四者会談①
「――それで、ひとまず関係者? が全員集まったということで現状を整理したいところなんだけど……まず、誰から話そっか?」
客室内に集まっている一同を見回して、そう口火を切ったのは他ならぬ【
あの後――勝手に抜け出したわたしを追ってきたエストと一緒に、危ないところを救ってくれた男――ユディスも加えた形で、ひとまずわたしたちの泊まっている宿屋に
宿屋に着いたところで濡れ鼠になっていたわたしたち三人は、風呂で身体を温めてから順次部屋に集まることになり、こうして関係者(?)全員が一同に会することになったわけだけど。初対面の人物が新たに加わっているために、事情が入り組んでるのかすらよくわからないほど混迷していることもあり、どう話を始めるべきかを全員が牽制し合っているうちにしばらく無言の時間が過ぎることになっていた。
そんな中、きっかけを作ってくれた
「あの、まずは勝手を謝らせて――」
「そうですね。まずは一番部外者に近い私から話すのが、わかりやすいのではないでしょうか」
それを遮るように話し始めたのは、入り口のドアの脇に立っているユディスだった。反射的に顔を向けたわたしに、彼は『ここは私に任せて下さい』と言いたげな顔で微笑んでくる。わたしがそれにつられて頷いてしまうと、彼も満足そうに頷いた。
そんなユディスだけど、一度風呂に入って身体を乾かしたこともあって上衣を脱いでいるため、さっきは見えなかった顔も身体も今ははっきりと見える。
二十代前半辺りだろうか。灰色の髪に灰色の瞳と地味な印象を受けるものの、顔立ちそのものは野性的で――エストとはまた違った意味の――色男と言えなくもない(かもしれない)。
背の高さはエストとほぼ変わらないけれど、ユディスの方がより鍛えているのだろう、エストから借りた肌着がぴちぴちに張り詰めていて今にもはち切れそうなくらいだ。下半身の方はさすがに下着姿はまずいと思ったのか、すらっと伸びた長い足が生乾きのズボンに締めつけられている。そんな状態でも剣を離さないのは騎士としての矜持か、それとも同室の二人をまだ警戒しているのだろうか。
そうして、ユディスはまずわたしの時と同じように名乗ると、
「この町に訪れたのはたまたまでしたが、それが幸運を運んでくれたようです。広場で王女殿下の姿を見かけたという噂を耳にして、仲間たちと総力で町中を駆け回ったところ、折良く――と言っていいかは微妙ですが――王女が取り囲まれているところに行きあいまして。それでこの剣で悪党どもを斬り捨てたところに、そちらの彼が姿を見せたという次第でした」
もっとも、王女殿下の取りなしがなければ彼とも斬り合っていたところでしたが――
冗談めかした調子でそう付け加える。彼は笑顔を見せているけれど、必死の思いで止めたわたしからすれば冗談なんかではなかったので、にこやかに語られると非常に複雑な気分ではあった。
「成程、経緯はそれである程度理解できましたが……先程からこちらの娘を王女殿下と呼んでいるようですが、彼女が本当にそうであるという証拠でもあるのですか?」
そこに質問を挟んだのが、ベッドに入ったまま上半身を起こしている状態のシアだ。
結局魔法屋には行けずじまいでどうなるかと危惧していたところ、帰ってみればまだ本調子でこそないとはいえ意識も戻って一安心――と言いたいのは山々なのだけど。勝手に拝借した黒ローブが雨やその他諸々のせいで泥だらけになった(風呂に入ったついでに洗濯済み、今は部屋の片隅に干してある)こともあり、そのエルフとすぐわかってしまう美しすぎる素顔をユディスにも晒す羽目になっているのが、正直恐ろしすぎる。
(……今は四人で話し合っている最中だから大丈夫だろうけど、終わった後がマズいよね。ああ、自業自得だけど勝手に出て行っちゃったことも含めて、きっと思いきり怒られるんだろうなぁ……)
と、後に待ち受ける地獄を思ってひとり頭を抱えているわたしを他所に、魔女と亡国の騎士の問答は続けられていた。
「まず、髪の色と瞳の色が王女と同じ、珍しい赤色であること。また、顔立ちも王女や王妃の肖像画とそっくりだということですね。これは悪党どもも同じように考えていたので、私だけのものではありませんから、一定の信憑性はあるものと思って頂ければ、と」
説明の途中でちらりちらりと、ユディスの視点が何度もシアの顔に向けられているのは、彼女が美しすぎるから見惚れてしまっている――だけではないものと思われる。が、とりあえずは現状の整理を優先しているのか、それ以上の言及は彼もしてこない。もちろん、今のところはだけど。
「ただ、より確実な証拠――誰の目にも明らかなものとなると、残念ながら私からは出せそうもありません。ただし、」と、ここで彼の灰色の視線がこちらを捉えた。「他ならぬ王女様ご自身でしたら、証の品のひとつは持っておられるのではないか、と。アデリア殿下、いかがですか?」
「え? あ、あ~~、と……ごほん、ごほんっ」
なんて、確実に待ち受ける未来の悲劇からちょっと現実逃避をしていたら、急に自分にお鉢が回ってきたことに狼狽えて、間抜けな反応をしてしまう。
そのことを反省しつつ咳払いで気を取り直し、わたしはさて――と、エストとシアの二人に視線を向けた。
もちろん、ここで否定するのは簡単だ。正真正銘真っ赤な偽物なのだから、嘘をついているわけでもないのだし。ただ、魔法が解けて――シアと同じように――素顔を晒してしまった以上、これ以上のごまかしをすることに心苦しさを覚えない。なんて、平然と言えるほどわたしは厚顔無恥でもなければ、度胸があるわけでもない。
それなら、ここは腹をくくって認めるべきだろう。少なくとも、わたしが人前で王女アデリアとして振る舞っていたことは事実なのだから。
「……わかりました。どうやらこれ以上隠し通すことは難しいようですね」
だから、できるだけ王族っぽく見えるよう――影姫時代の所作を必死に思い出しながら――それらしく振る舞うと、わたしはいつもの定位置に置かれた荷袋の中からペンダントを取り出してくる。
「スティリア王女に代々伝わるペンダントです。王国の象徴である鷲の紋章を刻んでいますから、これでわたしがアデリア=ヴィルフォルドだと証明できるのではないでしょうか」
悩んだ末に、まずは証を見せろと言い出したシアに手渡しながらそう告げる。お姫様らしくできてるかな、なんて不安を滲ませないように気をつけながら。
すると、シアはペンダントに刻まれた鷲の紋章を指先でなぞるように触れてから、
「ふぅん……どうやら、偽物ではないようですね。だとすれば、この娘が王女だというのも嘘ではないのでしょうが」
つまらなさそうに呟きながら透き通った翠色の瞳をこちらに向けてきた。それから、意味ありげに唇を吊り上げると、
「ユディス、でしたか。この娘がアデリア王女だとして、貴男は彼女になにを求めて近づいてきたのです?」
今度は王国の元近衛団長の息子を名乗った男に向けて、そう尋ねかける。
「それは勿論――我らの愛する王国を好き勝手に蹂躙した帝国に反旗を
立て板に水、と言った勢いで淀みなく進んできたユディスの口上がそこで一瞬止まり、その灰色の視線が再びこちらに向けられる。おお、
「それが我らの勝手な願いであることは、重々承知しているつもりですので。悪党どもに答えたように、殿下が本心からそれを望まれないようでしたらこちらも無理を申すつもりはございませんので、その点はどうかアデリア様のお心のままにお選びいただければ、と思っている次第です」
「――、……」
騎士の礼節として頭を下げてくるユディスに、アデリアを騙るわたしになにを返すこともできない。むげに拒絶するのは心苦しいけれど、ここで受け入れてしまうのもただの無責任でしかないのだから。だから、役立たずで偽物のわたしは沈黙を選ぶだけだった。――すでにアデリアの名を借りているのに、おかしなことだけど。
「ただ、今回の一件でアデリア様の正体が白日の下に晒されることになりました。事実、私が成敗した連中にもまだ仲間がいることは既にわかっています。付け加えるなら、その仲間がアデリア様をこの後も狙ってくる可能性が充分あることも。或いは、先に【
三大魔女の一人の名前を出したところで、騎士様? の視線がわたしからもう一度シアの方に移る。
「ところで、アデリア様と一緒にいたという黒ローブは、あなたですよね? その尖った耳から、今では数名しかいないと言われているエルフの生き残りだということは明らかですし。あなたが、【
「……誰かのおかげで顔は隠せませんでしたから、仕方ありませんね。ええ、確かに私は【
「――っ!? ……いえ、そうですね、まさかそこまで真っ向から肯定されるとは思ってもみなかったので、正直驚きすぎて頭が真っ白ですが。ええと、あなたが【
シアがあまりにも素直に正体を認めたことが衝撃的だったのか(少なくとも、わたしはそうだ)、少し慌てふためいた様子を見せたユディスだったけれど、すぐに気を取り直して新たな――そしてさらに突っ込んだ問いを投げかけてくる。
その確信を突いてきた問いかけに、
「ああ、そういえば自己紹介はしていなかったね、失礼。僕はエスト=クライス。何者かって言えば……そうだね、【
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