第55話 教団の仕組み

 「アリューシュ神教国教団から、各国の王都には聖父聖女を四名と定められています。これ以上の聖父聖女はアリューシュ神教国の教団が預かり、必要に応じて各国へ派遣されてきます」


 「それにしては、はやり病の時に数が少なかったな」


 「聖父や聖女を一人派遣してもらうのに金貨100枚が必要なもので・・・そのー」


 「それをケチって浮いた金は懐に・・・か」


 聖父や聖女の能力を知らないが、一人で数百人の治療は無理だろう。


 「聖父や聖女達は、重病患者なら魔力切れまでに何名くらい治療出来るのかな?」


 「重病患者だけなら10名前後で御座います。普通の病気なら30名前後は治せます」


 すっくなっ、此れじゃ王都のはやり病がなかなか治まらなかった訳だ。

 エリアヒールの事を聞いてみたが、精々半径20メートル程度で1,2度が限界だそうだ。

 しかも広範囲に魔力が拡散する為に治療効果が下がり、見た目の派手さとは裏腹に無駄が多すぎるので使わないそうだ。

 信者獲得の為の、デモンストレーション用だと言われてしまった。


 患者一人一人相手に詠唱して治癒魔法を使う方が、魔力が長持ちし治療出来る人員も多くなるのは当然。

 俺の様に怪我や病気の患部を狙い、集中的に治癒魔法を使う方が効果的なのに、それをしないって事は鑑定してないか出来ないのだろう。


 聖父や聖女は王都に四名と、伯爵以上の領主の領都に各一名を配置しているそうだ。

 それ以上の聖父や聖女はアリューシュ神教国の教団に属するから、今回の様な時には大金が必要ですと言われた。


 王都には聖父聖女四名、聖教父聖教女十名と見習い多数が居る。

 授けの儀で治癒魔法を授かり、魔力80~100の者で女神教が確保した人員は全て、アリューシュ神教国の教団に送られ治癒魔法の訓練を受ける事になっている。


 聞いていて呆れるほどの宗教を利用した支配力、神様と医者を抱え込んでいれば強いよな。

 他国が迂闊にアリューシュ神教国を排除出来ない仕組みを作り上げている。

 こうなるとアリューシュ神教国の出方次第では、叩き潰すより別な方向で力を削ぐ必要が有る。


 「もう一つ、授けの儀で治癒魔法を授かった者で、王家や貴族等が囲い込んで居る者の把握は出来ているか、それも調べておけ」


 「ランドル・・・」


 「はっ、只今各地区の孤児や貧困家庭を調べておりますので、今暫くのご猶予を」


 「エメンタイル王国内全ての地区を調べておけよ。序でに魔道具職人で使用者登録を解除が出来る者を呼べ」


 此奴等から巻き上げた金貨で資金はたっぷり有るが、教会が表立って持っている運営資金も把握しておく必要もある。


 「ところで、アリューシュ神教国から何か言ってきたか?」


 答えは否。

 未だ何も言ってきて無いって事は、表だって動けば宗教国家としての体面が在るので、裏から動くって事だよな。

 レムリバード宰相から、アリューシュ神教国の動きを教えて貰う必要が出てきたな。

 各国の王都を結ぶ転移魔法陣を管理しているのだから、その辺は把握しているはずだ。


 長い人生になりそうなので、生活基盤の安定の為にも不安要素は排除しておくに限る。


 ・・・・・・


 レムリバード宰相の元に、女神教大神殿の教皇猊下の書簡が届いた。

 アキュラとの確執はどうなったのか、ジリジリして続報を待っていたが表だっての動きが無い。

 アキュラ自身も表だった動きを見せていないが、気になる事がある。


 アキュラはカルロン・ホテルから馬車に乗り、女神教大神殿の入り口から離れた場所に馬車を止める。

 暫くすると馬車はホテルに帰るがアキュラは降りてこない。

 夕刻になると馬車は又大神殿の近くまで行き、朝と同じ様にホテルに帰ってくるとアキュラも降りてくる。


 考えられる事はただ一つ、転移魔法。

 アキュラは治癒魔法と結界魔法しか使えない、転移魔法を可能にしているのはアキュラに付き従う精霊だろう。


 皮肉な話で在る、アリューシュ神を崇める教会が精霊の加護を受ける者と対立している。

 正邪は別にして争いの結果が気に掛かるが、十中八九アキュラが女神教を押さえたのだろうと思われる。

 然もなくば毎日大神殿の近くまで行く筈がない。


 受け取った薄い書簡に違和感を感じながら開く。

 短い一文が目に飛び込んできた〔女神教は制圧した、女神教教団とアリューシュ神教国の事で話し合いたい。アキュラ〕とだけ書かれている。


 場所が書かれていない、王城やホテルは人目が多過ぎるとなれば、ネイセン伯爵の館が良かろう。

 カルロン・ホテルへ使いの者を送り、ネイセン伯爵の館で待つと知らせる。


 ・・・・・・


 ネイセン伯爵様の執務室で向かい合うと、レムリバード宰相が口を開く。


 「アキュラ殿、制圧したと書かれていましたが、どう為されるおつもりですか」


 「女神教はアリューシュ神教国から切り離し、エメンタイル王国独自の教団とします。それと多少の組織改革ですかね」


 「つまり貴方が女神教の支配者になられると」


 「今現在は支配下に置いていますし改革も行いますが、精々数年の事です」


 「改革とは?」


 「一つは教会が抱え込んでいる治癒魔法師達が、はやり病に対して何の役にも立たなかったので役立つ様に変えます。もう一つは、はやり病のせいで親を亡くした子供や貧困に陥った家庭の救済です。そこで提案ですが王家や貴族が抱える治癒魔法使いと、教会に属する治癒魔法使いを統合しませんか」


 「統合とは?」


 「貴族や王家と教会が抱え込んでいる治癒魔法使いを解き放てば、現状より悪くなるのは目に見えています。強制的な雇用程度ならマシな方でしょう。拉致監禁や奴隷として取り込まれてしまうのがおちです。それなら王国と教会合同の保護下に置き、安全を確保した上で能力を発揮出来る環境を整えるべきだと思いませんか」


 「それが実現すれば素晴らしい事だが、私の一存では返事が出来ない。貴族達の反発も大きいだろうからね」


 「はやり病の時に、教会の治癒魔法使いも王家や貴族の治癒魔法使いも拙い治癒魔法の者が多く、大して役に立たなかったのは何故だと思いますか? 教会に属する治癒魔法使いを能力別に分け、徒弟制度を廃止し一元的に基礎から教えて全体の能力を高めるつもりです」


 「そんな事が本当に出来るのかね」


 「出来ますよ、剣でも同じです。徒弟制度で師匠から学ぶより、騎士団に入って剣の基礎から学んで訓練をした方が全体的に能力は上がりますからね。一人の剣聖では無く多数の優秀な兵を揃えた方が軍としては強いでしょう。返事は改革の成果を見てからで宜しいです」


 真剣に考え込むレムリバード宰相に、もう一つの提案をする。


 「女神教を支配下に置いたとは言え、私一人では限界が有ります。私の補佐を王国から出して貰えませんか」


 宰相閣下、ポカンとした顔で俺を見ているが言葉が出ないようだ。


 「間接的にとは言え、王国が女神教を支配下に置けるって事ですよ。勿論俺の要求に従った上で、ですけどね」


 「何故・・・」


 「面倒事は嫌いなんですよ。改革以外の事、特に俺が命じた事や金の流れのを監視するなんて面倒なだけです。俺は教団の魔法使いと鑑定スキル持ちを支配下に置く、王家は教団の金の流れを押さえる。アリューシュ神教国と切り離され、今言った二つを押さえられたら女神教を弱体化出来ますよ」


 「アキュラ殿はそれで宜しいのですか? 一国の王にも匹敵する力を手に入れているのに・・・」


 「伯爵様、先程も言いましたが面倒事は嫌いなんです。本来なら冒険者をしながらポーションを売って、のんびりとした生活を送るつもりだったんです。予定が大幅に狂って困っているんですよ。王国が面倒事の一つも引き受けてくれるのなら、有り難いですから」


 「先程教団に属する治癒魔法使いと、王家や貴族の抱える治癒魔法使いを合同の保護下にと言われましたが、具体的な案をお持ちですか」


 「先ず、治癒魔法,空間収納魔法,鑑定スキルを保有する者は、王国と教会に登録する事を義務付ける。指定した魔法及びスキルを有する者を、王国の許可無く奴隷(借金・犯罪)にしてはならない。この法を破れば、財産没収のうえ、終生犯罪奴隷とする。(共犯者も同罪)が基本ですね。後は彼等の生活の自由を保障して、半年か一年に一度彼等が自由で安全に暮らしているか確認する事が大事です。同時に授けの儀で治癒魔法と空間収納を授かった者を保護し、訓練を受けさせる必要も有ります」


 「その訓練をアキュラ殿がなさろうと言われるのですか」


 「違います。私の魔法は極めて特殊な部類ですので、参考にはなりません。教育の仕組みだけを作るつもりです。例え治癒魔法を授かり魔力が100有ったところで、碌に治癒魔法が使えない者も居るはずです。彼等を訓練すれば、一流の治癒魔法使いになれるかと言えば未知数です。同じ様に読み書きを教えれば、皆が立派な文官や商人になれる訳でもありません。だが、読み書きが出来ないよりはマシです」


 「陛下に進言してみるよ、返事はホテルの方で良いかね」


 そう言って伯爵様は考え込んだ。


 魔力を練るとか、使える魔力を分割して使用する方法なんて教える気は無い。

 魔法巧者を集めてそれぞれのやり方をディスカッションさせ、最良の方法を纏めさせる。

 それを自分達で試させて、結果が良ければ後進の指導に利用させる。


 所謂魔法の発現方法、魔法操作のマニュアル化だな。

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