第17話

 秋は、冬に向けてじっくりと時間を費やし消えていく。その消えゆく様を嫌う者も少なからずいる。

 けれども彼岸屋は、椛屋は、その風流を守るためにこんにちも八百万の神々をもてなす宿として灯籠とうろうを灯し続けている。


 ◆◇◆◇◆


 結局、あの後晴が電池切れを起こし、三人は椛屋に泊まることとなった。念願の椛屋の宿泊に心躍らせていた透だったが、はしゃぎすぎていないかと我に返った時、少しだけ恥ずかしく思ったのはここだけの話だ。


 翌日、回復した晴とともに鳴が起床してくる。すでにラウンジにいた透は、椛屋の主であるもみじ三言みことに絡まれていた。


「三言さん、透さんが怖がっているので虐めるのはやめてあげてください」

「あ、鳴さん! 助け、わあ⁉」


 鳴が声を掛けるなり三言は反省する気配を見せず、透の肩をぐいっと引き自身の腕の中に収めた。

 妙にいたずら顔の映える人物である。相変わらず面倒なひとだと鳴と晴は思った。


「やあやあ、若旦那! 昨日はすまないね、大したもてなしもできないで」

「三言さんもお忙しいご身分ですからお気になさらず。アポイントも無しに頼った僕たちも悪いですから」

「若ほどじゃないさ。晴くんも、元気になったようでよかったよ」


 なんせここに連れてこられた時は死にそうな顔をしていたからねと、三言が笑う。晴は彼女に思うところがあったが、何も言わず、泊めてもらったことに対しての礼を言うことにした。


「急に悪かったな。助かったよ」

「……がやけに大人しいな? まあいいさ。それよりもこの子だろう? 若が珍しく気に掛けたんだってね」

「彼岸家預かりになった、冬塚透さんです。ああ、そうだ。あまり虐めない方が身のためですよ。四季神・市杵島姫命から寵愛を賜った方ですから」

「マジでか! それは椛屋うちとしても箔が付くねえ。改めまして。椛屋主人、椛三言だ。大学生だって聞いてるけれど、今すぐここで働きたいってことなら、この若に言えばすぐにでも手続きをしてくれるよ」

「おい三言、お前がやってやれよ」

「ちちち。晴くん、勘違いしちゃいけないね。この子は預かりだよ。うちで働かせるのは構いやしないけど、手続き関係に関しては若が全ての責任を負わなきゃ」


 そういうで話をつけたんだろう? と三言が笑う。それに対して鳴も、ええ、と微笑んだ。


「透さん、どうしますか? 卒業まで勤めを先伸ばすか、今から大学を中退して椛屋に入るか……。ここからはあなたの意思をお聞きしたいです」


 お好きな方を選んでいいですよ、と急に選択肢を提示されても困るというもの。

 しかし彼女の心はすでに決まっていた。


「私は、大学をちゃんと卒業してからこちらに就職をしたいです」


 親の反対を押し切ってまで入学した大学。その生活は想像よりも多忙であり、諦め掛けたことも何度もあった。それでも諦めず通い続けることができたのは、共に学び舎で学んだ友人や恩師がいたからだ。


「これも何かの縁だと思うから。だから卒業するその日まで、今しかないこの時間を大事にしたいです」

「……分かりました。では、そのように致しましょう」


 諸々の手続きのため、必要な個人情報を書面に記し、それらを鳴に渡す。

 散々悩んでいた卒業後の進路がこうもあっさりと決まってしまい拍子抜けしてしまう。


 けれどもこれは自分の意志で決めたこと。神様との約束である。


「では僕たちはそろそろ東京へ戻ります。三言さん、くれぐれもよろしくお願いしますね」

「はいはい。見送りはいるかい?」

「必要ない。駅のホームでどんちゃんやられても困るんだよ」

「えー、椛屋伝統の見送りにいちゃもんつけるのかい⁉」


 苦笑いをするだけの鳴を見て、彼らの過去にいったい何が行われたのか気になった透だったが、気になりつつも触れないことが最良だと確信し彼女もまた苦笑いしたのだった。


「……ではまた。お元気で」

「はい。また」


 椛屋の玄関を抜ける。今日は雨。

 目の前に広がる一面の秋色に胸をときめかせて、彼らはその一歩を踏み出した。その時見た椛の雨は、彼らの出発を祝うかのように煌めいて、それは言葉では言い表せられないほどに美しかった。

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