げる。


 「初めましてだね、ラフォール・ウルバン教皇猊下様。申し訳ないと言うか残念ながらと言うべきか、お前達の操り人形になる気は無い! アリューシュ様と精霊を愚弄した報いを受けて貰うぞ」


 「まっままま、待て! 何が望みだ、何でも望みの物を遣わすぞ」


 「残念だね、望みのものをお前達が木っ端微塵にしてくれたよ」


 〈お前がアキュラか! アリューシュ様の愛し子を騙る痴れ者は!〉

 〈多くの者を死に至らしめ傍若無人な振る舞い、アリューシュ様の神罰を受けよ!〉


 《“らいちゃん”此奴を殺さない程度に、鼻の頭に一発撃ち込んでやって》


 《はーい》


 軽い返事と一瞬の閃光の後〈バッチーン〉といい音が響き、喚いていた奴の鼻が真っ黒に焦げている。


 鼻を押さえて涙をボロボロ流しているが、デコピンならぬ雷撃のハナピンは痛そう。


 〈まて・・・待てまて待ってくれ、乱暴は止せ! 共にアリューシュ様に仕える身、話せば判る!〉


 おっ、新手の言い訳、説得か?

 話せば判るか試してみようかな。


 「最初から話し合いに来れば良かったんだよ。でもまあ~、話せば判るのなら俺の話を聞いてね」


 「何でも言って下さい。望みのものは全て差し上げます」


 「あら、教皇猊下。私の望みを叶えて下さるのね♪ 簡単な事ですよ、私の僕になれば宜しいのよ♪ 教皇猊下を下僕にして、顎で使うのって楽しそうじゃないですか」


 「なっ・・・なっななな」


 「なっ? なって何ですの、げ・い・か ♪」


 《“らいちゃん”、此奴の鼻にも一発頼むね》


 《はーい》


 〈バッチーン〉〈ギャーァァァ、鼻が・・・鼻がーぁぁぁ〉


 あ~あ、教皇猊下泣いてんのね。


 「別にお前達が教皇猊下だろうが大教主だろうが関係ない! 嫌なら殺すだけだ。俺の僕として無条件に従うか、お前達が殺した兵や魔法使いの後を追って死ぬか選べ!」


 〈小娘が! 精霊を従えていると自惚れて好き勝手を抜かすな! 栄光あるアリュー〉


 煩いので球体で包み込み、音声を遮断する。


 〈己はこんな事をすれば、どうなるのか判っているのか? 我がアリューシュ神教国とエメンタイル王国との戦を望むのだな〉


 「戦だって、勝手にやればぁ~。 その前に俺に手を出した報いを受けて貰うから、戦どころじゃなくなるな」


 そう言って其奴も球体に閉じ込め、身体を縮めなければならない程度に小さくしてやる。


 「オンデウスがどうなったか覚えているだろう。お前もオンデウスの後を追え!」


 そう言って球体を礼拝所の隅に蹴り飛ばし、先の奴も小さくして放置する。


 「残りのお前達はどうなんだ、俺の僕として生きるか? それとも彼奴らの様に、死ぬまで小さくなっているか」


 教皇猊下と大教主四人にエルドア大教主が平伏して俺に忠誠を誓った。


 「エルドア大教主様、何度も変節していますが大丈夫ですかぁ~。次また裏切れば、気が狂うほどの恐怖と痛みの中で死ぬ事になりますよ。此処であっさり死んだ方が宜しいのでは?」


 〈お許し下さい、二度と貴方様を裏切る事は致しません! アリューシュ神様に誓って〉


 「あー、それが一番信用ならないわ。金儲けの道具の神様に誓われてもねぇ~」


 真っ青な顔で懇願するエルドアに首の結界を確認させ、その結界がなくなったら裏切れば良いと教えておく。

 魔力をたっぷりどころか、精霊の魔力を込めた結界の首輪だ、半年や一年では無くならないだろう。

 時々来て魔力を追加してやるから覚悟していろ。


 宮殿内の騒ぎを収めさせると六人を一ヶ所に集め、定例のマジックポーチとマジックバッグの使用者登録を外させる。

 六人全員がマジックポーチとマジックバッグを持っているのは女神教と同じだが、神教国の連中の方が中身が多いので胴元は儲かるのかと感心した。

 教主達のマジックポーチを調べるのが楽しみだ。


 六人を一部屋に入れ結界魔法で封鎖し、陽が傾き始めた宮殿を後に転移魔法陣の砦に戻る。


 ・・・・・・


 転移魔法陣のある砦の中はのんびりした雰囲気で、いきなり現れた俺を見てネイセン伯爵様が飛んで来る。


 「アキュラ殿、何か不都合な事でも?」


 「いえいえ教皇や大教主は押さえましたが、私一人では一国を御しきれません。私の希望を受け入れて貰えるのなら、当分の間エメンタイル王国がアリューシュ神教国を管理して欲しいのです」


 たった一人でアリューシュ神教国の中枢を押さえた・・・それもたった一日で。


 理解が追いつかず返事の出来ない伯爵に、しれっと占領地の管理をお願いする。 

 管理と言ってもアリューシュ神教国が支配下に置いている全ての魔法使いと鑑定スキル持ちを一時的にエメンタイル王国に送るだけだ。

 その間は教皇達に邪魔をされたくない、どうせ俺の姿が消えたら背くのは目に見えているので、目的を果たす間だけで良いのだ。


 俺が教皇や大教主達を押さえた事を理解した伯爵様は、国王陛下と相談してくると言ってエメンタイル王国へ帰ってしまった。

 アリューシュ神教国側との交渉役どころか、占領軍指揮官の役目を負わされそうになって、逃げ出したと睨んでいる。


 交渉役でも面倒なのにね、俺でも面倒事は他人に押しつけて逃げ出すよ。


 ・・・・・・


 王城に帰ったネイセン伯爵は、使いも出さずレムリバード宰相の所に直行した。


 「ネイセン殿、何か問題でも起きましたか?」


 「問題どころではありませんぞレムリバード殿。一日でアリューシュ神教国の教皇猊下と大教主を押さえてしまったそうです。それで当分の間、アリューシュ神教国を管理してくれと言ってきたのです」


 「はっ? 何を管理ですか」


 「アリューシュ神教国をですよ・・・一介の伯爵の身では一国を御しきる能力は有りません。適任者を派遣する様レムリバード殿から、国王陛下に進言して頂きたい」


 レムリバード宰相は話を聞いて力が抜けてしまった。

 女神教を押さえた手際の良さと、彼女の結界魔法と従える精霊がいれば無敵の存在だとは判っていたが早すぎる。

 背後に控える補佐官と壁際の護衛達に厳重な口止めをして、ネイセン伯爵共々報告の為に国王陛下の執務室へ向かった。


 ・・・・・・


 逃げ出したネイセン伯爵以外に交渉の適任者はいない、警備の責任者に明日又来るからと告げて教団の宮殿に帰る羽目になってしまった。


 六人を閉じ込めた部屋に入ると、額を集めて相談していたのかバッと離れると恭しく一礼する。


 「反撃の手筈は整ったかな。一言忠告しておくが魔法攻撃も毒殺も無理だぞ。万が一成功しても精霊までは殺せまい、その首輪は精霊が掛けた魔法の首輪だ。奴隷の首輪程の強制力は無いが、お前達を縊り殺す事は出来るからな」


 そう言って笑いながら《“あいす”結界の首輪を壊す事無く、凍らせる事は出来るかな》と聞いてみた。


 《ん、出来るよ》簡単に言った瞬間悲鳴が聞こえる。


 〈ヒァーァァ〉

 〈冷たい!〉

 〈お許しをぉぉ、背く事は致しません〉


 全員真っ青になって凍った首輪に手を添えて震えている。

 寒いのなら暖めてあげようかと思ったが、首輪にフレイムの魔法を追加するのは流石に可哀想になり止めた。


 「暫く厄介になるので、自由に歩ける教主の服を用意して。もう一つ、俺の命令を監督するためにエメンタイル王国から人を呼ぶが、彼等のための服と身分証も用意してもらおう。素直に従えば、お前達の身分は保障するし数年で解放してやるよ」


 「それは本当で御座いますか」

 「人質や賠償金とか領土の割譲は?」


 「領土なんて物は要らないよ。俺に対する謝罪金は、お前達から貰っているからな。但し別口で大金が消える事にはなると思うけどな。それと、エメンタイル王国で随分好き勝手をした様だが、その付けは払わされるだろうな」


 俺の指示に従えば、当面死ぬ心配が無くなったので顔色が良くなっている。

 現金なおっさん達だが、下手すりゃ下からの突き上げを食らってあの世行きの恐れが有るぞ。


 「今日の騒ぎは直ぐに広まるだろう。アリューシュ神様が遣わされた精霊の巫女を、そこに転がっている二人とオンデウス大教主が攻撃命令を出した結果だと言っておけ」


 そう言ったら、初めて今回の大騒ぎに気付いた様で真っ青になっている。

 国が荒れては俺の計画が駄目になるので、一度や二度は聖女の格好で精霊を連れ、教団内や王城は練り歩いてやるからな。


 ・・・・・・


 翌日砦に行くとネイセン伯爵様は戻って来ていたが、レムリバード宰相まで来ている。


 「アキュラ殿、状況がよく判りません。教団上層部を押さえたと聞きましたが、神教国を押さえた訳では無いのですね」


 「宰相様、たった一人で国家を支配下に置くなんて無理ですよ。頭の教皇と大教主五名を支配下に置いただけです。手伝ってもらいたいのは、神教国が抱えている魔法使いと鑑定使い全員を、一時的にエメンタイル王国に避難させる事です」


 「そんな事が可能なのかね」


 「拒否すれば彼等の命は無くなりますから、従いますよ。それにエメンタイル王国にとっても損にはなりません」


 「確かに、神教国に連れ去られた治癒魔法使いが帰ってくれば大助かりだ」


 「それに、エメンタイル王国内で好き勝手をしていた、神教国の力を排除出来ますし、和解金もたっぷり貰えますよ♪ 私の希望に添って貰えるのならね。期間限定とは言え、実質的に神教国を管理支配するのはエメンタイル王国ですから」

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