第16話 ハートに火をつけて 後編
「キース、逆に聞きたい。君はこれからどうするつもりなんだ?僕たちはどうすればいい?」
キースは昇り始めた月の方を見つめながら
「俺の方は…今はまだ動けることは何もねぇ。当分はお前とエメリアのランク上げだ。」
今日のよりもっと危険なクエストに行くのか、とシャルルはエメリアのことを考えて心配していた。
キースはそんなシャルルの心情を察したのか
「ランクの高いクエストには挑むが、俺がいる。命の危険はねぇよ。それにランクが上がれば情報の質も上がる。お前には必要なことだろ?」
と答えた。
「やっぱり記憶を戻すのは難しいことなのか?」
「かなり難しいと思うぞ。事故とかで記憶喪失になるやつがたまに頼るのが精神系の魔法なんだが、体系魔法の範疇外だからな」
「この間から気になってたんだが体系魔法って何なんだ?」
キースは、シャルルが知らないことに驚いたように顔を覗き込んだが、シャルルはキースがそれを口に出すことを目で阻止した。
「体系魔法ってのは、火とか水とかこの世の中に元々存在してるものを発生させる魔法のことだ。で、目に見えねぇものとか、この世に存在しない物を発生させる魔法を範疇外って呼んでるんだよ」
納得し首を振ったシャルルに、キースは
「お前のキス•オブ•カサノヴァも範疇外だぞ」
と教えてくれたが、
シャルルはその名を呼ぶなと冷たく答えた。
「で、俺にはさっぱり分かんねぇが、体系魔法は頭のいいやつなら勉強すれば使えるんだが、範疇外はそうじゃねぇ。
生まれつきだったり、特別な経験を経たやつにしか使えねぇから珍しいんだ。」
「なるほど…」
「それだけじゃねぇぞ。魔法にはそれぞれ下位、中位、上位、そのうえの神聖級まで四つの等級があるんだが、神様が改ざんした記憶を戻すなんてのは…」
「一番上の神聖級が必要になる…か?」
シャルルがキースの言葉を遮って尋ねた言葉に、キースは黙って頷いた。
「ちなみにお前のキス•オブ•カサノヴァは俺の見立てでは中位魔法だ。これでもかなり珍しい。」
シャルルは、自分の魔法の名前を呼ばれることを嫌ったが、これ以上キースにそれを言っても無駄そうだったので、諦めて彼の話に耳を傾けた。
「神聖級の範疇外なんてのは滅多にお目にかかれねぇ。それに精神系の連中はネタが割れないように自分の力を隠したがるからな」
シャルルが如何に難しいものを探そうとしているのか事細かで丁寧な聞いたシャルルは
「心配ない、僕はエメリアのためなら砂漠で迷子になった一粒の砂金でも掬い上げてみせるさ」
と自信たっぷりに答えた。
二人が長いようで短い濃厚な話し合いを終えた頃、エメリアが風呂から出てきた。
キースは、シャルルがそれを認識するより少し早く、二人を覆っていた赤い蒸気をかき消した。
赤い蒸気が消えた瞬間に、心配する神の声が脳内に響いてきたが、シャルルは寝てましたと短く返事をした。
エメリアは、先ほどの風呂の一件を思い出さないように心を落ち着けてから出てきたので、随分と長風呂になってしまった。
その後、シャルルとキースが順番に風呂に入った。
シャルルは、エメリアを待たせないようにできるだけ手早く入った。
キースは、それよりも何倍も素早くシャルルがエメリアに風呂から出た挨拶を述べ終わった頃にはもう風呂を済ませていた。
夕飯を済ませたあと、おやすみの挨拶をするためにシャルルはエメリアのテントを訪れ、丁寧な口上を述べたあとで、入り口をめくった。
「日が沈んだ姫君の寝床に忍び込んでしまってごめんね、今日は大変な1日だったね。」
「ううん!シャル君も一日中お疲れ様、私迷惑かけなかった?」
「迷惑だなんてとんでもない、君の絹のような美しい白い肌に一粒のシミも残すことがなくてよかったよ」
シャルルがそう答えると、エメリアは一瞬複雑そうな顔をしたあとで、にこやかに表情を翻らせ
「でも、私鈍臭いから次は怪我しちゃうかもしれないから、早めに慣れておかないとね」
と冗談っぽく答えた。
エメリアの返答を受け取ったシャルルは、ゆっくりと一歩だけテントに足を踏み入れて、エメリアの右手を取った。
彼女の右手の甲にキスをしながらシャルルはまっすぐにエメリアを見つめた。
「そんな必要はないよ。僕がずっと君を守ってみせるからね」
優しくはあるのだけど、なんとなくいつもと違う飾り気のないシャルルの言葉と、自分に向けられたまっすぐな黒い瞳の前にエメリアは、いつものように笑うことができず、先ほどよりもっと赤くなって固まっていた。
シャルルは頭の中で、小さな子供が一生懸命拍手をするような音が鳴り響いている気がした。
次の日の朝は、昨日よりももっと太陽が張り切っていたが、シャルルは一歩一歩自信を持って踏み締めて歩くことができたので、思っていたより早くプルミエの門まで辿り着いた。
シャルルたちの最初の冒険が終了した。
3人が今回のクエストの報告のために、ギルドに向かって歩き始めて少しした頃、背後から
「ねぇ!ちょっと待ちなさいよ!」
という感高い声が辺りのレンガに反響しながら聞こえてきた。
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