ピラトゥス山の竜
らんた
ピラトゥス山の竜
「おとうちゃん、人間が……人間が崖から落ちてるよ」
仔竜たちが騒ぐ。竜の目は子供だろうとも遠くのものまでよく見える。
「どうれ、ちょっと行ってみるか」
ここは禁足地のはず。人間があまりにも竜を敵対視し血が流れるためお互いが傷つかぬようにと境界線を作ったはずなのだ。巨体であるはずの竜の体はふっと大地に降りる。父竜は自分の尾で巻き付けてから人間を崖から掬い上げた。
その者は足の骨を折っていた。手にはなにやら薬草を手にしていた。
人間は竜を見て助けて―、殺されるーと叫んでいた。そのたびに仔竜たちはそんなことしないと説明したが竜の言葉は人間には通じないようだ。動物には通じるのに。
「ねえ、人間って僕たちの言葉が通じないの?」
「ああ、そうだよ。もっと高位な竜は人間の言葉をしゃべれるけどね。でも僕たちの声はたぶんうなり声にしか聞こえてないはずだよ」
「どうしたらこの人の恐怖心を解くことが出来るの?」
「そうだな。とりあえずやさしく触ってきたらどうだ」
仔竜たちは人間を撫でてみた。そのたびに人間は恐怖の声を上げたが人間は竜が害しないと分かったのかようやく声が収まった。
「足、骨折してるみたい」
「じゃあ樹の枝を持ってきて。あとなにか巻くものも」
仔竜たちは樹の枝と樹皮を持ってきた。そして樹皮に呪文を唱えるとなんということだろう。包帯になったではないか。
人間は痛いとわめく。しかしこうしないと骨折が治らない。
「ああ、あそこの薬草を取ろうとしたんだな」
親竜の目線の先には人間が崖から落ちた跡が残っていた。
「とうちゃん、雪!」
そう、もう晩秋であった。そろそろここは吹雪が支配する地になる。
「仕方がない。この人間を家まで連れて行ってあげて」
「「はい」」
三匹の仔竜と親はねぐらとなってる洞窟に着いた。そこには人間から奪った宝物もたくさんあった。やむなく人間と戦った時に得た戦利品だ。
夜になると吹雪が起きた。あやうくこの人間は凍死するところであった。
仔竜たちは器用にも人間用のベッドを作った。もちろん毛布もだ。そして岩から出るミルクを人間と一緒に飲み、吹雪が止むと小動物を狩っては炎を吐いて肉を食べていた。もちろん人間にも渡していた。人間のために松明も作った。竜と違い人間は暗闇の中では見えないのだ。トイレも作った。水はろ過して飲めるようにした。時々鍋を作っては囲むようにして人間と一緒に食べていた。幸いにも薬草などはストックしていた。
狩りは父竜や仔竜が、料理や家事は母竜が行った。
そうこうしてるうちに四か月が経過した。人間の骨折はすっかり治っていた。
吹雪が収まってしばらくたった。春がやって来たのだ。
「じゃあこの布を尾と一緒に人間を縛り付けて」
「「はい」」
もう人間は怖がっては居ない。人間は父竜の巨大な尾に付けられた!
「しがみつけよ!人間!」
そういって洞窟の外に出た。大空を羽ばたく竜。眼下には人間の村があった。
――エアリアルよ……嵐を止めておくれ。
人間には咆哮にしか聞こえなかった。だが嵐がピタッと止まったのだ!
――亡霊よ……涙を止めておくれ。
人間には竜の啼き声に聞こえた。すると不気味な風の音もピタッと止まったのだ!
竜の境界と人間の境界となる石を突破した。本来この境界を突破した場合最悪人間に襲われる。覚悟の上だった。
そして人間の村に降り立った。
人間達は恐慌状態となったが布をほどいた人間を置いて竜は去っていった。
「ありがとー!竜よ~!」
名も無き村人がお礼を言う。そう、人間はここの住民だったのだ。
「お前生きていたのか!」
「よく無事だったな!」
「ああ、あの竜たちに助けられた」
その話を聞いて以来……スイスでは竜は人間を害するものではなく人間を守護する存在へと変わったそうな。
(終)
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