第40話 はやり病
夕暮れには門の近くに作った結界の家に帰り、騒ぐ残りの精霊には“ほむら”に頼み明日だと伝えてもらった。
目覚めてからも煩いので、朝食前に精霊一体につき魔力を20ずつ分配していくが、作ってて良かった魔力回復ポーション。
いったい精霊はどれ位の魔力が有るのか興味が湧いて(鑑定!)〔風の精霊・魔力300〕って、何だよ!
ちょっとやってられない気分、ちっこいくせに無敵の存在だぞ。
炎の“ほむら”、氷の“あいす”、結界の“しろがね”、治癒の“こがね”、風の“ふうちゃん”、水の“すいちゃん”、雷の“らいちゃん”、土の“だいち”、転移の“てんちゃん”、日本語だから此の世界の人には判らないだろうと思う。
何か足りないと思ったら空間収納の精霊が居ない。
俺を守護するのに攻撃も防御も無いので外されたかな、居たら“なんどちゃん”とか“くらちゃん”って名付けたのに。
4~5日に一度ホテルに帰り、食糧を仕入れては森に戻る生活が続いたある日精霊樹の子供達が騒ぎ出した。
《誰か来た!、と言ってるよと“だいち”が通訳してくれる》
森に居るときは一日一度は塀に沿って巡回しているので、巡回経路に近づいて来る者がいると教えてくれる様になった。
最近では門の所に来た者だけを教えてと頼んでいるので、呼び鈴代わりになっている。
門の所に行ってみると、ネイセン伯爵様の執事ブリントさんが立っていた。
何事かと尋ねると、伯爵様がポーションの事で来て欲しいとの事だったので、馬車に同乗して伯爵邸に行き執務室に向かう。
「アキュラ殿、病気回復のポーションを持っているだけ譲って貰えないだろうか」
「それは宜しいですけど、在庫は50本程度しか在りませんよ。手持ちのの薬草を使っても100本前後しか作れません。何かあったんですか?」
「はやり病です。ランバート領ボルヘンの街で大流行していて、死者も多数出ているそうです」
「症状は?」
「良く判らないのですが、高熱と咳に関節の痛みとか。治療用ポーションを掻き集めて送っていますが、大して役に立たないそうで。現在貴族が抱えている治癒魔法師や、教会お抱えの聖教父聖教女を総動員で治療に当たらせているそうです。ポーションもですが・・・出来ればアキュラ殿も応援に行って頂けないでしょうか」
年が明けて寒い最中のはやり病となれば、インフルエンザかな?
治療するのは構わないが、ヤラセンの様な騒動は御免なので素顔を晒さず名前も知られたく無い。
取り敢えず手持ちのポーションを吐き出し、最上級の病気回復ポーションを薄めて量を確保するか。
「行っても宜しいですが、誰も俺に近づけない様に護衛を付けて下さい。それと仕立屋を呼んで、急いで指定する服を作らせて下さい。私はその間に、この前の病気回復ポーションの効き目を落とした物を作ります」
手持ちの風邪の回復ポーションを渡し、調薬の為に一部屋用意して貰い調合を始める。
執事のブリントさんに、ポーションのビンを200本以上買い集めて来る様に頼む。
最上級の病気回復ポーションを調合用の大瓶に入れ、魔力水を10倍量入れて治癒魔法を込める。
(鑑定!)〔風邪の回復薬効果大〕まっ、こんな物だろう。
余り効果を落として効かなかったら勿体ないだけだから、12本の最上級ポーションから120本の風邪薬が出来る。
渡した50本と合わせても170本では足りないだろうから、とっておきの奴を取り出す。
「アキュラ殿! まさか、それも薄めるつもりですか?」
「持っていても役に立たないなら、役立つ様に作り変えるまでです」
エリクサーと鑑定に出たポーションを10倍で薄めても〔効果絶大〕と出るので薄め続け、最終的に16倍まで薄めて〔効果大〕となった。
8本のエリクサーを使ったところで、魔力水が足りなくなってしまった。
後は現地で蒸留水を調達して魔力を込める事にする。
出来上がったポーションは、メイド達に頼みブリントさんに手配して貰ったポーションビンに詰めて貰う。
その間に呼ばれた仕立屋にゆったりしたフード付きのローブを仕立てて貰う。
顔を隠す為にムスリムの女性が被るスカーフと、顔全面を覆う黒い紗の布をたらして縫い付け目の色も判らなくする。
「なる程、考えましたね」
「私の周囲は警備の人以外、絶対に近づけないで下さい。それと呼びかけは薬師様で統一するよにうお願いします」
「貴方は王家が遣わした薬師との触れ込みにしますので、ランバート領ボルトンの領主ハティー・オーゼン子爵も迂闊な事はしないでしょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大急ぎで準備を整え、転移魔法陣を使ってボルトンの街に跳んだ。
お供はネイセン伯爵様の騎士8名、伯爵様の所属を示す物は何一つ身に付けておらず、出迎えてくれた案内係が狼狽えている。
「レムリバード宰相閣下より伺っております、薬師の方でしょうか」
「そうです、私は何処へ行けば宜しいのでしょうか」
「先ず領主ハティー・オーゼン子爵様が、館にてご挨拶したいと申しておりますので」
この馬鹿がと思ったが、状況を知る為には領主に会うのが一番だ。
「ようこそお越し下さいました薬師殿、ご尊名をお聞かせ願えれば・・・」
「此れが何か知っていますね」
突きつけた物は、〔思慮深い表情の狐と背後に交差する剣と周囲を炎の輪が包む王家の紋章〕が描かれたカード。
俺の言葉にむっとした顔になるが、目の前のカードを見て硬直している。
「四方山話をする為に、薬用ポーションを抱えて此処まで来たのではありません。はやり病の治療をして居るのでしょうが、一番人手の足りない手薄な場所に案内して下さい」
「おっ、恐れながら薬師殿、ポーションは私共が預かり病人に配布致します」
此奴、状況を理解しているのかな。
ポーションが足りないと王家に泣きつき、国内からポーションを掻き集めている。
それ程の事態なら重病者達を何処かに収容しているはずだが、ポーションが足りない、国内から掻き集める・・・となると、答えは一つ。
「オーゼン子爵様、ポーションを一本幾らで売ってます?」
今度こそ顔面硬直どころか痙攣し始め、言語障害を起こした様だ。
「あっあの・・・その、ですね、病人の居る家は、でっ出歩く・・・なと」
「で、病人の居る家庭にポーションを一本幾らで売っていますの」
「そっその、ですね・・・品薄で、幾らでも出すからと・・・薬師様にもですね、そのぅ・・・へへへ」
「それでしたら、持って来たポーションは子爵様にお譲りしなくてはいけませんね。一本金貨5枚でお譲りしますわ、国王陛下もお喜びになられる事でしょう」
100本入りポーションケースを三つ程子爵の前に出してやる。
「300本程御座います。金貨1,500枚のご用意をお願いしますね♪ 足りないようでしたら、もう300本ほどご用意出来ますが?」
金魚じゃ在るまいし、お口パクパクしやがって酸素不足か!
目薬や咳止め腹下しの単機能ポーションだが、この男には判るまいしポーションに変わりない。
高く売れるときに高く売る、これ商売の要諦なり(笑)
「治癒魔法師を呼べない、ポーションを買えない家庭や重病者を隔離している場所が有るのなら案内しなさい。出来ますよね」
「もっももも、勿論で御座います、はい。たっ只今執事を呼びますので、しょしょお待ちくらさい」
噛んでやんの。
「300本のポーション代金は、夕暮れまでに銀貨でお願いしますね」
にっこり笑って催促したが、紗の布に隠れて顔を見せられないのが残念。
背後に控える護衛隊長に銀貨の受け取りを任せると、苦虫を纏めて噛んだ様な顔で頷いている。
金貨1,500枚、銀貨にして15,000枚用意出来るかな。
執事が案内してくれたのは街の行政官事務所で、各地区の世話役が病人のいる家庭や重病者を隔離している場所を管理していると話した。
重病者を隔離している場所は軍の野営用テントの様で、暖房一つ無く隙間風で皆震えている。
干し草のベッドと言うには余りにもお粗末な寝床に粗末な寝具、高熱に喘ぐ者の隣で冷たくなった遺体が放置されている。
護衛の一人に金貨の袋を渡し、商業ギルドで全て銀貨に両替して市場に行けと命令する。
もう一人には市場に行き、暖かいスープや滋養の在る惣菜などを売っている屋台の店主に、全て買い上げるからと言って持って来させろと命じる。
鑑定を使いながら息の有る重病者から順次ポーションを飲ませ、背中に手を添えた時に内緒で治癒魔法も使い治していく。
慈善事業なんて俺の趣味じゃないので、あの糞子爵の野郎からがっぽり手数料をふんだくってやるからな! 覚悟していろ。
どう見ても風邪の症状だが、医者じゃないのではっきりしないがインフルエンザだろう。
(鑑定!)〔風邪・重態〕〔風邪・高熱〕としか出ないので病気全般のポーションで治るのだから良しとする。
ポーションで多少良くなっただけの重病者には、内緒で(なーおれ♪)と治癒魔法を施す。
商業ギルドで両替してきた銀貨はどう見ても貧しいと思える者には、暖かい食事を与え服を買えと言って銀貨を10枚握らせる。
同時に、毎日此処に来れば暖かい食事を振る舞うので、隣近所を誘って食べに来くるようにと言っておく。
食糧を持って来た屋台の亭主には、毎日全て買い上げるから美味い物を持って来いと言いつけ、料金の前払いだと言って金貨を渡しておく。
290本有ったポーションが1/3程減ったときには、亡くなった者以外は回復し暖かい食事を取り家路についていた。
後は各家庭を回って病人にポーションを与えてゆく事になる。
〈此処か! 重病で死にそうな者も全て治っていると言うのは〉
〈どんなポーションを使っているんだ!〉
〈少しポーションを俺達の所にも寄越せ!〉
ま~た面倒くさそうなのがドヤドヤとやって来たが、相手をする時間が勿体ない。
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