第56話 実力差
翌日教皇の執務室に跳ぶとソブランが待っていて、治癒魔法を授かり魔力80以下の者を六名と、聖女二人に聖教父と聖教女を待たせていると報告を受けた。
名簿は只今制作中ですと、今日は怒鳴られる前に先手を打って報告してくる。
ソブランと共に別室に行くと年配者二名と少年少女五に若い女が居た。
少年少女達が魔力50~80の者で若い女が魔力80の者だそうだ。
彼等に俺が此の国で唯一聖女と呼ばれる者で、教皇猊下に次ぐ者だと紹介している。
まあ自分と同格とは言えないし、教皇猊下に取って代わっているとも言えないから苦労している様だ。
俺が聖女と言われたとき、元聖女の顔が歪んだ。
多分今まで聖女様とかもてはやされていたのに、市井の治癒魔法使いと同じ治癒師と呼ばれるのが不満なのだろう。
何時までも顔を隠しておくのも面倒なので、ブルカ紛いの物は外したが、冒険者スタイルなので彼等は興味津々のようだ。
ソブランに治療を受ける為の場所には係の者に案内してもらうから、お前は自分の仕事をしろと命じておく。
その際、アリューシュ神教国から何も言ってこないって事は、暗殺者を送り込んで来る公算が高いのでお前も気を付けろと言っておく。
きょとんとしているので、お前が神教国に内通していなければ裏切り者と思われているぞと脅しておく。
パキパキっと音が聞こえるかと思うほど、一瞬で顔が強ばったソブラン。
大教主様なんて呼ばれて教団内の権力闘争しか経験がないので、暗殺されるなんて思いもしなかったって顔だ。
従順に従うも良し、裏切って一発逆転を狙うも良し。
頑張れよー、と心の中でエールを送っておく。
治療担当の者に案内されてゾロゾロとついて行くが、俺の冒険者スタイルは余りにも場違いなので聖女の服を用意させる必要を感じる。
幸い予備は有ると言うので持って来させ、結界の中で着替えて聖女スタイルに。
不透明な結界を無詠唱で造り、着替えて出てきた俺を見て皆驚いている。
教会に所属して治療なんてしていたら、結界魔法を見る機会は無いだろうから無理も無い。
何処か大病院の待合室を思わせる雰囲気の場所に出たが、待っている者達は裕福な家庭の者ばかりの様だ。
身体に合った良い身形は、教団にたっぷり喜捨をしている証だ。
間違っても吊るしの服や、古着屋で買ってきた様な服装の者は居ない。
地獄の沙汰も金次第、はやり病の時にも感じたが日本って恵まれた国だよな。
「聖女様、どの様に致しましょうか」
元聖女の女性が尋ねてくる。
(鑑定! 気分)〔苛立ち・不快感・侮蔑〕
まっ、そうでしょうな。
「何時もの様に治療をして下さい。彼等に治療の手順や方法が理解出来る様にね。後で治癒魔法を授かった者達に、治癒魔法を使う要領などを伝授してもらいますから」
「聖女様が教えないんですか」
「私の治療方法は、貴方達や彼等には理解出来ませんし無理です。治療を始めて下さい」
まあー、思いっきり睨まれたね。
〈万物の創造主にて慈悲深きアリューシュ様の御業をお借りし哀れなる僕に慈悲の一端を賜らん事を願い・・・ヒール〉
慈悲深きだって、思わず口元が緩んでしまったがフードのお陰で誰にも見られなかった・・・思いっきり睨まれていた。
「聖女様から見れば拙い治癒魔法でしょう。是非私共に御業の一端でもご披露いただければ、今後の精進の目標にさせていただきたいものです」
まぁ~嫌われちゃったね。
隣で同僚が袖を引いているが、それすら気に入らないらしく邪険に振り払っている。
「貴方達の手に負えない病人がいれば代わってあげますから、後進の指導を続けて下さい」
力の差を見せておかねば此れから遣り辛くなるだろうから、俺の治癒魔法を見せておく事にする。
「貧しい人達が一人も見当たりませんが、その様な人達は居ないのですか?」
「彼等は聖教父や聖教女が担当しています」
「アリューシュ神様に仕える者の言葉とも思えませんね」
係の者に案内されて別の場所に行くと、造りも簡素な待合室に大勢の人々が生気も無く並んでいる。
教会の治癒師が順番に治療しているが10数名しか居らず、列が遅々として進まない。
あの詠唱唱えながら、元聖教父や聖教女と呼ばれた人々が必死になって治療しているが、魔力切れでふらふらになり下がって行く。
「喜捨の少ない者は、座る椅子すらも簡素な物なのですね。アリューシュ神様もさぞお喜びでしょう」
「聖女様のご要望にお応え致しますが、魔力の残りも少ないので僅かな者だけしか治療出来ませんが宜しいでしょうか」
嫌みったらしく言わなくてもいいさ「私が遣りましょう。何故参考にならないのか判りますから」それだけ言って順番待ちをしている先頭の所へ行く。
治療中の治癒師達を下がらせ代わって治療を始める。
(なーおれ♪)(綺麗になーおれ♪)(痛いの痛いの飛んでいけー♪)
列の先頭から順に、ゆっくりと歩きながら治癒魔法を使って病気や怪我を治して行く。
《わーい、私もやるー♪》《なおれ・なおれ・なーおれ♪》
《待て・・・待てまて “こがね”、出ちゃ駄目!》
〈見て!〉
〈まさか!〉
〈薬師様だ!〉
〈精霊と共に歩む御方だ〉
あっちゃー ・・・ しっかり見られてしまったよ。
フードを被っているとはいえ、顔も見られてしまった。
《“こがね”御免ね、今日は一人でやるから姿を隠しててよ》
《えー、お手伝いしたいのにぃ~》
何とか宥めて治療を始めたが注目の的になってしまっているし、中にはお祈りしている者までいる。
気を取り直して治療を続けるが、ん・・・
「ご家族の方ですか?」
「はい、最近めっきり元気がなくなり心配しております」
(鑑定!)〔人族・♂・164才・水魔法・魔力53・・・〕
違う症状だ(鑑定! 症状)〔老衰〕
駄目だ、治癒魔法の領分じゃない。
「この方はアリューシュ様の定めた命を全うされようとしています。心安らかにお別れの日を迎えなさい」
次々と鑑定を使いながら治療を続けて、魔力切れになる前に全て終わらせる。
日本の病院システムを思い出しながら、教会の運営上喜捨の多い者を優先するのは仕方がないが、もう少し何とかならないのかと悩む。
待たせていた者達の所に戻ると、最敬礼で迎えられる事になった。
「お許しください聖女様、精霊を従える御方とは存ぜず・・・」
「謝罪は不要です。私の治療方法が貴方達に理解出来ないと言った意味が判りましたか。以後は後進の育成に力を注ぎなさい」
聖女の格好だからスカーフを被りその上フードまで被っている。
髪型や髪色は判らなかっただろうが、今後は極力教会関係者以外の者の前に姿を見せない様にしなきゃ。
しかし、こうなると治癒魔法師達がどうやって魔法を発動させているのか、そこから知る必要が有る。
・・・・・・
ホテルに帰ると、レムリバード宰相から知らせが届いていた。
オンデウス大教主の交代として、クルト・エルドア大教主なる人物が12名の随員を引き連れて到着したと。
国王陛下に挨拶をした後、女神教大神殿へ行ったがそれ以降の事は不明だと。
まっ、本家が乗り込んで来たなら其方に従うだろう事は織り込み済み。
俺が大神殿を後にしたときには、エルドア大教主と12名の随員は大神殿に居た事になる。
ソブランとランドル両名の動きと、エルドア大教主にご挨拶に出向かねばなるまい。
・・・・・・
夕食を済ませた後、ガルムとバンズに何時もの様に大神殿の近くまで送って貰う。
“てんちゃん”にお願いして、何時も転送してもらっている部屋の様子を見てきてもらうと、何時も居る人間以外に沢山の人がいると教えてくれた。
話が早くて助かる、“しろがね”に何時もの部屋に居る者全てを球体の結界で包んでとお願いする。
《はーい。ぎゅっとしておくね》
《待って、まって、ぎゅっとじゃなく声が聞こえない様にしておいてね》
危ない危ない、俺を守る為ならホイホイ殺しかねないから、頼み事も気を付けなくっちゃ。
全員球体に包み込んだと言われ、何時もの部屋に送って貰う。
各自自分の身長程の球体に包まれて右往左往しているので、室内がぐちゃぐちゃになっている。
人の入った巨大なビー玉が、好き勝手に転がっているのだから無理も無い。
試しに“しろがね”が作った球体のバリアを隣の奴とくっつけてみた。
俺の魔力を吸収しているので、“しろがね”の作った球体も自由に扱える。
俺の姿を見た奴等が口々に何事かを喚いているが、なーんにも聞こえません。
耳に手を当てて聞く振りをしていると、球体の一つが真っ赤に染まった。
馬鹿だねぇ~、バリアは空気以外は何にも通さないんだから、中から火魔法で攻撃しても自分が黒焦げになって死ぬだけ。
そのバリアは俺の魔力で作られている、俺の魔力を使った魔法以外は通す訳無いだろうが。
俺なんて初めてバリアを張ったとき、中で焚き火をして危うく燻製になる所だったんだから。
自滅しない様に全員のバリアの直径を1メートル少々に縮め、座って入れば何とかなる程度にする。
何人魔法使いを連れて来たのか知らないが、今のを見ればバリア内で魔法を使う危険性を理解しただろう。
文字通り小さくなって震えている、ソブランとランドルのバリアを転がして来て繋ぎソブランから尋問を始める。
「アリューシュ神教国から何を言ってきたんだ?」
「貴方様を差し出せと言われましたが、拒否しました」
「そう、何時の間にそんな忠誠心が芽生えたの?」
「私は終生貴方様の僕となる事を心に誓いました、本当です。私はランドルの様に貴方の事をペラペラと喋ったりしておりません」
「ふーん、で此奴等は何時から来ているの? 俺がこの大神殿で治癒師達の指導を見ていたときには、此奴等も此処に居たはずだよな。誰も何も知らせてこなかったけど、おいらの僕さんは、何をしていたのかな」
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