着ぐるみのアルバイト

大紙小者

第1話 着ぐるみアルバイトへの応募

 スマホでアルバイトの求人サイトを覗いていると、面白そうなアルバイトの募集があった。


アルバイトの急募


皆さま

いつも大変お世話になっております。

この度、弊社の動物園ではアルバイト従業員を募集することとなりました。

詳細は以下の通りです。

■アルバイトの内容

(1)接客、販売

(2)着ぐるみのお手伝い

(3)その他、雑務

※勤務曜日、時間については、ご相談に応じます

※時給は日当5万円

ご応募は、当メールアドレスまでお気軽にお問合せ下さい。

面接時に「パンダ」に対する興味をお伺いいたします。

志望理由に「パンダ」に対する熱意をご記載の上、ご連絡をお願い致します。

追って面接日時などをご連絡いたします。皆様からのご連絡、心よりお待ちしております。」


 なんだか不思議なアルバイトの募集案内である。動物園のこんな求人なんて初めてみた。でも、時給は破格の日当5万円。これは応募してみるしかない、と考えた俺はメールで早速連絡してみた。そうすると、すぐに電話番号の連絡先が書かれたメールの返信があった。


 内心不安になりながらも指定された電話番号に電話をしてみることにした。

 「あの、動物園でのアルバイトの募集案内をみて電話しました」

 電話の向こうからは中年男性の落ち着いた声が聞こえてきた。

 「お電話頂きありがとうございます。昨日、動物園のパンダが急病になったので、代わりにパンダの着ぐるみを着て、動物園の檻の中に入ってくれるアルバイトを探しています。できれば、今からすぐ来てほしいです。なぜなら、パンダはうちの動物園で一番の人気者だから、、、。驚いたとは思うけど、もし良ければお願いします」

 俺はあまりにも急な展開に驚きつつも、破格の時給に目がくらんでいたので、素早く答えた。

 「ぜひ、お願いします。今からすぐにお伺いいたします」

 中年男性の丁寧な口調に安心しきってしまったのかもしれない。


 面接は形式的なもので、たったの五分で終わってしまった。そして、その日の夕方にはパンダの着ぐるみを着て檻の中に入っている俺がいた。初めてのアルバイトなので、最初は緊張したが、慣れてしまえば案外楽しい。適当に檻の外に向かって手を振ると、お客さん達は喜んでくれる。子供達はパンダの着ぐるみを着た俺の一挙手一投足を必死に目で追いかけてくれて、ときどき歓声を上げてくれる。

「檻の中で、一日中ゴロゴロしているだけで、お金が貰えるなんて、なんて素敵なアルバイトなんだ」

 と、俺は心の中で思っていた。いつの間にか緊張感も薄れて、このパンダの着ぐるみを着る奇妙なアルバイトに対して何の疑問も抱かなくなっていた。「きっと、レアなアルバイトだから時給も高いに違いない」と、自分の中で勝手に納得していた。

 一日を終えて、パンダの着ぐるみを脱ぐと充実感で満たされていた。

 「あぁ、労働の後のコーラは美味しい」

 と、一日着ぐるみを着てゴロゴロしていただけなのに、謎の達成感の余韻に浸っていた。帰り際に事務所に寄ると、手渡しで日当の五万円を渡してくれた。

 面接官だった中年男性は満面の笑みで口を開いた。

 「今日は本当にありがとう。急なお願いだったけど、助かったよ。もし良かったら、これからもお願いできないかな?あっ、あとこのアルバイトの件は誰にも言わないでね。動物園のパンダが着ぐるみだとばれると、コンプライアンス的にいろいろと面倒なんだよ」

 俺は、日当の五万円には口止め料も入っていると暗黙のうちに理解して、笑顔で返答した。

「もちろん、誰にも言いませんよ。ぜひ、これからもお願いします」

それから、俺の動物園でのパンダの着ぐるみを着るアルバイト生活が始まった。


アルバイトを始めて、すでに一カ月が経過していた。今は夏の真っただ中である。

「今日は暑いな」

 動物園に来たお客さん達が同じような会話をしているのを何十回も耳にした。同様に、パンダの着ぐるみの中にいる俺も暑い。真夏の照りつける太陽の下で、そろそろ限界だ。パンダの着ぐるみの中は既に限界点を突破して暑い。俺の身体は汗びっしょりだ。滝のように汗が流れていく。

「あぁー、もう無理」

 そう言いながら、俺はパンダの着ぐるみを脱いでしまった。まさかの周りには多くのお客さんがいる状況下で、潔くパンダの着ぐるみを脱いでしまった。暑さに耐えれなかったとは言え、浅はかな行動だったのかもしれない。「あとで、きっと怒られるな」と内心ではビクビクしていた。


 長い沈黙。

 「えっと、あの、、、その、、」

 俺は静まり返ったお客さん達に向かって何かを言おうと、口をもごもごさせてみた。

 「えっと、今日は暑いですね」

 俺はまさかの当たり障りのないことを言ってみた。こういう状況では頭がパニックになって、なかなか気の利いた言葉は浮かばない。

 

 そうすると、檻の外で俺を見ていたお客さん達が小刻みに揺れ出した。


 そして、人間の着ぐるみを脱ぎ始めて、中からパンダ達が姿を現した。気がつけば、俺は無数のパンダ達に囲まれていた。そして、パンダ達は俺に向かって一斉に手を振り出した。


(了)


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着ぐるみのアルバイト 大紙小者 @ookami3

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