第19話 いつか王子様が 中編
「今回向かうトルポの群生地っているのはどの辺りにあるんだ?」
シャルルが先頭を歩くキースに尋ねた。
「あぁ、ギルドで聞いた話だと、かなり遠いぞ。今歩いてる街道をずーっと南に進んで、トットロンデの街の近くにある廃村が群生地になってるらしい。」
「森じゃないんですか?」
黙々と歩いていたエメリアが話に入ってきた。
おそらく、喫茶店でキースの話したトルポの逸話を覚えていたのだろう。
「普通トルポは森を根城にしてることが多い。獲物を食べ尽くしたら次の森、次の森って点々としてる迷惑な輩だ、今回は急激にその辺りの人間が減ってちょうどよかったのかもな」
「人が急激に減った…?なぜ?」
シャルルの問いかけに、キースは立ち止まって振り向いた。
キース越しに見える空は、今にも泣き出しそうな真っ黒な曇天だった。
そして、彼は重い口を無理やりこじ開けるように話した。
「…戦争だよ。トットロンデの周りはジガンテスコの攻撃をモロに受けたからな。呑気に暮らしてた人間が何人も死んだ。」
そう答えたキースの細い目は、怒っているようにも見えたし、他の方向から見れば悲しんでいるようにも見えた。
そして、これが戦争なんだ、とシャルルに語りかけてるようにも感じられた。
「西海事変…」
シャルルの呟きにキースは頷いた後、再び前を向いて歩き始めた。
「今目的地がかなり遠いのも、俺らが嫌になる程テクテク歩いてるのも同じ理由だ」
「どういうことだ…?」
「今回のクエストは、ホントはトットロンデギルドに持ち込まれたもんだ。それがプルミエギルドに回された。あそこのギルドは今機能してないからな…
で、なんで機能してないかっつうと、この街道の先の方が破壊されたせいで、馬車どころか、人間もろくに通れないからだ」
「そうか…」
シャルルはそう答えたあと、泣き出しそうな曇天と破壊されたという、まだ遠く見えない街道をじっと見つめた。
無力さからくる申し訳なさで胸が張り裂けそうになった。
足が重くなり地面に貼りつきそうになるたびに、エメリアの横顔を見て、足を地面から引き剥がして前に進んだ。
結局半日以上、休み休み進み続けて、陽が落ちる少し前になって、ようやくトルポの群生地の近くまで来ることができた。
落ちようとする夕空の太陽が、シャルルの右目の端に映る金髪の髪に反射してギラギラと眩しかった。
「ここまで来れば、そろそろトルポの活動範囲に入る。奴らは夜行性だからな、一旦ここで休んで、日が昇ったら進むぞ」
キースがそう言って荷物を下ろしたので、シャルルも野営の準備をするために、荷物を下ろそうとした。
『ほっほ、シャルルよ。荷物は下ろさん方がええぞ』
『どういうことです?』
神の発言は要領を得ないことの方がずっと多かったが、今日もシャルルには何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
そのとき、群生地のある南の方から、1人の男が鬼気迫る顔をして、猛然と駆け寄ってきた。
「どうした?」
キースが、目の前まで走り込んできた男に尋ねた。その手は、男からは見えないように、槍の穂先をそっと撫でていた。
「あのん、あ、あんたら!ギルドの戦士か!?」
男は目を地走らせて叫んだ。
シャルル達が頷いたのを確認すると、顔中の穴から水を垂れ流し始めた。
「た、た、助けてくれ…仲間が…」
「…トルポか?」
キースは、ワナワナと震えながら話す男の肩に、落ち着かせようとして、手を置きながらゆっくりと尋ねた。
その様子をシャルル達は、固唾を飲みながらじっと見守っていた。
「分からない…俺たちが1回目に駆除したのとは全然違って…それで…仲間の助けを呼ばないと…あっという間に囲まれて」
「落ち着け。大丈夫だ。俺は白銀のキースだ。お前達は助かる。」
キースは男の肩を力強く引き寄せて、ハッキリと自分の名前を男に聞かせた。
キースの名前を聞いて、男の血走った目の中に、希望の光が灯ったのをシャルルははっきりと確認した。
シャルルは心の中で、目の前のキースが本当にすごい奴なんだな、と驚いていた。
「お前達はここで待ってろ。俺が群生地に入る」
「ダメだ!普通の奴らじゃないんだ!あんたらももう探知されてる!」
キースがシャルル達にした命令を聞いて、男は慌てて反対した。
「……仕方ない。全員ついてこい、一歩も離れんなよ」
キースは、男の話の全部を信用したわけではないが、万が一にもシャルルとエメリアに危険が及ばないように自分の近くに置いておくことにした。
『知らんと思うから教えてやるとのう、トルポという種族は、一体一体の危険度は全くないんじゃ。じゃが、とにかく増えるスピードが早くての、それだけでモンスターに分類されておるのじゃ』
先ほどシャルルの質問を無視した神が喋りかけてきた。
『要するにこれもあなた達のせいってことでしょ?』
『普通のトルポの駆除なんぞ退屈じゃろ?今からお主が出会うトルポはのぉ、ついこの間偶然にも珍しい餌にありついて普通のやつより一回り以上大きな身体になっておるんじゃ』
神の口調はまるでようやく完成した新作の小説の設定を語る作家のようだった。
『僕はこう見えて地道で退屈な仕事をこよなく愛してますよ』
『偶然大きくなってしまったんだからしょうがなかろう?』
そのような会話を頭の中で神としながらキースの背を追って走るシャルルの右目には、とっくに沈んだはずの太陽が反射しているように、キラキラと光る金の前髪が写って鬱陶しかった。
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