第11話 グランテールの夜 前編
シャルルがやっとの思いで、放射状の幾何学模様を地面に描いて一息をついたときに、また、あの嫌な老人の声が脳内に響いてきた。
『素晴らしい活躍じゃの!ところで、運命の書によればこの後倒したはずのドラゴンが立ち上がるのじゃが…』
『あなたは本当に最低だな!』
楽しげに語りかけてきた神の言葉をシャルルは怒りのままに遮った。
『そんなことをしたら、僕はこの魔法のことを永遠にぬるぬると呼ぶことを魂に誓いますよ』
『むぅぅ…これはお約束じゃからどうしても入れたかったんじゃがのぉ…』
『そんなお約束を望んでる人間は1人もいません!』
残念そうに言い淀む神の言葉を、シャルルは断固として、その爪先さえ受け入れようとしなかった。
この態度に神も、渋々と諦めたようで、岩石龍が起き上がることはなかった。
帰りの道に着いたとき、太陽はまだ天辺から少し落ちたくらいの時間だったので、夕方には街に着く予定だった。
しかし、予想外のアクシデントにシャルルとエメリアがくたびれてしまい、予定の半分程度しか進むことができなかった。
キースは、そんな2人を先導して、反発する磁石のように行き道と同じようにピッタリと同じ間隔を開けて歩いていた。
2人のスピードが行き道よりもずっとゆっくりだったにも関わらず、その間隔は朝と変わらずピッタリと同じだった。
「これ以上は日が落ちるな、今日はここで野営にしよう」
磁石のように先導するキースが後ろを向いてそう声をかけた。
シャルルはエメリアに野宿をさせることが嫌だったが、夜道を歩かせるのはもっと忌避すべきだと思ったのでそれに同意した。
キースは2人に、木陰にある大きな岩で座ってるように命じた。
夜は危険な生き物が多いので息を殺してぴたりと座るように重ね重ね強く命じられた。
シャルルは、今朝宿屋で手に入れたばかりのハンカチを、岩の上に敷き、エメリアに座るように呼びかけた。
「悪いからいいよ」
「いいんだよ、このハンカチは今この時のために縫われた物だからね」
シャルルとエメリアがそんな取り止めもない話をしてる間に、キースは目に見えないようなスピードで野営の準備を進めていた。
一度瞬きをすれば、テントが一つ完成していると思えるほどのスピードで、シャルルはこの男は一晩あればここに街を建てられるな、と感心していた。
エメリアは、今日1日の疲れから、うとうとと首を振り始めた。
それを察したシャルルは、疲れ切って荒くなっていた息遣いを、彼女の安眠を妨げないようにするため、できるだけ落ち着かせた。
エメリアは8回目に首を揺らしたときに、キースができたぞ、と声をかけられ目を覚ました。
「全部やってもらっちゃってありがとうございます…!」
「別に、いつも1人で全部やるんだ、この方が早い」
エメリアのお礼にキースはぶっきらぼうに答えた。
キースは、この辺りにモンスター避けのまじないをしたので、今晩は安心だと言うこと、左の垂れ幕で覆われたのが風呂、右の二つが寝床だと教えてくれた。
寝床はシャルルとキースの2人用、そしてエメリアが1人で寝る用に分けられていて、シャルルはこの男もようやく少しは分かってくれたなと感じていた。
エメリアに先に風呂に入ってもらい、シャルルとキースは夕飯の用意をしていた。
野営の予定がなかったので、食料はキースが風のように捕まえてきた、何かの動物の肉に大量のバジリコを塗りつけて焼くという原始的なものだった。
「本当にこの肉は食べられる肉なんだろうな?」
「多分な」
「多分じゃ困るんだ!エメリアも食べるんだぞ!」
シャルルはこの質問を料理を作っている間3度繰り返したが、その結果はキースのやる気のない返答が3度繰り返されただけだった。
そこで、きゃぁっと言う小さな悲鳴が聞こえてきた。
風呂の方から聞こえてきた悲鳴に、キースはいつものように風の如く駆け出したが、今回ばかりはシャルルも同じくらいのスピードで駆け出していた。
キースが風呂の垂れ幕を無遠慮に開けると、そこには風呂桶の前で、一糸纏わぬ姿で立つエメリアがいた。
エメリアは、顔を夕日のように赤く染めて、華奢な細腕で胸を必死に隠し、口をわなわなと震わせていた。
シャルルの身体中のシナプスは、光よりもさらに早いスピードで首を横に逸らし、目線を切るためだけに全身全霊を尽くした。
シャルルの首が、光よりも早く90度回転したとき、その目がとらえたキースは、何かを見つめていた。
「この木偶の坊!さっさと横を向け!それができないんなら、その無駄にゴツい指で眼球を貫け!」
平然とエメリアの身体を見つめるキースをシャルルは烈火の如く非難した。
はいはい、と返事をしながらキースは目を閉じてからエメリアに話しかける。
「風呂が水だったか?悪い、沸かしたと思ったんだけどな。
風呂桶の横に置いてある火の魔法瓶を使ってくれ。瓶の蓋を開けて、水に向かって2、3振りすりゃいい。」
「ホントにごめん!でも安心して、殆ど何も見てないから!」
「あ…うん!あ、ありがとうございます!ありがとう!」
淡々と状況を理解して話すキースに対して、シャルルは動揺して殆ど口が回らなかった。
エメリアも、それによくわからない返事をしてしまった。
こんな時ばかりはと、記憶を消す魔法がないのかと、神に尋ねたが、神は美味しい展開になったと喜んでいて役には立ちそうになかった。
シャルルとキースが立ち去った後、エメリアは、シャル君はもっと見てもいいのに…なんて考えが宙に浮かんできてはか細い腕でそれを掻き消した。
「お前…さっきの見たか?」
キースが落ち着いた口調でシャルルに尋ねた。
「僕は何も見ていない!お前もさっさと忘れろ!」
「そうじゃない…エメリアの腹にあったGの逆さ文字のことだ」
「Gの逆さ文字…?」
キョトンとした表情を浮かべたシャルルの顔を見て、キースは小さくため息を着いた。
キースのため息がシャルルの鼓膜に届くのと同時に、2人を生暖かい風が包み込んだのをシャルルは感じた。
キースの身体から立ち上った赤い蒸気が2人を包み込んでいた。
「この国の人間が逆さ文字の刻印を知らねぇわけがねぇだろ、お前、何を隠してる?」
「な、何を言ってる?」
突然の事態にシャルルは戸惑っていた。
キースの真剣な眼差しも、謎の赤い蒸気もシャルルを混乱させるのを手伝った。
「化かし合いとかは得意じゃねぇんだ。端的に聞くぞ、お前、別の世界から来たな?」
キースの核心を着いた質問に、シャルルは、正直に答えることが、悪い結末を招くのか、それともその逆なのかと考えを巡らせることに精一杯で、答えを声に変えることができなかった。
「答えがねぇ…ってことは、肯定ってことでいいんだな?」
キースが槍を撫でたのを見て、シャルルは慌ててそれを否定しようとしたが、ここで何を言っても言い訳にしか聞こえないことに気づくことくらいはできた。
「僕が…異世界人だとしたら、どうする…?」
シャルルは恐る恐るキースに質問をした。
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