第33話 nail pink-3

車に荷物積んできます、と言って朝長と入れ替わりで駐車場に向かった部下の背中を眺めながら、朝長が煙草をポケットにしまった。


ちらっと向けられた視線に苦笑いを浮かべる。


ほかにどんな表情が適切なのか分からない。


「あー・・・・・・・・・もしかして、西山から言われた?」


その言葉で、彼が西山と結のやり取りに気づいているのだと分かった。


「朝長さん・・・・・・・・・知ってたんですか?」


もしかして西山が朝長になにか相談していたのだろうか。


「・・・・・・・・・知ってるも何も・・・・・・みんな知ってたよ。うちの事務所の連中は」


目を見開いた結の表情に、そうかーと朝長が夕空を見上げる。


「え・・・・・・・・・私はちっとも気づきませんでした」


「最初っから折原は西山のこと対象外って見てたもんな」


「だ、だって・・・・・・後輩ですし・・・年下ですし・・・・・・」


「あれ?折原って年下対象外だっけ?」


「対象外というか・・・・・・年下と付き合った事ないから・・・・・・とくに西山くんなんて可愛いキャラだったし・・・まあ、ちょっとはあざといなぁと思うところはあったけど・・・」


甘え上手というか末っ子気質というか、何の衒いもなく結にSOSを出してくるところは可愛いなと思っていたのだが。


「いやあれも全部計算だろ。お前に構って欲しくてやってたんだよ」


純粋に先輩として甘えられているだけだと思っていたのに。


「うそ!?」


素っ頓狂な声を上げた結に、朝長が意外そうな顔を向けてくる。


「折原・・・・・・意外と免疫無かったんだな」


「いや・・・・・・そんなつもりは・・・・・・まあ、ここ数年は下育てる事と、仕事こなすことばっかりしてきましたけどね」


「まあそうだなぁ・・・・・・俺のサポートばっかやらせてたしなぁ・・・・・・折原いま彼氏いるの?」


「い、居ませんけど・・・・・・西山くんとは付き合えませんよ」


「まあ、だろうなぁ・・・・・・意外と面白いカップルになりそうだけど、お前が一方的に世話焼いて終わる気もするわな」


「申し訳ないけど、西山くんのことそういう目で見れませんもん」


彼に手首を掴まれた時も、困惑のほうが大きかった。


氷室に触れられた時にはあり得ないくらい頬が火照って心臓が早鐘を打ったのに。


「へえーでも、好きな奴いるんだ?」


結の表情の変化を目ざとく見抜いた朝長が面白そうに目を細める。


「っな・・・・・・・・・し、新婚さんには秘密ですよ・・・・・・それより奥様お元気ですか?」


「んー。元気にしてる。最近は暇さえあればキッチンに籠って、料理教室で習ったメニュー作ってるよ。気づいたらキッチンが見た事無い調理器具で溢れてた」


「奥様お料理上手なんですね」


「料理上手というか、料理に目覚めたところなんだろうなぁ・・・・・・ずっと実家暮らしだったからさ」


「旦那様に愛の籠った手料理食べさせたいんですよ。有難いことじゃないですか」


「それは確かに・・・・・・あれから支店のメンバーが新居に遊びに来たんだよ。愛果、折原のことよく覚えてたらしくて、お前が異動になったこと寂しがってたよ」


朝長と細君が婚約期間中に、支店の前で立ち話をしたことがあった。


結婚披露宴でも気さくに話しかけて貰って、つくづくいい人をお嫁さんにしたなぁと思ったものだ。


「ほとんど接点無かったのに、覚えてて貰って有難いです」


「そりゃあ俺がしょっちゅう折原のこと褒めてたからだろ」


初耳の褒め言葉が聞こえてきて、西山にごめんなさいをした直後なのに胸が弾んでしまった。


「え?」


「正直、うちから出したくは無かったよ。お前もキャリア志向ぽかったから、俺が営業本部に異動する時は連れて行きたいと思ってた。十分あっちでも即戦力になるしな」


プライベートそっちのけというわけではないが、ここ数年はとくに仕事が忙しかったこともあって、恋愛も結婚もご無沙汰だった。


結のそういう姿勢を見て、朝長はキャリア志向だと思ったのだろう。


営業本部といえば、営業部門のエリートたちが集う花形部署だが、仕事は支店の数倍過酷だし、事務仕事の量も倍以上になる。


そこに連れて行っても即戦力になる、と思って貰えたことが、純粋に誇らしい。


「ありがたいですけど・・・・・・私、キャリア志向じゃありませんよ!タイミングが合えば、だ、誰かと恋愛したり、結婚だって・・・・・・」


恋愛、結婚。


西山には考えられなかったことが、氷室となら考えられてしまうのは、結のなかで氷室は最初からずっと異性の枠に入っているからだ。


彼に触れられてドキドキしたのは、思い出補正なんかじゃなくて、大人になった彼にときめいたから。


氷室と付き合ったら・・・・・・そのうち、結婚・・・・・・


いやいやいや、さすがにそれは一足飛びすぎだし、まだ何も言ってないし何も始まってない。


早速空回りが始まりかけた自分の思考を戒めつつぎゅうぎゅうに引き結ぶ。


「そっか・・・・・・その感じだと、西山の付け入る隙なさそうだな」


「ない・・・です・・・・・・すみません・・・」


「折原、こっち来てよかったのかもな。俺としては惜しいことしたと思ってたけど」


「・・・・・・・・・そう・・・ですね」


「支店にいた頃の折原は、事務所の母親代わりみたいなとこあっただろ?全員のフォローして、相談聞いて、自分のこと後回しでさ。俺も、あの頃の折原にはそういう役回りばっかり任せてたから。プライベートどころじゃないわなぁ・・・・・・悪かった」


「そ、そんな!頼られるのは嬉しかったし、仕事は楽しかったし、みんないい人だったし・・・・・・私が好きでしてきたことですし・・・・・・朝長さんの下だったから、頑張れたんです」


この人に頼られる自分でありたいという目標は、結をどこまでも走らせてくれた。


「おかげで査定良くし過ぎたから、メディカルセンターに獲られたよ」


でも、今の折原楽しそうだから、結果オーライだよな、と朝長が朗らかに笑う。


幸せそうな彼を見ては、こっそりうじうじしていた自分はもうどこにもいない。


「はい。私も、異動してきて良かったと思ってます・・・・・・あの、だから、西山くんのフォロー」


「言われなくても完璧にしといてやるよ。あいつのケツ叩くの慣れてるからさ。まあ、若いし、すぐ復活するよ」


心配いらない、と請け負った朝長の頼もしい笑顔に、結は改めてよろしくお願いしますと頭を下げた。


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