第五章・その真実

先に限界を迎えたのは、やはり、峠之内冥児だった。


「はあ…ッはッ」


全力を出し過ぎた。

だから、峠之内冥児の体内には神力が枯渇している。

この状態であれば、容易に鋼印を使役する事無く、楽に倒せるだろう。


「お前、なんで其処まで必死なんだよ」


春夏秋冬式織は疑問だった。

この少年が、自らの力量を知らずに暴走する筈が無いのだ。

なのに、何か生き急いでいる様に見えた、だから、春夏秋冬式織は其処が疑問だった。

だから、聞いたのだ、その質問に対して、峠之内冥児は、錯乱していた。

全力で立ち向かい、気力を使い果たし、神力は欠如している。


それでも、肉体に宿る力を搔き集めて、春夏秋冬式織に向けて立ち向かっている。


「うるせ、うるせえんだよ…おれ、俺は、最強、なんだ、強くないと、ダメ、なんだッ」


必死になって、春夏秋冬式織に近づいて、ついに神力が切れた拳で、春夏秋冬式織を殴った。


「俺、は、最強、じゃないと、じゃないと、意味、がない、価値が無い、人生に、意味が、なくなる、失ったもの、全部、意味が、なくなるッ」


峠之内冥児の脳裏に過る、自らの過ち。

あの日、誕生日を過ぎた日。


峠之内冥児が殺したのは、自らの母親だった。

大切な友である子犬と、自らに思い罰を背負わせる母親。

どちらが悪で、倒すべき相手であるのか、それを見誤った。


自らの刃で、死に逝く母親を眺めながら、自らの過ちを知った。

それでも、母親は恨む事無く、呪いを残した。


『最強、その頂点は孤高であるもの、全てを犠牲にしなければ、辿り着けない領域…私を失い、それでも、冥児。貴方は進みなさい、その、冥府魔道を』


その言葉を残し、母親は死んだ。

その一か月後、峠之内冥児が選んだ、子犬は病死した。

元々、長く生きる事の出来ない短命な子犬を選んだのだ。

誕生日の日、其処で命を落とす為だけに与えられた子犬は、あっけなく死んだ事で、峠之内冥児の中で、強迫観念が生まれ始めた。


強くならなければならない。

でなければ、今まで失ったものが無意味になる。

だから、その空になった拳を強く握り締めて、ただ我武者羅に、ただ無茶苦茶に、峠之内冥児は強さを証明する為に戦い続けた。


でなければ、全てが無意味になる。

自分が何の為に殺したのか、その選択に意味を持たせる為に。

その拳を振るい、叫び、最強へと至る為に、己を貫き続ける。


「…ッ」


春夏秋冬式織の拳が、峠之内冥児の顔面を強打した。

これにより、地面に倒れる峠之内冥児、春夏秋冬式織は、先程殴られた事で口が切れた為に、唾と共に血を吐き出した。


「だ、めだ。まだ、終われない、強く、無いと、おれは、おれじゃない、なにも、なくなる、なにもかも、なに、ひとつ…ッ」


負ける事に恐怖を覚える。

涙を流して立ち上がり、春夏秋冬式織に向かっていく。

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