第15話 交渉

 「婆さん、薬師の連中が質の良い薬草を寄越せと煩いんだが、この前売りに来た奴は未だ来ないのか?」


 「ああ~、あれね・・・もう来ないと思うわね」


 「どうしてだ、あの後も何か売りに来ていただろう」


 「なにを言ってるんですか、ギルド長が買い叩けって言ったから、萎びた薬草と同じ値段で買おうとしたら持ち帰っちゃいましたよ」


 「何でそんな事をするんだ! 100ダーラや200ダーラの上乗せをしてやれよ!」


 「はあ~、この前高値で買った薬草は、買い取り価格に40%上乗せしても直ぐに売り切れましたよ。それなのにギルド長はあの時、私を怒鳴りつけ何時もの値段で買えと散々説教しましたよね。私はギルド長の言いつけ通り、何時もの値段を提示しただけです。今更そんな事で怒られる謂れはありません!」


 「どうするんだよ、薬師の連中に何て言えば良いんだ」


 「最高品質の薬草を最低価格で買おうとしたら、売って貰えませんでした。て言えば良いじゃないですか。薬用ポーションだって飛びっきりの品質だったのに、あんな安値じゃ売ってくれなくて当然だわ」


 「どう言う意味だ!」


 ・・・・・・


 カルカンホテルで遅い昼食を済ませ、他の街に移動しようかと思案していた。

 然し移動しようにも此の世界というか、国の地理どころか此の街の周辺すら知らないので、何処へ行けば良いのか見当がつかない。


 名前を呼ばれて振り向くと、アリシアさんと見知らぬ男に金の掛かった服の男。


 「ギルマスと御領主様だ、お前に頼みが有るってさ」


 それだけ言って別のテーブル席に座り、飲み物を注文している。


 「座っても良いかね」


 黙って頷くがギルマスと御領主様か、面倒な話になったらトンズラするか。


 「ギルドでの一件は聞いたよ。それを承知の上で君に頼みが有る、頼みと言うより提案かな」


 「提案?」


 「そう、君の素性は知っている。ヘイロンの街は大騒ぎでね、ヤラセンの里を出た原因もおおよそは聞いた。君は自由で干渉されない生活が望みなんだろう、私と冒険者ギルドは君のポーションが欲しい。薬師ギルドから買い上げる、高くて不味い上に効き目の悪いポーションじゃ無く、君のをね。君が公表していない、魔法と能力を利用したりしない。逆に君の安全と自由を保障しよう。提案を拒否し街を出ていっても、私と冒険者ギルドは何もしない。ただヤラセンとヘイロンの騒動で、君の事に気付いた人間が増えれば、君の自由は無くなるだろう」


 周囲に聞こえない様、囁く様に話す伯爵。

 その言葉に黙って頷く、ギルマスと紹介された男。


 あれは不味った、エブリネ婆さんから薬草とポーション制作を教わる過程で、治療の時に治癒魔法も結構使ったからな。

 もっとも、長老のボルムに知られた時点でアウトだったのだが、そこへもって俺に対する拉致騒動が止めになった。


 「何処まで知っています」


 「君が治癒魔法と結界魔法の優れた使い手であり、薬師エブリネの弟子にしてポーション制作に優れている事。それと・・・精霊の加護を受けている事かな。もう一つ取り調べの過程で、君は里の者に連れられてヤラセンに現れたが、誰も過去を知らないって事だな」


 全部バレてますやん!

 迷い人の事だけは知られていない様だが、ボルムが喋れば知られる事になる。


 「そちらはポーションが欲しい、俺は誰にも干渉されたくない。基本的には応じても良いが、考える時間は欲しいな」


 「応じて貰えるのなら、もう一つ提案がある。私の屋敷に客人として来てもらえないか」


 思わず首を傾げてしまったが、次の言葉を聞いて伯爵達を侮っていたと痛感した。


 「薬師ギルドと商業ギルドが君を探しているが、少し不穏な空気も有る」


 「薬師ギルドは判るが、何故商業ギルドが・・・」


 「薬師ギルドのギルド長は、商業ギルドのギルド長と縁戚関係にあるのだ。君が相当の腕前なのは知っているが、この街で騒ぎが起きれば君にも私にも良い結果をもたらさない。招きに応じてもらえるのなら、使用人には君に対して無礼は許さないし、私に対しても身分の上下による礼を取る必要は無い」


 何れ何処かと関係を持たなくてはならない、この提案は俺に取っては好条件だろう。


 「書面にしても意味が有りませんので、口約束で宜しいでしょうか」


 「それで結構だ」


 「薬用ポーションや怪我の回復ポーション等を、全て伯爵様に提供しましょう。それを冒険者ギルドと分配して下さい。提供する種類や本数は私の一存となります。私の言動に対し如何なる制限もつけない事。当面は伯爵様のご厄介になりますが、市場の近くに、私の生活の場を提供して下さい。掛かる費用はポーションの代金から引く事。この約束は私の一存にて何時でも破棄できる事」


 「それはに同意するが、価格の設定はどうするのかね」


 「提供するポーションを鑑定し、同等品の市場価格の30%引きで支払って下さい。因みに、此れが薬師ギルドに持ち込まれたポーションを買い取る価格表です」


 ヘレサ婆さんが提供してくれた買い取り価格と市場価格に、買い叩いた%を記入した用紙を見せた。


怪我の回復ポーション、

 初級(買値)14,000/(売値)20,000、-30%

 中級30,000/50,000、-40%

 上級50,000/100,000、-50%

 最上級・・・

 魔力の回復ポーション、

 初級7,000/10,000、-30%

 中級12,000/20,000、-40%

 上級15,000/30,000、-50%

 最上級・・・

 疲労体力回復ポーション、4,800/8,000、-40%


 熱冷まし、3,500/5,000、-30%

 頭痛薬、4,900/7,000、-30%

 下痢止め、3,500/5,000、-30%

 咳止め、2,800/4,000、-30%

 痛み止め、3,600/6,000、-40%

 目薬、3,600/6,000、-40%

 酔い止め、4,800/8,000、-40%、二日酔いにも効く。


 「何と、何時の間にこんな物を手に入れたのかね」


 「売値の30%引きで買い取っているのか、中級ポーションで40%とはねぇ。糞ッ、酔い止めも40%か!」


ギルマスは酔い止めに相当金をつぎ込んでいる様だが、飲み過ぎるあんたが悪い。


 「まぁ、安く仕入れて高く売るのは、商売の基本ですからね。冒険者ギルドで売るポーションは、市場価格に会わせて売り転売で稼げない様にして下さいよ。怪我の回復ポーションや魔力回復ポーションは、冒険者用に効果を落として安く買える様な物を作りますから」


 伯爵邸に移動しようと言われたが、少し待ってもらいアリシアのテーブルに行く。


 「お待たせ、何か用事が有るのだろう」


 「私とバルバス用に、怪我の回復ポーションを2本ずつ売って貰えないか。ギルマスが先行投資とか訳の解らない事を言って、提供させられたんだ」


 「判った、暫くしたらギルドから効果は多少落ちるが、安く提供できる様になるからね。何時まで売っているのかは判らないけど」


 金貨を2枚出すのでどうしたのかと問えば、提供させられた代金だから2本で金貨1枚を出すと言われた。

 ギルマスが出した金貨なら、遠慮無く頂く事にした。

 金貨を受け取りポーション4本を渡して、暫く伯爵邸に居るからと告げているときに数人の客が入って来た。


 周囲を見回すと真っ直ぐ俺の方に歩いてくる。

 警戒警報発令!


 「嬢ちゃんがアキュラか?」


 「誰? 人違いじゃないの」


 「惚けるな! お前の顔は冒険者登録の時に見て覚えているんだよ」


 あっらー あの時ジロジロ値踏みする様に見て来た、チンピラじゃーぁないですか。

 馬鹿だねぇ、周囲をよく見ろ!


 離れたテーブルにはギルマスと伯爵様、壁際には護衛の騎士が4人も居るのに強気だねぇ。

 表には伯爵様の馬車も停まっていたと思うのだが、なーんにも考えてない様だな。

 アリシアの目付きが鋭くなるが、軽く首を振り制止する。


 「思い出したよ、目付きの嫌らしいチンピラ君だったね」


 「お前、俺達5人を相手に良い度胸だな」


 挑発に乗って、背後に近づく伯爵様の護衛達に気付いていない。

 肩に手を置かれ、勢いよく振り返って硬直しているチンピラ君一同。

 揉め事は他人が始末してくれるって、楽で良いねぇ。


 脱兎の如く逃げ出したが、チンピラ君ともう一人が襟首を掴まれて捕まってしまったのはご愛敬。

 見ている此方は、大阪のドタバタ喜劇を見ている様で思わず吹き出してしまった。


 伯爵様の「警備隊に引き渡せ、何しに来たのかじっくり聞かせて貰おう」って冷たい声に震えている。


 「ほう、アキュラと同時に冒険者登録したのに、早速警備隊のお世話になるのか。中々間抜けな犯罪者になりそうだな」


 ・・・・・・


 伯爵邸に向かう馬車の中で、俺に危害を加えそうな奴等やギルドに釘を刺しておくので、暫く屋敷に滞在してくれと改めて頼まれた。

 チンピラの5人や10人どうとでもなるが、殺せば片付けが面倒だし、生かしておけばもっと面倒なので頷いておく。


 此の世界に来て初めて見る大邸宅、街中の3,4階建ての建物と違い横幅が凄い。

 3階建てだが、ビルが横たわっている感じだな。

 正面玄関に馬車が滑り込むと、従者が馬車の扉を開き直立不動で佇む。

 正面には、フロックコートに似た服の男が恭しく一礼している。

 まるで中世ヨーロッパを模した、映画の様な雰囲気バリバリだぜ!


 先に降りた伯爵様が、手を差し出して俺が馬車を降りるのをエスコートしてくれる。

 高さと身長のせいで無意識に手を取ったが、まるで女になった気分・・・いや、見掛けは女だけどさ。


 「ホーガン、アキュラ嬢だ。私と同格として接する様に、使用人一同にも伝え失礼の無い様に」


 「執事のホーガンで御座います。アキュラ様」


 丁寧な物言いと一礼に尻がムズムズする。


 「彼女を応接間に案内してくれ。私は家族に説明してから紹介する」


 思いっきり場違いな所に迷い込んだみたいで、脱力感が半端ない。

 取り敢えず伯爵様に頼んで、(嬢)呼ばわりと様付けは止めて貰わねば精神が持ちそうにない。

 身体は女になれど、俺は男だ! と叫びたいが、発狂したと思われそうなので口を噤む。

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