幕間

幕間③

 わたしが生まれたのはスティリア王国の南方にある普通の村で、両親も普通の人たちだった。

 ただ普通じゃなかったのはわたしの髪の色。王家の人以外にはほとんど見られない真っ赤な髪を持って生まれたわたしに、両親はじめ村の人たちはとても驚き、そして喜んだ。村の幸運の印だと見なして。

 だからだろう、物心ついてからのわたしには優しくされた記憶おもいでしかない。村中の人に愛されて、大事にされて、それがあたりまえのものだと信じ続けて、わたしはすくすく育っていった。その記憶自体はもう断片的なものしか残っていないけれど、毎日が嬉しいことの連続だったことだけは覚えている。

 このままずっとその幸せが続くことを、わたしはまったく疑ってはいなかった。それは両親も、村の人たちもきっと同じだったと思う。世界中のみんながわたしのことを愛してくれて、だからわたしもみんなのことが大好きで、大きくなったらわたしがみんなのことを幸せにするんだって思っていた。

 無邪気に、盲目的に、それこそ馬鹿のひとつ覚えみたいに。ただそれだけを信じていた。そうなるに違いないと。

 ――ほんとうに、愚かにも。

 それはわたしが六つになった年の秋のこと。

 いつもに比べて畑の収穫や森に出てくる動物たちの姿が少なかったことを不思議がりつつ、大人たちは冬に向けての準備をはじめていた。わたしも手伝いを頑張って両親に誉められながら、ただいつものように時間が過ぎていくことを疑ってもいなかった。

 その兆候が始まったのはいつで、はじめに気づいたのは誰だったか。

 きっと両親も、村の人も、わたしも含めて誰ひとりなにも気づくことはできなかった。それは誰も気づかないうちにそっと始まっていて、冬の間に土の中で育つ麦の根のように静かに成長したかと思うと、ある日突然芽を出したのだ。

 咳をする人がやけに多いな、と思ったことをぼんやり覚えている。気づけば、体調を崩す人が増えていた。床に伏せる人も多くなり、ついに死人も出た頃になってようやく、疫病が村に広まったことにみんな気がついたのだ。

 医者を呼んだり薬を試してみたり、いろんな方法を試してみたけれど効果はないまま。今まで見たこともない奇病になすすべもなく、倒れる人も亡くなる人もどんどん増えていった。

 病気になるのは大人だけじゃなく、子供もだった。隣の家のロイも粉屋のリタもわたしの友達も次々病にかかり、みんなすぐに死んでしまう。

 そんな中、わたしだけが無事だった。

 それはわたしが人並み外れて丈夫で、疫病なんてへっちゃらだったから。なんて、そんなわけがない。

 わたしが病気にかからなかったのは、疫病に感染しないように両親や周りの人がわたしを病人から遠ざけてくれたから。ただそれだけのこと、でしかなかった。

 それは村中が死に包まれてからも変わらない。

 あまりに病が広がりすぎてそのままだと危ないからと、わたしは両親に納屋の中に閉じ込められることになった。扉にはしっかり鍵を掛けて、食事は毎回両親が持ってきてくれたものを格子ごしに両親が離れてから受け取り、食べ終えた食器はそのまま格子の向こうに置いて次の食事の時に交換で両親に返す。その繰り返し以外はなにもやることもなく誰とも会話もできないまま、ただ時間だけが過ぎていき――

 ふとした拍子に、自分がもう何日もなにも食べてないことに気がついた。両親の姿もしばらく見ていないことも。正確に何日経ったのか、見当もつけられないからそれがいつだったのかもわからないけれど。きっと、両親ももう死んでしまったのだろう。みんなみんな死んでしまったのだ。わたしひとりだけを残して。

 おかしいな、わたしは村の幸運の印だったはずなのに。どうして村の人たちを助けることもできずに、両親が死んだことも気づけないままなのに、みんなに守られ続ける資格なんてなかったのに、どうしてまだ生きているんだろう?

 そんな絶望に心が満たされても、涙も出てこない。心が先に死んでしまったのか、それとも身体に水が足りないだけなのか。わからないけれど、もうそんなことどうでもよかった。

 今はただ、わたしもみんなと同じところに行きたいだけ。

 そう思いながら、わたしは藁の上に横たわり目を閉じた。もう二度と、目が覚めませんように。そうねがいながら――


 結局、わたしは死ぬこともできなかった。そのすぐ後に、異常に気づいた王国の役人が派遣した兵士たちに救助されてしまったから。

 ああ、みんななんて役立たずなんだろう。もう少し早く異常に、疫病の存在に誰かが気づいてくれたら、もしかして両親が――そうでなくても誰か他にひとりくらい生き残ってくれたかもしれなかったのに、と。そんなことも思ってしまう。

 でも、結局のところは、一番の役立たずはこのわたし以外にいなかった――

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