第34話・流儀




厄介な事態になった⋯⋯。

そう、俺は心の中で思った。ガバンの口ぶりから推察するに、恐らくこの事態は想定していた様子だな。ポっと出のアイディアにしては、すんなりし過ぎている。


⋯まぁガバンの性格が元々こんな感じなのかもしれないが。



(しっかし、どうするかな⋯⋯)



急遽決定した、冒険者とのタイマン勝負。

実力調べ、手合わせ等とガバンは言っているが、間違いなくそんな軽い雰囲気ではない。


なにやら『ぜくす(?)達を集めて、彼の実力の信用性を確かめてもらおう』と、ヴィルジールと会話している。ぜくすとやらが何かは知らないが、ギャラリー付きの勝負と認識しておこう。


あー、本当に厄介な事態になった。

そもそもの話、女の人を殴るなんて普通にイヤだ。かと言って、加減して勝てる相手でもなし。というか加減なんてしてたらやられる相手だ、あのシルビアという人間は。



「銀槍竜⋯⋯シルビアでもいいと思うが、どうせなら俺とやらないか?」


「丁重に断っておく。あんた強そうだし」



なんなんだ、この俺と戦いたいマンは。

バルドールもそうだったが、目をキラキラにして殴り合いを所望してくるの怖すぎる。どうせヴィルジールも同じ感じだろうな。“一目惚れ”的な、具体的な理由が無い。


やだやだ、ナルシストになった気分だぜ。



「ヴィルジールさん」


「ヴィルジールでいい」


「⋯ヴィルジール、アンタなんで俺と戦いたいんだ?」


「⋯⋯?そりゃ、銀槍竜お前、戦いたいからに決まっているだろ」



⋯はァ、やっぱり。

一応聞いてみたが、ここまで来ると呪いかなんかと思えてくるな。特に理由無くても、俺と戦いたくなる呪いだ。ほー、怖。ひえー、怖。



「銀槍竜、準備出来たらしいわよ。来なさい」


「⋯お手柔らかに頼むよ」


「それは貴方次第。殴り倒したくなる様な態度で向かってこない事ね」



なんか、手厳しくね?俺が魔物だからかな。

それにしてもずっと不機嫌な表情だし、どうも仲良くなれる気がしない。⋯⋯いやまぁ無理に仲良くなりたいとは思わないが、彼女美人だし。どうせなら、良い印象持たれたいよな。


⋯⋯それにしても、準備の内容が気になる所だ。

もう小一時間程ここで待機していたが、そこまで時間がかかる作業なんてしていたのだろうか。ギルドマスターなんて立場なんだから、試合場所の確保は容易いだろう。


⋯と、言う事は、ギャラリーの集合に時間を要した感じか。

ぜくす⋯⋯一体なんだんだ。冒険者である事は確定として、何らかの役割、もしくは立場と推測しておこうか。



「貴方、この私を相手にするっていうのに、随分と悠長に構えているのね」


「まさか。十分、ビビっているさ」


「そう⋯⋯」



⋯まぁお世辞だけどな。

確かに、油断していれば倒される。それは彼女の雰囲気、強いて表現するなら『闘気』を感じれば分かる事だ。


だが、ここ最近の俺の成長率は尋常ではない。

テュラングルから力を分け与えられ、自己研鑽に多くの時間を費やした1ヶ月。新たな技術も、向上した能力も、豊富な経験も得た。


油断していれば倒される、つまり油断さえしていなければ問題ないと、俺はシルビアを評価している。恐らくだが、彼女の実力はゴルザより少し上程度だろう。うむ、確かに強い。


だがどれだけ高く評価しても、そのレベルが限界だ。

魔力感知でも、大した魔力は感じられない。これじゃあ、俺の10分の1以下だ。⋯⋯負ける気は、しないな。


ただの手合わせだろうが、相手が女性だろうが、人間と魔物だろうが、勝負は勝負だ。なら勝つ、絶対に。



「⋯さて。また街中を移動する訳だが、銀槍竜よ、何度も悪いのだが外套を身に付けてくれ」



はいはい、着ますよ着ますよ⋯っと。

毎回コレは少し面倒な作業だな。バルドールから話を聞いた時点で、街の住民を納得させる様な案は浮かばなかったのか?⋯まぁ多忙な身であるのは分かるんだが⋯⋯



「ハァ⋯⋯ここは、妥協だなぁ」


「⋯?何か言ったかね」


「なんでも」



裏道を駆使しながら、街外れに向かうガバン達の後を追う俺は、考えていた。


“どうすれば、さっさと試合を終えられるか”


“どうすれば、シルビアを傷付けない様に勝てるか”


頭を捻る俺に構うこと無く歩くガバンとシルビア、ヴィルジール。⋯と、彼に担がれるサンクイラちゃん。未だに状況を飲み込めずに混乱しているが、そんな状態だのに引っ張りだしてもいいんだろうか。


まぁ冒険者だし、いいのか。

とはならないが、気にしてもしょうがなさそうなのでスルーしよう。


兎に角、最優先は勝利する事。

そして、早めに試合を切り上げて柔らかい布団の上で休む。とっとと金を作って美味い飯を食い、ベルトンの観光を楽しむ!


ッしゃあ⋯⋯やるぜ、俺。

いつまでも虎徹を街の外で待たせるのも悪い、速攻でやらせてもらおうか。何気に対人戦経験は3度目だが⋯⋯余裕だ、余裕。冒険者なんて魔物は魔物としか思っていないし、人間っぽい動きを交えれば、動揺してスキができる。


俺はそこにつけ込ませてもらうぜ。

⋯仮に対応がされた場合は、残念だ。かなり残念だ。⋯まぁお手並み拝見って事で臨むとしよう──⋯




NOW LOADING⋯




と、意気込んでやってきたのはベルトンの街外れ。

特別訓練場と呼ばれているらしく、冒険者でも使用可能な者は限られているという。広いには広いが、訓練場とは名ばかりの広場にしか見えないな。


まぁ身体を動かすのが目的なら、この上ない場所だが。

障害物ナシ、見通しヨシ、地面も単には砕けない様に魔法が施されている。踏み込みの加減をしなくていいのはありがたいな。


なにせ、今まで本気で踏み込んだ事はなかったからなぁ。

本気で踏み込んだら、地面に脚が沈んでしまったりして全力を出せないという問題があったし。高速接近、投槍、防御⋯⋯全てにおいて、踏み込みの重要度は高い。


⋯⋯本気を出せるって、意外とワクワクするもんだな。

どこぞの地球育ちの戦闘民族にでもなった気分だ。



「⋯⋯オイコラ、ガバン。なんの冗談だ?」


「魔物1匹が“増援”⋯?我々を馬鹿にするのもいい加減にしろよ⋯!」



⋯おーおー、予想通りとはいえ、ガバンに突っかかってるな。

筋肉隆々銀髪男と、青眼鏡のハゲ。⋯⋯いや、ハゲではないか。物凄く短髪って感じで、イイと思う。


もう1人は⋯⋯こえー奴だな。

ガバンと銀髪男の身長差があり過ぎて、ガバンの首の曲がり方が凄い。⋯よく真っ向から顔合わせられるな、俺なら怖くて目合わせられない自信がある。



「ガバンさん⋯⋯僕としても許容しがたい事態ですよ、コレは⋯」


「ちょっとアタシ達をナメ過ぎよ、ギルドマスター。その座から引きずり降ろされたいワケ?」



ひえー、あの女子こわ!脅しがこわ!

多分、ニュアンスとしては『ギルドマスターをやめさせるわよ』で合ってると思うんだが、あの睨み方は物理的な方法でやめさせようとする感じだ、ありゃ。


ギルマスって大変なんだな。

後で温めた缶コーヒーをあげよう。なんか可哀想に見えてきた。⋯身長差のせいか?



「まあまあ、お前ら。まずはアイツの実力を確認してから文句を言おうぜ?」



不満が膨らむ冒険者達を、ヴィルジールは笑いながら宥めた。

彼の発言が意外だったのか、大半の冒険者達は驚いた顔をしながら、すぐに静かになった。


少し威圧気味の発言の仕方というのもあったが、銀髪も黙ったのは俺も驚いた。この訓練場に入ってきた時から気付いていたが、ここにいる冒険者の実力はほぼ横並び。


⋯だが、ヴィルジールだけは少し違う。

俺もよくは分からない。魔力量は同等に感じるし、背負っている武器の品質も近しい。⋯⋯ただ、ヴィルジールからは別の雰囲気を感じるんだ。


初めて目が合った時から、ずっと見られているこの感覚。

此方に向いていなくとも、斬りかる寸前の様な不気味なオーラを常に放っている⋯⋯そんな感じだ。


ハハ⋯⋯分かるぜ、その気持ち。

強いヤツを目の当たりにすると、攻撃したくなるんだろ?俺がそうだがら、よく分かる。ヴィルジール、アンタはに近い人間だ。


だからこそ、他の人間も下手に触れ合おうとはしない。

恐らく、全員が無意識だろうがな。1本の剣があったとして、触れるのはグリップの部分だけだろう。わざと刃に触れる奴がいるか?答えはNO。


あの男は剣だ。

常に、振り上げられたソレの様に接してくる。他の冒険者達も気付いているだろう、普段は魔物にしか放たないであろうソレを、人間に放った時の彼のヤバさを。



(⋯⋯⋯⋯ハッ)


「それでは、両者位置に!」



⋯おっと、いい加減集中モードに入るか。

深呼吸、深呼吸。



「攻撃は寸止め。先に3点を先取した方の勝利とする。⋯⋯これは君の実力調査が目的だ。全力を尽くす様にな」


「⋯了解」


「乗り気じゃないようね?怖かったら、棄権もアリよ」



ほほう、言うなぁ。

俺はアンタに殴り掛かるのが嫌で乗り気じゃない訳だが、ポジティブな人だ。


それに⋯⋯ガバンは全力を尽くせと言っているが、それは出来ないな。力の制御が完璧では無い現状として、対人で全力を出すのは避けたい。勢い余る可能性も捨てきれないし、冗談抜きで人殺しはイヤだ。


⋯まぁ本気は出すがな、勝利する為に必要な本気を。



「では、構えて!」


「オッス⋯⋯」


「ふん⋯⋯」



ふーむ、シルビアは太刀使いか。

上質な素材で作られるな。魔物の俺から見れば、ゾッとする様な禍々しさだが。⋯ちゃんと寸止めしてくれるよな?斬れ味とかシャレにならなそうなんだが。


重心は低く、相手を真っ直ぐ見つめ、構えは居合。

⋯⋯え、殺る気マンマンじゃん。コレが冒険者の気迫ってやつなの



「初め!」「──ッ!!」


「ひッ!?」



遠くに離れたガバンが開始の合図をするのとほぼ同時に、俺の顔面に太刀の鋒が迫った。姿勢を低くする事で躱す事には成功したが、今のは反射だ。目視では、全くといっていい程追えなかったのが事実⋯⋯こいつはヤバいな。


思考の途中だったとはいえ、一定以上の警戒はしていた。

なんなら、シルビアの動きは完全に俺の予想通りだった。先程までのやり取りからして、初撃は必ず速攻してくるってな。


あれだけ高圧的な態度取っていたんだ。

最初の一撃で実力差を思い知らせたい、的な思考に至っているんだろうと予想は立てていたが⋯⋯



「今のを躱せるのね。やるじゃない」


「⋯どーも」



予想を超えてくるのはズルいぜ。

シルビアの口振からして今のが全開というのは無さそうだ。しかも、回避後に即座に振り向いた俺が見たのは、僅かに口角を上げている彼女だった。


余裕そうなその表情からは、見下す様な冷たさを感じる。

⋯と、言いたいところたが、それだけでは無さそうだな。



「⋯こういう手合わせでは、一太刀目で決めに行くのがアタシのやり方なの。長々と打ち合う手間が省けるし、なにより小手調べに丁度いい」


「それで?俺はどの程度だったんだ?」


「⋯ま、中の上ってとこねッ!」



言い終わりと同時に、シルビアが踏み込む。

攻撃のパターンを見極め、俺は迎撃を選択した。恐らくだが、もう一度同じ攻撃をしてくると見ている。未だ様子見の段階だろうし、今のうちに点を稼いでおきたいな。



「──フッ!」



短い呼吸と共に、溜めたエネルギーを解放。

一気に加速したシルビアが迫るが、先程よりも遅い。⋯いや、俺か集中力を上げた、というのが要因だろうな。


初撃に反応できなかったのは、あれが居合技だったからだ。

人間が編み出した、殺す為の技術。そして超人的な肉体を持つ冒険者が放った一撃だからこそ、反応が遅れた。



(切り上げの予備動作、速度問題無し、迎撃は可能⋯!)



やれやれ、高みの見物を気取っていた俺が恥ずかしくなるぜ。

⋯だが、正直悪い気分では無い。こういう相手との戦闘はいい経験になるし、なにより楽しい。



「⋯フフ」


「!!」



無意識に零れた笑みを、シルビアは見逃さなかった。

この状況でにおいて笑顔を見せるとは、随分余裕があるなと思う彼女だったが、攻撃の中断という選択は浮かんでこなかった。


幾度となく魔物に立ち向かい斬り伏せてきた彼女には、自身の技に相応の自信があった。たった今見えた相手の笑みも、所詮強がりなのだろうと。


─必ず決まる─


そう信じて疑わないのも、周りからすれば納得の技術量。

魔物相手なら、同じ様な攻撃を2度も仕掛けても当たるだろう。魔物の知能はごく一部を除いて、現世界の動物より高い程度だ。


何度もやられれば魔物でも学習するだろうが、たった1回しか見せていない攻撃を、わざわざ記憶している魔物などいない。


だか、今この瞬間相手にしているのは何か?銀槍竜と名付けられたその魔物の正体は、人間である。



「うッ⋯!?」


「まずは、俺の先制点だな」



先程より速く、攻撃を出した筈だった。

先程の攻撃にギリギリ反応していた様な魔物だった筈だ。しかし、自身の顔に当たった風圧と、視界を占領する相手の拳が結果を物語っていた。



「⋯なにをしたの?」


「アンタが斬りかかってくるのを躱して、反撃した」



至極単純な説明だが、それが全てであった。

銀槍竜は、太刀を振り上げたシルビアが自身の先制点を確信するまで待った。彼は知っていたのだ、確信を得た者の特徴を。そして集中から油断に切り替わる刹那を突き、反撃したのだった。


油断したタイミングではなく、油断に切り替わるタイミングを狙ったのは彼なりの気遣いでもあった。仲間達が見学している最中に『油断して点を取られた』となれば、その後の彼女の扱いは目に見えている。


陰湿そうな者が1名、暴言を大声を吐いていそうな者が1名。

彼らの雰囲気を、ただの仲間達という温い関係性ではないと既に勘づいていた銀槍竜は、誰もが仕方無かったと納得する形で先制点を奪ったのだ。



「銀槍竜1点!⋯⋯どうかね、君達。彼の実力は」


「けッ!トロい攻撃を躱して実力もなにもねェよ」


「全くだ。あの程度では判断も何も無い」



シルビア達のやりとりを見ていたガバンは、感心しながらゼクス達に感想を聞いた。が、やはりソールとハクアは不服の様だ。しかし銀槍竜の狙い通りに、反撃された事に関しては何も言わなかった。


シルビアは精神的にも強い女である。

仮に油断したタイミングで反撃されたとして、ハクアとソールは常に愚痴を言ってくる様になるだろうが、それを気にする様な事は無い。あの場で油断したという自身の不甲斐無さに反省を見出すのが彼女だ。



「クッ⋯⋯」



その彼女が今、大きく揺らいでいた。

気付いていたのだ、眼前の魔物から与えられた『慈悲』とも呼べる行為に。鍛錬を重ね、実戦を繰り返し、何度も勝利してきたシルビアにとって、幼体の魔物に優しさを投げ掛けられる事が、どれ程のダメージなるだろうか。



「フゥ──⋯⋯仕切り直しよ」


(⋯⋯やらかしたか、俺)



シルビアが気付いた事に、気付いた。

あくまで善意で行った行動だったが、寧ろ彼女を逆撫でる結果となった事に内心舌打ちをしつつ、俺は構えた。


一瞬怒りを発したシルビアだったが、切り替えが早い。

即座にそれを収められたのは、単純に経験の豊富さが要因だろうな。感情に左右されて戦うなんて、冒険者ではない。


常に冷静、常に計画的なのが彼らのやり方だ。

シルビアも勿論同様。⋯⋯あー、やっぱりワクワクするぜ。



「すまなかった」


「⋯何の⋯⋯いいえ。気にしてないわ」



何の事、と彼女が言いかけたのは、若干の強がりだった。

訂正したのは、お互いが心置き無く戦いたいという銀槍竜の意思を汲んだもの。真剣になった相手の目を見て、シルビアはようやく雑念を捨てる事にした。


─今は、勝つ─


その言葉を原動力として、両者は構えた。

力量は十分に窺えた。ここから先は戦い、片方が勝ち、片方が負ける。その事実だけでいい。



((勝つッ!!))

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