第39話 愛し子と精霊

 静まりかえる森の中を歩きながら、アクティブ探査で侵入者の有無を確かめる。

 纏わり付く精霊が何かを伝えようとしているが、意味をなさない言葉の欠片で理解不能。

 然し薬草を植えた方向に導いているのは理解出来たので、薬草の様子を見る為に精霊樹の方に向かう。


 隣接する貴族の敷地内に人の気配が有るが、境界の塀の向こう側で息を潜めている。

 貴族街入り口から森に向かって歩くと、街路の両側に建つ各貴族の館の前を通る事になる。


 俺の姿を見た門衛達が目を逸らし、館に向かって駆け出したり衛兵詰め所に隠れたりと毎度ながら騒がしい。

 結構派手に暴れたから恐れられ、俺が森に向かうと毎度周辺の貴族屋敷が警戒態勢になるのは笑える。

 襲われなければ襲わないよと教えてやりたいが、信用しないだろうな。


 森に来て此れほど精霊が騒ぐのは、三つの森を見て回っている時以来だが今回は以前より激しい気がする。

 それと精霊が少し大きい気がするのは気のせい? 色もはっきりしている気がするし、樹々の間を飛ぶ数も増えている様だ。

 門を入るまでは、何時も周囲に居る精霊以外の姿を見なかったが、門内に入ってからは矢鱈と目に付く。


 樹々の向こうに精霊樹が見え薬草を植えた辺りに来ると、其処此処に精霊が群がっている場所が有る。

 緑と水色の精霊が多く薬草を植えた時と状況が似ているが、それ以上の精霊が纏わり付いている。


 俺には精霊がぼんやり光って見えるのだが、オルセン達やガルム達には見えていないのが不思議。

 これだけ精霊が増えているって事は、薬草を植えた事が関係しているのかも知れないと思い、精霊樹の所へ行ってみる事にした。


 相変わらず精霊樹の周囲を精霊が群れ飛び華やかで有るが、ここも精霊が増えているのは間違いない。

 精霊樹から約30メートル離れて、幅5メートル程の池が周囲を囲っているが草叢に精霊の群がっている場所が殆ど無い。

 池の外側に埋めた薬草に、精霊が群がっているのとは対照的で有る。


 ヤラセンの里の精霊樹はどうだったのか思い出そうとしたが、精霊樹と精霊のみが印象に残り薬草畑を殆ど注意していなかったのが悔やまれる。

 その後は里の生活に慣れるのと、薬草からポーションを作ったりするのが面白くて、精霊樹や精霊にまったく注意を払っていなかった。

 精霊が俺の周囲をうろちょろしているのは、当たり前になってしまっていたからだけど。


 幅約5メートルの池、結界の橋を架けて渡りヤラセンの里の時の様に精霊樹に掌を当ててみた。

 今回も魔力が抜けていくが、暫くすると精霊樹から魔力が帰って来るのが判ったが、同時に頭の中に懐かしい感じの声が響く。


 いや、あの時とは声の質も感覚も違うが《アリューシュ様の愛し子、私の子供達の導き手を迎え嬉しく思います》


 〈へぁ~・・・〉


 ちょっと待て! アリューシュ様の愛し子・・・私の子供達の導き手?

 「何じゃ、そりゃ~ぁぁ!」

 ガイドの奴は、そんな事を一言も言わなかったぞ!

 ヤラセンの精霊樹も何も言わなかったじゃ無いか!!!


 「どうしてだ? ヤラセンの精霊樹とお前と何が違う・・・ おーい聞こえるか?」


 頭の中に聞こえたってのなら、ガイドと同じ頭の中で語りかけるんだっけ。


 《おーい聞こえるか・・・ どうなってるんだ~ぁぁ》


 そうだ、樹に掌を当てたら聞こえてきたんだっけ、ほいタッチ。


 《おーい・・・聞こえるかぁぁぁ》


 《聞こえますよ、アリューシュ様の愛し子よ》


 《その、アリューシュ様の愛し子ってどう言う意味なんだ》


 《アリューシュ様に導かれてこの大地に降り立つ者の事です。この大地に降り立ち、精霊を与えられた者が愛し子です》


 《ん・・・精霊は精霊樹、つまり、あんたの子供達じゃないの》


 《似て異なるものです、私の子供達は私を守り、定められた植物の成長を促し子孫を残させるものですが、愛し子の精霊は姿を変え愛し子の守護を司ります》


 《じゃー精霊は魔法は使えないの?》


 《愛し子の精霊も私の精霊も使えますよ。ただ貴方の精霊はより強い魔法を使い、私の精霊は私を守るに必要な小さな魔法を使います》


 段々頭が痛くなってきた、言葉は理解出来るのだが意味を理解するのを頭が拒否している。


 《以前、俺が此の地に降り立った事を精霊から聞いたと言われたことがあるのだが、あんたの精霊が伝えたのかな》


 《私と同じ種族は、アリューシュ様の言葉を伝える役目を負っています。種の記憶から、エルフと呼ばれる種族に伝える事が多い様です》


 《薬草を植えるとき精霊が場所を教えてくれて、少しだけ言葉が判ったがどうして?》


 《子供達が伝えようとして、貴方が聞こうとしたからでしょう。見えないものには声は届きません》


 《あんたと触れ合って話すのと、精霊の様に離れていても話せる違いってなに》


 《貴方の魔力と合わせましたから、触れ合わなくても話せますよ》


 おい! さっきは呼びかけに答えなかったじゃないか!

 もういい、今日は一杯飲んで寝よう。


 いつもの場所にバリアを張り、自棄酒を呷る。

 ガイドの野郎『強いて言うなら新しい血ですか、様々な種族が生きている世界に刺激と変化を与える為です』なんて言ってたが、静かだったのは最初のうちだけじゃねえか。


 その後は波瀾万丈の様な気がするんだが、〔死なない程度に、のんべんだらりんと生きていく〕って俺の生活信条はどうなっているんだ(怒!)


 折角治癒魔法を隠して、ポーション作りでのんびりしようと思ったら騒ぎになるし。

 薬草採取を楽にしようとしたら精霊樹が喋り出すし、これで精霊達がほいほい喋りかけてきたら煩くて適わないぞ。


 自棄酒を飲んでの目覚めだが、二日酔いもせずにすっきり。

 これも健康で長生きする身体のお陰かと思いつつ、昨日の事を考える。

 精霊樹との意思の疎通が可能なのは判ったが、俺に与えられた精霊との意思の疎通はどう遣るのかは知りたい。


 それ以外は・・・知れば知るほど厄介事が増えそうな気配がするので知りたくない!

 のんびり朝食を済ませ精霊樹のところに向かうが、今日も雲霞の如く精霊が群がっている。


 池を越えて俺に群がってくる精霊に、《少し離れて》と言ってみる。

 俺に纏わり付く精霊は言葉で言って視界から外れてくれたが、精霊樹の子供達が言う事を聞いてくれたのは初めてだ。


 《なあ、あんた。あんたと言葉が通じる様になったら、あんたの子供達が俺の言葉を理解した様だけど、俺に与えられた精霊とは話が出来ないんだけど》


 《魔力を繋げれば言葉が通じますよ》


 《魔力を繋げるって、魔力の交換のことかな》


 《交換でなく吸収です、掌に魔力を乗せてご覧なさい》


 また面倒そうな事を言い出したぞ。

 掌に魔力を乗せるって簡単に言いますけど、押し出す感覚は判るけど乗せるって。

 手の上にお団子を想像して、それに魔力を送り込んでみた。

 妄想のお団子に、薄い銀色に見える精霊が飛び込み妄想のお団子を吸収してしまった。


 《ヤッホーアキュラ、やっとお話しできる♪》


 また、えらく陽気な奴がと思っていたら人形に変わった・・・けどスッポンポン。


 《お前、寒くないの》と間抜けな質問をしてしまった。

 気を取り直し、疑問に思っていた事を聞いてみた。


 《精霊の加護って何よ?》


 《ん、愛し子に寄り添い手助けをして守る事かな。でも魔力を貰えないから何にも出来なかった》


 ガイドの奴、何にも教えてくれなかったぞ、てか、あの食料を見れば気が利かない奴なのは間違いない。


 《で、お前さんは何の精霊なの?》


 《結界魔法を司り手引きする・・・はずだったんだけどなぁ》


 《そいつは悪かったな、勝手に色々作っちゃったからな。ところで色々居るけど後はどんなのが居るんだ?》


 《風,水,火,土,に雷,氷,転移,結界,治癒それぞれの魔法を司る精霊だよ》


 《それって俺に関係ない精霊が多いけど、彼等はどうするんだい》


 《ん、魔法を使ってアキュラを守るよ》


 《お前や他の精霊も魔法が使えるんだ》


 話を聞けば聞くほど頭が痛くなってきた、始めから精霊をお供に付けてくれていたら面倒な事をせずに済んだのに。

 何が『新しい血』だ『静かな水面に小石を落とす』だ、此の世界では小石ほどの波紋も起きないだろうが、俺に取っちゃ隕石の直撃を受けた様なものだ!

 要は此の世界に送り込んだ者が死なない様にしているのだろうが、発動条件が悪すぎる。


 幸い俺は身の安全を守る魔法が使えたから良かったが、精霊に魔力を吸収させるなんて誰が思いつくかよ!

 精霊が見えてもチラチラして視界の邪魔なので、飛蚊症でも患ったのかと思うのがおちだ。

 ガイドかアリューシュ神様か知らねえが、世間の常識を身に付けてから転移させろ!

 教会に行くことが在っても、絶対にアリューシュ神には祈らねえからな!


 神様とガイドに散々毒づいてから、氷結魔法と火魔法の精霊に魔力を吸収させ、魔法を見せて貰った。

 勿論盛大な攻撃魔法では無く、お茶を沸かす炎とグラスの中に氷を作って貰った。

 のんべんだらりんと生きて行く上で有用だと思わなければ、遣ってられないから。


 なあおいとか、氷結ちゃんとか火魔法ちゃんと呼ぶのが面倒なので、火魔法の精霊は“ほむら”結界魔法の精霊は“しろがね”氷結魔法の精霊を“あいす”と呼ぶことにした。

 我ながら酷い命名だとは思うが、魔法名で呼ぶ訳にもいかず苦肉の日本語名である。


 残りの精霊が魔力を寄越せと言う様に俺の周囲を飛び回り、“ほむら,しろがね,あいす”は人形のままのんびりしている。

 ふと気がついて姿を消せるのか尋ねたら、俺以外の者に姿は見せないって言ったので一安心。

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