第二話「雷と君と」


























 夕飯をカップ麺で済ませた後は歯を磨いて、二階の高橋の部屋でくつろいで過ごすことにした。


 未だ外では雨が振り止む気配もなくて、窓ガラスに水滴が打ちつけられては落ちていくさまを、どこか幻想的だとベッドの上からぼんやり眺めた。


 外はもう真っ暗で、時折ピカリと眩い光を見せては、遅れて轟音が響いてくる。


「…雷、すごいね」


 私の隣で、壁を背もたれにして雑誌を読んでいた高橋が、小さく呟いた。


「明日には止むかな?」

「どうだろ……でもさすがに、朝までには落ち着くんじゃないかな」

「そっか…雷ちょっと怖いんだよね」

「そうなの?」

「…うん。大きな音が苦手で」


 弱々しい雰囲気の声色に、普段とはまた違った一面を知れてキュンとする。…雷怖いの、意外すぎる。


 窓から視線を外して高橋の方を見てみれば、ちょうど雑誌を閉じて枕元に置いて、向こうもこちらを見るため体を向けたところだった。


 必然的に目が合って、お互い何かを期待したみたいに瞳を潤ませた。


 心臓はトクトクと昂りはじめて、次第に鼓膜を震わす心音は激しさを増していった。


「ね…ぇ」


 細い指が腕に置かれる。


「わたしのこと、どう思ってる…?」


 今、ここでそんな質問をされるだなんて思ってもみなくて、喉の奥がぎゅうっと詰まる感覚に襲われた。心臓も同じように収縮する。


 これ…は、素直に言っても、いい?


「た、高橋…」


 相手も同じ気持ちでいてくれてる、と。


「私…高橋の、こと」


 希望と勇気を胸に口を開いた時。


 バツン、と部屋全体が光を無くした。


「え…」

「て、停電?」


 いきなり真っ暗闇に包まれて告白どころじゃなくなった状況に、ふたりして困惑しながら辺りを見回す。


 窓の外も部屋の中も、何も見えないくらいの闇で…怖くなっちゃったのか高橋がもぞもぞと動いて私の体にひしっと抱きついてきた。


 戸惑いながらも腕の中に納めて、雷の光と音に反応してビクついた高橋を宥めるように頭を撫でた。


「…こわい」

「び、びっくりしたね。大丈夫だよ、高橋…」

「う…ん」


 怯える顔を覗き込もうとして下を向いたら、相手もちょうど私の声に応えようと顔を上げて、お互いの鼻先が軽く当たった。


 あ……ち、ちか…


 咄嗟に唇を閉じて息を止める。高橋はやけに扇情的に眉を垂らして、唇をゆっくりと持ち上げた。


 その姿が、雷光に照らされた。


「すき」


 熱い吐息混じりの声が、耳に届く。


 動揺した頭でも理解できた言葉に、心臓は怖いくらいに跳ね上がって、ドクンドクンと止まらない鼓動の音を聞きながら、反射的につばを飲み込んだ。


「私、も」


 好き。


 そう伝える前に、体は動いて。


「ん…」


 相手の瞳が、長いまつげで隠されたのと同時に、慣れない仕草で唇を奪った。


 驚くほど柔らかな感触が当たると、それだけでのぼせそうなくらい頭に血が巡って、指で触れた高橋の頬も熱を持っていた。


 ついつい、唇を離した後も興奮が治まらなくて、細い腰に手を回して抱き寄せながらまたキスをする。相手もすんなりとそれを受け入れて、拙い動きで応えてくれた。


「っは…ぁ、高橋……」


 気が付けば押し倒す形になっていたのも気にする余裕がないくらい感情を昂ぶらせていた私は、次々に湧いてくる欲を今は止める気もなくて、


「舌…入れていい?」


 さっきまで唇で触れていた高橋の口元に指を当て置いて、軽く開かせた。


 暗くて顔が見えないのが、もどかしい。


 今、高橋はどんな顔してるかな…嫌がってない?大丈夫かな、なんて不安にもなる。


「い、いいよ」


 そんな不安も、ねだるように服を引っ張られてすぐに吹き飛んだ。


 親指の腹で見つけた薄い皮膚の感触に向かって顔を落としたら、待ち遠しい気持ちを抱えていたらしい高橋の方から唇を柔く挟んできて、ちゃんとした知識が足りてないまま私も何度か挟み返した。


 それを繰り返していくうちに、自然とふたりの口はうっすらと相手を受け入れるための準備をはじめて、開かれた隙間に湿った内部を差し出す。


「っん……ふ…」


 鼻から抜ける声が心臓と脳を刺激して、高い温度に溶けていく。


「は…ぁ……す、き」

「う、ん…私も……好きだよ」


 気分はどんどん盛り上がって、高橋の手も私の服を引っ張る勢いで掴んでいて、服越しに密着した体は汗をかくほど熱くて。


「った、高橋…」

「ん……っあ、やだ…」


 余裕なく胸元に手を置いたら、さすがに腕を掴まれて止められてしまった。


「い…いきなりは……はずかし…い」

「あ、ご…ごめん」

「もう少し、待って…?」

「う…うん、もちろん」


 高橋の心の準備が整うまで、焦る気持ちは抑え込んでキスだけは回数を重ねて、結局。


 荒ぶる欲望を我慢なんてできる訳もなくて、数分後には服の上から膨らみを触っちゃって、下着をしてないせいでピンと張った部分を指先で弄った。


 目が慣れてきた影響でうっすら見えるようになってきた高橋の顔は、悩ましく眉間を寄せて唇を噛み締めていて、あまりの可愛さに心臓は締め付けられて苦しくなる。


「触っていい…って、言ってない…のに」

「ご、ごめん、でも……むり、だよ。触りたい」

「ばか…えっち」


 その言い方さえ可愛すぎて、きゅううっと縮こまった心臓が痛い。


「高橋……っかわいい…」


 情けないくらい上擦った声で呼んで唇を重ねれば、まんざらでもない反応が返ってくる。


 こんなのもう、止められない。


 咳が切れたように高橋の服の裾から手を入れて腕に持っていっても、今度は止められることなく思いのほかすんなりと受け入れてくれた。


 直に触れたら、また全然違くて……もう興奮しすぎて犬みたいに呼吸を浅く、荒くしながら高橋の首筋に顔をうずめて、手は柔らかな肌を覆い包んだ。


「い、息くすぐったい…」

「あ…ごめん」

「そんなに興奮してるの?」


 頬に何かが当たる。…少し湿ってる熱い肌の体温から、高橋の汗ばんだ手のひらだとすぐに分かった。


「めっちゃ…興奮、してる」

「ふは、かわいい……だいすき」


 愛でる言葉の後で、これまた愛でる仕草で唇を奪われて、思考までも奪われた。


 胸を触りながら足と足の間にも手を伸ばして、服越しでも伝わるくらい熱と水気を含んだ場所を撫で上げる。私の指の動きに、高橋の腰が少し逃げるみたいに反り返った。


「んっ、は…ぁ、う……まっ…て」

「ごめん…待てない」

「今、やばい…の」

「…何がやばいの?」

「すぐ……」


 まだちゃんと触ったわけでもないのに。


 突然、高橋の体にやってきた激動を眼下で感じた瞬間に、理性の糸がいよいよブチ切れた。


 彼女を好きになって、一年ちょっと。


 これまでの思いが弾けたように、雨降る夜に欲望をぶちまけて。


「……雨、止んだね…」

「…うん」


 空にも私達にも静けさを取り戻した頃、寝転んで窓を見上げながら呟いた。


「…あのさ」

「うん」

「私と、その……つ、付き合ってくれない?」


 散々お互いの体温を感じまくった後で今さらすぎる気もしたけど、私なりの誠意を持って聞いてみたら、高橋の体が上に覆い被さってきた。


「言うの遅すぎ」


 だよね、と返す前に唇を塞がれて、きっとそれが彼女からの返事なんだろうと、前向きに受け取った。


 こうして、長い長い雨宿りの時間は、私達の関係に変化をひとつ与えた上で、心地のいい満月の夜空を残して終わった。





















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