第20話 begonia-1
「折原さん、今日も懇親会出ないんですか?」
カフェテリアのテーブルを一時的に移動して作った即席中央テーブルの上にケータリングで届いた料理を次々と並べながら、後輩の太田が尋ねて来る。
「うん。準備終わったら帰るね」
すでに用意済みだった返事を口にすると、途端後輩が口をへの字に曲げた。
気持ちはわからないでもない。
「ええーたまには一緒に残ってくださいよー。私一人だと
表向きは社内交流が目的とされている懇親会は、実際のところは若手の出会い探しの場である。
そこには、近場に出会いのない若者たちに地元で良縁に巡り合って貰い、出来ればそのままこの地に根付いて欲しいという西園寺グループの思惑も含まれていた。
採用面接で重視されるのは学歴経歴以上に人柄、というのが西園寺メディカルセンターの特徴だ。
事業部長の西園寺がこの人はと選んだ相手を集めて作ったメディカルセンターは、当然素性の怪しい人間は皆無なので、独身社員にとっては安心して相手を探せる貴重な出会いの場でもある。
何より待遇面がかなり充実している西園寺グループでの社内結婚となれば将来的にも安泰なので、地元に住む年頃の子供を持つ親は、こぞって西園寺関連企業に就職させたがるのだ。
二十代の頃ならともかく、つい最近三十代の大台に乗った自分が懇親会に参加するのはどうも気が引けるし、もしも氷室がこの場に来ていたらさらに気まずい思いをすることになる。
もう一度付き合って欲しい、と言われて、返事を出せていない状態で出会いの場とも呼べる懇親会に参加するのは躊躇われた。
時短勤務の派遣受付嬢たちは、懇親会でどうにかして将来有望な独身男性を見つけようと躍起になっており、部署からは一人参加になる後輩が受付嬢たちの鉄壁のディフェンスを掻い潜ってお目当ての研究者たちの元に辿り着くのは不可能かと思われる。
「うーん・・・私に
生憎異動して来てからこちら、
しかも、夜勤や休日出勤やリモートワークが複雑に入り組んだ研究者の全員と顔を合わせた事は一度も無かった。
自由参加の懇親会なので、普段、
上司に連れられてくるパターンなら考えられるが、後輩に良縁を授けてやろうとする世話好きな研究者の顔なんて思い浮かぶはずもなかった。
ここに赤松が居たらちょうどいい相手を見繕って紹介してくれそうだが、残念ながら彼女もこの懇親会には参加していない。
他部署との連携を図りたいイノベーションチームの雪村は時々この会に参加しているのを見たことがあった。
そして、雪村が参加しているときには大抵氷室も参加しているのだ。
だから、尚更懇親会には参加したくない。
「懇親会始まってちょっとの間だけでいいですから!ね!ね!お願いしますー!」
「うううーん・・・・・・よし、分かった。じゃあ30分だけね。それでもいい?」
「はいっ!ありがとうございますっ!助かりますー!!あ、ロボット開発の遠山さん来られたんで挨拶お願いして来ますね!」
毎回各セクション持ち回りで形だけの挨拶の後は好きに飲み食いして交流を深める無礼講の会は、久しぶりに
彼は上司から挨拶だけを無理やり押し付けられたらしく、乾杯の挨拶の直後にすぐグラスを置いて
今日は夜間帯で作業があるらしい。
異動して来てから7か月経ってもまだ顔と名前が分からない人がちらほらいる。
毎回、西園寺グループからも何人か懇親会に参加する人間がいるので猶更だ。
白衣とスーツとカジュアルスタイルが入り混じった懇親会の中で目を引くのはやっぱり華やかなワンピースに身を包んだ受付嬢たちだ。
エントランスで人の出入りを見ている彼女達は良さそうな男性社員を探すことに余念がない。
早速気になる
「気になる人いた?」
「えー・・・駄目そうですー・・・・・・今日は来てないかも」
「あ、そうなの・・・・・・前に言ってた機器開発の人だよね?」
「そうなんですけど・・・・・・開発チームって場所取れないとリモートが多いみたいで」
「ああーまあそうだねぇ」
人事総務は、社員の勤怠や有休消化の管理も行っているためリモートワークの割合も把握できてしまうのだ。
「あ、同期居たんでちょっと失礼します!」
「はいはーい。私30分経ったら帰るからねー」
料理もドリンクもたっぷり用意されているし、とくに問題は起こっていない。
賑わうカフェテリアをぐるりと見回したところでこちらを見ているスーツ姿の男性と目が合った。
「あ」
「あれ・・・折原さん!?」
懐かしい顔を見つけて結は思わず笑顔を浮かべた。
「西山くん!久しぶりだねー。懇親会来てたんだ」
「そうなんです。売れ残ってる若手が行ってこいって支店長と朝長さんに追い出されちゃって・・・でも、来てよかった。誰も知り合いいないから不安で・・・折原さん、懇親会とか興味ないかと思ってたけど、そろそろ彼氏欲しくなりました?」
人懐っこい笑みを浮かべて近づいて来た西園寺不動産の支店時代の後輩を睨みつける。
彼の入社当初から面倒を見てきた結は、久しぶりに聞く気安い後輩の軽口に遠慮なくツッコミを入れた。
「一言多いよ、西山くん。懇親会の準備はうちの仕事なのよ。それでちょっと居残り。若者のお邪魔はしませんから良い出会いを見つけてちょうだい」
少々抜けたところはあるものの、愛想が良くて憎めない後輩は、ここ二年ほど恋人がいなかったはずだ。
結の言葉にぱちぱちと目を瞬かせた西山が眉根を寄せた。
「折原さんは、出会いはいらないんですか?」
「さすがにここでは探さないわ」
「え、それは社内恋愛が無理ってことスか?」
「社内恋愛っていうか・・・」
ちゃんと答えを出さないといけない相手がいるのに、別の場所で相手を見繕っている場合ではないのだ。
しかめ面で言葉を濁した結に、西山が急に距離を詰めて来た。
「俺だったら、グループ会社だし、社内恋愛になりませんけど?」
「いやいやいや、さすがに後輩に面倒見て貰うわけには」
「面倒とか思ってませんって」
ヘラっと笑った西山がちょっと考えてみてくださいよと軽口を叩いて来る。
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