第26話・決着




「ふんぬッ!」



あーくそ!今のも避けられるか!

あの巨体にも関わらず、よくあんな機敏に動けるもんだぜ全く。今んトコ、俺もテュラングルも同点くらいの攻防を繰り広げているが、疲労し始めている俺に対して、テュラングルは未だ汗一滴も流していない。


それもその筈、体格差がそのままタフネスの差になっている訳で、俺も転生してから数ヶ月間トレーニングらしい事は続けていたが、身体は幼体のままで⋯



「どうしたッ!その程度ではなかろうッ!」



イケイケのテュラングルに押されつつあった。

全く、やれやれだぜ⋯。なんて思いつつも、ぶっちゃけ楽しんでいるのは秘密だ。



「ふッ!」



短く息を吸うと同時に、全力で肉薄。

右拳でテュラングルの胸元を打つが、ギリギリでバックステップをされ躱された。俺は追撃に走ろうとしたが、すんでのところで断念、一時距離を取った。


その直後、俺がいた場所にヤツの尻尾が叩き付けられた。

俺の攻撃を後ろに飛び退いて躱すと同時に、浮いた身体を空中で前転する様に丸め、尻尾に遠心力を乗せて一撃か⋯成程。



「やりおるな。今のは本気で当てる気で放ったぞ」


「そりゃどう⋯もッ!」



空いた距離を再び詰めるべく、俺は加速した。

しかし、2度も簡単に接近を許す程、テュラングルは甘い相手では無い。迎撃の為、火球を2連続で放ってきた。


先ずは右に躱し、スルー。

2撃目を盾を形成して受け流す事で、速度をできる限り保つ事に成功した。だがそれを見越していた様に、受け流した火球の真後ろから新たな火球が迫ってきていた。


完全な死角からの攻撃⋯

まぁ第三者視点からなら、コレは当たる⋯なんて思うだろうが、先を見越していたのはテュラングルだけじゃあ無いってね。


俺は即座に飛び上がり、3撃目を回避。

テュラングルが俺の姿を確認するより早く、盾を投げ付けた。勿論、当てる気は無い。これは囮だ。


奴が盾に視野を奪われている隙に、俺は空を蹴って下降した。

飛来する盾に気が付いたテュラングルが、超高温の炎で盾を撃墜するのを確認。⋯この時のテュラングルの思考として、盾の背後に俺が隠れていると、恐らくだが考えている。


その証拠に、必要以上の高温で攻撃をしている。

この隙はデカい。



「──ッ!」



ガラ空きになっている首に狙いを定め、魔法で金属の球体を生成。念の為、勢い余って貫いたりしない様に加減して、投げた。しかし、俺はそれがだったと即座に察知して横に飛び退いた。



「ほう⋯このテュラングル相手に加減⋯貴様、余程力をつけたらしいな?」



俺の攻撃を首を傾けるだけの動作で難なく避けてから、若干の不満を顕にしながら火球を生成しだした。



(⋯やらかした。今のを仮に本気で投げていたとしたら、可能性があったかもしれないが⋯)



ええい、終わった事は仕方がない。

今度は失敗せぬ様に、次に活かせばいいだけだ。


俺は気持ちを切り替え、次の手に打って出た。

高速で横っ飛びしながら、テュラングルの周囲を移動。たまに停止と反復横跳びを挟みながら高速移動する事で、相手に動きを読ませにくくする技だ。


まぁ名前なんて無いが、恐らくテュラングルにも通用している。問題はどのタイミングで打ちにいくかだが、これが難しい。接近しなければ攻撃できないが、接近すれば攻撃される⋯『先に一撃当てれば勝ち』というルールである以上、それは避けたい。


裏を返せば『先に一撃喰らえば負け』となるからだ。

チャンスは一瞬。1度フェイントを掛け、アイツの意識がそちらに向いた瞬間に決める⋯!!



「⋯面白い、受けてやろう。」


「⋯!!」



テュラングルが強く踏み込むのを見て、俺の口元は緩んだ。

その圧倒的な自信のありように、俺の頬を冷や汗がつたったが、向こうがそうくるなら男として俺も応じぬ訳にはいかない。作戦の変更はナシ、このまま決めに行く!



「ウオォオァアアッ!!」


「ぬッ!!そこかッ!」



──かかった!

ここだ、決めろ俺。


俺の残像に奴が気を取られている隙に、決めろッ!



「────ッッ!!」



拳の間合いまで後1mと少しのころで、残像だと見破ったテュラングルが振り向き始めた。しかし、このまま行けば確実に拳が当たる!


テュラングルが腕を振り上げ、俺の拳を迎え撃とうとした時。

ついに決着が着くと、双方が確信した時にそれは聞こえてきた。


遠くから、はっきりと。



──アカシ殿ッ!



「「⋯⋯ッ!?」」



声の方向に振り向くと同時に、俺の視界は暗転した。

テュラングルの攻撃が先に命中した様で、意識が逸れたと同時に被弾し、俺は頭から地面にめり込んでいた。


軽い脳震盪を起こし、埋まったまま動けなくなっていると、尻尾を掴まれた感覚がした。地面から引き抜かれ、頭をブンブンと振って視界を取り戻すと、目の前には不機嫌そうなテュラングルの顔がこちらを睨んでいる。



「⋯何故、攻撃を止めた。」


「⋯⋯アンタもさっきのが聞こえただろ。」



攻撃を止めたつもりは無かったが、テュラングル程の動体視力なら、俺の拳が一瞬だけ硬直したのを『攻撃を止めた』と判断したのだろう。


俺が聞こえたのなら、お前にも聞こえた筈だろうと、テュラングルの怒りの籠った瞳と臆せず目を合わせた。



「⋯⋯アカシドノ、そう聞こえたな。」


「あぁ、俺の事だ。」



俺はここにくる以前の状況の説明をした。

ギフェルタで長をやっている事、そこが今人間に襲撃を受けている事、そして危機に陥ったら俺を呼べと指示してある事。


最初は疑いの目を向けながら俺の話を聞いていたテュラングルだったが、話を詳しく聞かせるにつれて真実だと捉えてくれた様だ。そして俺の話を聞き終えた時、テュラングルは俺の予想を大きく裏切るリアクションをした。



「なに⋯?貴様、何故それを早く言わんのだ。」



それがどうした、我にはどうでもよい事だ。

そう一蹴されると思っていたが、意外にも俺の話の内容を理解していた。



「⋯⋯早く戻れ、我はここで待っていてやる。」



溜息をついてそっぽを向いたテュラングルの姿は、今の俺には神々しくさえ感じれた。己がやりたい様に行動し、気に食わなければ潰す⋯⋯そんな我儘の権化と思っていたもので、今の言動は俺にとって慈悲を与えられた様にありがたかった。



「ありがとう。」



俺は一礼してから、急いでギフェルタに向けて走り出した。

テュラングルは『フン』と、あくまで不機嫌を装っていたが、その表情に怒りは無く、若干の優しさが見て取れる。


人は見かけによらないとはよく言ったもんだ。



「⋯さて、」



冗談はここまでにして、速度を上げよう。

声の主はムサシだったという事は、やはりあの黒鎧の男が厄介だったか。心配はムサシは勿論、近くに虎徹もいた事。


頼むから、無事でいてくれ。


俺は心の中で呟き、加速した。

自分のざわめく心を宥め、彼らの無事を祈りながら──⋯





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数分前。

銀槍竜不在のギフェルタは、劣勢を強いられていた。主な要因はゴルザの戦闘力の高さ、異様なタフネスに加えて、装備の高い防御性能と大剣による広範囲の攻撃が、魔物達を手数の多さで優位に立たたせなかった。



「邪魔だッ!」


「ウゥ⋯⋯ッ!」



ゴルザはロクロウを蹴り飛ばし、そのままセイカイに斬り掛かった。防御にイサが飛び出すが、既にその腕の骨格は削られ流血をしている。


辛うじて防御には成功したが、攻撃の重さに膝を着いたところで腹部に打撃を受け、イサは音を立てて崩れ落ちた。



(くっ、イサもやられた。ロクロウも戦闘続行は厳しいか⋯⋯)



追撃を加えようとしたゴルザにムサシが飛び掛り、何とか攻撃対象を自身へと逸らす。しかし、ムサシの身体にも無数の傷があり、万全とは程遠い状態だった。


現状、戦闘に参加できているのはムサシ、サイゾウ、セイカイ、ジンパチ、コスケの6名のみ。イサとロクロウは先程の攻防で戦闘不能。他サスケ、ジューゾーも被弾、カマスケが回復に当たっている。


先の戦闘で傷を負ったモチヅキは、回復こそ完了しているものの、戦闘に参加するのは厳しい容態だった。



「連携を乱すな!セイカイは一撃を確実に入れる為に極力前には出ず、ジンパチ、ムサシが機動力で陽動、サイゾウは隙が出た時だけ攻撃を頼む!」



コスケの的確な指示もあり、この数でもなんとか攻撃を加えられているが、それでも尚、戦況を覆す事は難しかった。特に、ジューゾーが投石によって撃墜され、火球の支援が無くなった事はかなり大きかった。



「どこまでも⋯⋯鬱陶しいぞォッ!!」



戦闘が始まってから、既に1時間が経過。

魔物達の粘り強い戦いに、ついにゴルザの堪忍袋の緒が切れた。彼が一番最初に狙ったのはセイカイ。迎え撃とうとセイカイも構えるが、ゴルザの予想外の攻撃に反応が一瞬遅れた。


それは、大剣に投げ捨てての打撃。

セイカイが驚愕した隙に、顎に強烈なアッパーを入れた。あろう事か、その重い一撃でセイカイ身体は浮き上がり、背中から地面に倒れ込んだ。


白目を向いて吐血するセイカイを見て、ムサシはカバーを断念。コスケと共に左右から挟撃に入るが、どちらの動きも見切ったゴルザは、蹴りと裏拳で両者の攻撃を捌いた。


蹴りをモロに食らったコスケは木の幹に激突し、激しく吐血。

同じく裏拳を食らったムサシは、被弾と同時に身体を引く事でいくらかダメージを軽減したが、決して軽くは無い。


状況から、先にコスケのトドメを刺す事を選択したゴルザは、大剣を拾いコスケに迫る。大剣を振りかぶったところで、背後の林からサイゾウが攻撃を仕掛けるが、それを察知したゴルザは即座に振り向き、振りかぶった大剣の腹で殴り付けて攻撃を凌いだ。



「あ、あぁ⋯⋯」


「止まるな、ジンパチ!」



圧倒的な実力を目の当たりにし、ジンパチが硬直。

隙ありと見たゴルザがサッカーボールの様にジンパチを蹴り飛ばし、その勢いのままムサシに斬りかかった。



「死ねぇえ──ッ!!」



この期に及んで、未だ実力が底知れない相手にムサシは心の何処かで恐怖した。迫り来る人間の迫力に思考がショートし、目眩のような感覚がムサシの脳内を支配した。



(どうする、どうする、どうする⋯!)



もっと仲間が居れば勝てたか?

もっと努力していれば勝てたか?


ムサシは走馬灯を見ていた。

どうすれば、この現状を打破できるか必死に頭が回転するが、どうしても浮かんで来ない。


先陣を切った自らの長が、ここギフェルタを離れたのを見たとサスケから聞かされた時、内心では考え至っていた。


『必ず考えがあっての行動だろう』と、自身に言い聞かせつつも、心のどこかでは『もしかしたら自分らを見捨てたのかも』と。


─なぁ、ムサシ─


─なんですか、長殿─


ふと、ある記憶が蘇った。

彼からしたら大した内容では無かったのかもしれないが、ムサシには大層特別だった事。


─その、さ⋯⋯『長殿』っての、やめてくれないか?─


─それは⋯⋯ご迷惑でしたでしょうか?─


─いや、そうじゃなくて距離を感じる呼ばれ方と言うか⋯─


最初は照れている様な、困っている様な感じだったが、しばらく考えてから、彼は口を開いた。


─まぁお前といる時間長いし、ムサシには俺の名前教えてもいいかなって。他の奴らには悪いけど、内緒で─


─長殿の本名⋯?─



「アカシ殿ッ!」



ムサシは今出せる全力で叫んだ。

周りに意識がある者がいなかったというのもあるが、それよりも、今ここで死にたくは無いという思いが彼を動かしたのだ。


彼が仲間を見捨てる、そんな筈は無い。

自分は何を考えていたんだ。悪夢の支配から解放してもらい、名前を与えられ、強くしてもらい、名を教えてくれた。


その恩人に恩を返すまで、絶対に死にたくはないと。

大恩を返したいからこそ、今は恩を借りたい。


いつか冗談っぽく彼が言っていた言葉。


─お前らが死ぬなんて俺イヤだし、助けを呼ぶのが恥だとか考えて俺に助けを求めずに死んだら、絶対許さないからな─



──ズドンッッ!!



振り下ろされたゴルザの大剣が、ムサシに到達する直前に背後で爆発が起きた。何事だと動きを止めたゴルザが振り返るより早く、脇腹に衝撃が加わり、吹き飛んだ。



「⋯⋯無事か。」



砂煙から現れた彼の表情は怒りに満ちていた。

しかし、第一声はその怒りを押さえ込んでの安否の確認だった。



「えぇ、無事です。アカシ殿。」


「そうか。」



その場の全員に回復を施し、追撃に向かおうとするその後ろ姿は、とても小さく見えた。恐らくですが、貴方は自責の念に囚われているのでしょう。⋯⋯それは違うのです、アカシ殿。


俺の慢心だった。

力をつけたから大丈夫だと、仲間がいるから大丈夫だと思っていた俺の責任なのです。



「⋯アカシ殿。」


「何も言うな、ムサシ。⋯⋯何も言わないでくれ。これは俺の責任なんだ。」



あぁ、意識が遠のく。

そうでは無いと、伝えたいのに。アカシ⋯⋯殿─⋯



「よく頑張ったな。⋯⋯行ってくる。」


静かに倒れるムサシに、銀槍竜は言った。

極度の疲労でムサシは意識を失ったが、その表情は安堵で満ちている。彼なら勝ってくれると、そう信じているから──⋯





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「ッてぇな⋯⋯」



麓まで転がったゴルザは、苛立ちを顕に立ち上がった。

その時、とある衝撃に襲われたゴルザの視界が大きく傾く。それは黒鉄で造られた、幾重の危機を凌いできた鎧を貫通し、自身の肉体にまで届いた『痛み』だった。


久しく味わっていなかったその感覚に、ゴルザは膝を着いて悶えた。大剣を支えになんとか立ち上がるが、息は荒く、額からは血が一筋流れていた。



「俺は、」



地面に滴る血液が自身のものだと理解し、動揺するゴルザの背後から、低く声が響いた。



「仲間が傷付けられて、真剣に怒れる程の人格者では無いと自分でも思っていた」



声の方にゴルザが振り向くと、ギフェルタの奥から『何か』がこちらへゆっくりと近付いて来ていた。鬱蒼とした林の奥から碧光が2つ、揺らめく。



「⋯⋯だが、お前らが気付かせてくれたよ」



その声は、独り言の様に静かに言葉を紡いだ。

しかし、明確な怒りを含んだその声に、ゴルザは大剣を向けて睨む事しかできなかった。



「俺だって仲間の為に怒れるんだと。だが─⋯」



林を抜けて姿を現した者は、ゴルザにとって予想外の魔物だった。人の言葉を話す魔物はゴルザも見た事はあったが、それはあくまで知性が高い魔物に限定される。


グレイドラゴン⋯⋯ギルドに銀槍竜と名付けられたこの魔物の知性が高いとは聞いていたが、ここまで言葉を巧みに操るとは。ゴルザは、銀槍竜が次に発する言葉に意識を集中させた。



「⋯─正直、俺はお前達にはそこまでの怒りは覚えていない」



銀槍竜は一呼吸開け、握った右拳に金属を纏わせて構えた。

その姿から放たれる闘気に、対峙する事も逃げ出す事もできず、ゴルザはただ後退りするしか無かった。



「俺は⋯⋯悪人であるお前達から仲間を護れなかった、俺自身に怒っているんだ」


「⋯⋯なんだと?」



ようやく口を開いたゴルザに、銀槍竜は自嘲気味に呟いた。

地面を見つめながら話を続ける銀槍竜に、隙を見出したゴルザは攻撃に動こうとしたが、銀槍竜の次の行動に全身が一瞬で硬直する事になる。



「だから、」



そう言うと同時に、銀槍竜は地面を踏み付けた。

大地にめり込んだ後脚は腿の筋肉が隆起し、今にも爆発して飛び掛ってくる勢いだった。



「俺が今からすることは、八つ当たりだ。⋯⋯悪く思うな」



銀槍竜が言い終わった刹那、ゴルザは再び後ろへ吹き飛んだ。

そして腹部に訪れる激痛。それも内蔵が圧迫される程の衝撃がゴルザを襲った。


胃液と血が混じったものを吐き出し、地面を転がるゴルザだったが、彼も冒険者の端くれ。素早く受身を取って大剣を前方に構えた。


しかし、ゴルザが前方を確認する頃には、銀槍竜は彼の背後に回って追撃を仕掛けていた。反応すら及ばぬ速度に、ゴルザはなんとか冷静さを保って対応した。


吹き飛んだ勢いを活かし、大剣を地面に突き刺して身体をぐるりと回転させると、ドリフトする様に方向転換を果たして銀槍竜に向かっていった。



(ありえねェ⋯⋯ありえねェ!ありえねェ!)



ゴルザは大いに焦っていた。

実力に自信があった、どんな魔物達も相手にならなかった、今まで魔物に負けた事など無かった。


だが、それはゲシュペトの総長となって人海戦術に頼る以前の話。この日、ゴルザはゲシュペトの総長になってから、魔物に対し初めて恐怖を抱いた。


先程の魔物達もそうだった。

あまりに粘り強い戦いに、内心恐怖していたのだ。それらは実力で捩じ伏せる事で押さえ込んだが、仮に実力で抑え込む事の出来ない相手から恐怖を感じたらどうなるのか。



「う、ウォオオォオ──!」



答えは錯乱。

あまりに長い間味わっていなかった感覚の対処方法を、ゴルザは忘れてしまっていたのだ。叫ぶ、という行為は人間本来ができる威嚇行動の1つだ。威嚇とは防衛本能とも言える。


威嚇が成功し、相手が引き下がってくれれば結果として戦闘をせずに済む。そんな原始的な防衛本能を、魔物討伐の専門家である冒険者が行う⋯⋯通常、ありえない事だった。


そう、通常は。

普通の冒険者だったら、恐怖を感じても錯乱はしない。それが視野を狭める事になると知っているからだ。


では今のゴルザはどうか?

彼は長い間格上の魔物と戦っていなかった。つまり『恐怖』への『免疫』が薄れていたのだ。結果として錯乱状態になり、この後の悲惨な結果を歩む事になる訳だ。



「く、クソッ!」


「⋯⋯⋯。」



当たらない、当たらない。

全ての斬撃が、紙一重で躱される。普通なら攻撃のパターンを変えるなどの対応をするだろうが、なにせゴルザは錯乱状態。『あと少しで当たる』という事に執着して、大剣を振り回すだけの狂人と化していた。


そして常に、銀槍竜はゴルザを哀れみの目で見ていた。

それがゴルザの精神を更に削る。ついには奇声まで発して斬り掛かってきたゴルザに、銀槍竜は1歩だけ近付いた。


⋯⋯紅志自身、この技を試すのは初めてだったが、相手の位置、自身の見切り、タイミングが運良く重なった為に、この場で試そうという結論に至った。


それは、彼が前世の知識番組かなんかで見た武術の1つ。

その技は『勁を発する』事を意味する。



「⋯うッ!?」


「──ッ!」



ゴルザの鳩尾にピタリと銀槍竜が手を添える。

一瞬、その不可解な行動にゴルザは動揺したが、この位置からの打撃は不可能と判断。そのまま斬り掛かった。



(確か、力の発し方だとか言ってたっけ?下半身から腕にかけて力を伝えるとか⋯⋯)



ぼんやりとした記憶を頼りに、それっぽいフォームを作る。

半信半疑だが、折角なら⋯⋯という感じで、銀槍竜はゴルザに向けてソレを放った。



──ズドンッ!



「ガッ──」



何かが弾ける様な爆音と共に、衝撃波が発生。

直撃したゴルザは、体内の空気が強制的に押し出された事による声というより『音』を発すると同時に、意識を失いその場に倒れ込んだ。


『発勁』。


素人が行って威力の出る技では決して無いが、銀槍竜の圧倒的な肉体スペックの高さがあったからこそ、この真似事でもゴルザを一撃で沈める程の威力が出たのだ。



「⋯⋯⋯。」



銀槍竜はゴルザを肩に抱え、ギフェルタに戻って行った。

多少の申し訳なさと、自身が放った技の威力に対する絶大な驚愕に、表情を固めながら──⋯




NOW LOADING⋯




「⋯⋯うぐッ⋯」



周囲が騒々しさによって、俺は目を覚ました。

確か⋯白い魔物をゴルザから奪還して、朱色の魔物と共闘して⋯⋯くそ、頭がいてぇな。この先を思い出せねぇ。



「目が覚めたか、体調はどうだ?」


「あぁ問題な⋯⋯いや、ある。⋯何者だ?」



俺は、俺に話しけきた者に問い掛けた。

ソイツは銀槍竜とギルドが名付けた、俺が標的だと誤認していた魔物だ。


人語を話す魔物とは珍しい。

ましてや、人に回復魔法を掛けながら体調を聞いてくる奴は特にな。



「まぁ動くな。話が聞きたい」



彼は2つの質問をしてきた。

俺ら⋯というかゴルザ達の目的、俺がゴルザと対峙していた理由について。


特に抵抗する理由もなく、俺は全てを話した。

ゴルザの目的は知らないが、銀槍竜の予想はハイフォーゲルだと。俺耳を疑った。


ハイフォーゲルといえば、超希少な魔物だ。

ゴルザが標的にするのも納得だ。⋯⋯しかし、その魔物はここら辺には生息していないハズだし、ありえない。


⋯と、思っていたんだが。



「クエッ!」


「⋯⋯コイツが、そうなのか?」


「あぁ」



まさか、あの魔物がハイフォーゲルだったとは。

これは完全に俺の学習不足だったな。なんせ、幼体のハイフォーゲルの資料は殆ど無い。ギルドの捜査員としては、俺もまだまだ甘いか。



「俺がゴルザと戦っていた理由はだな⋯⋯」



カクカクシカジカ話したが、どうやら信じてくれた様だ。

助かったのは、朱色の魔物⋯⋯デメルングだったか。魔物の言葉は分からないが、ソイツが詳しく状況を説明してくれた様で銀槍竜は納得している。


⋯⋯というか、同じ魔物なら銀槍竜の言葉だけ理解できるのってどういう事だよ。⋯⋯まぁ、考えるだけ難しいからいいか。



「そうか⋯⋯まぁ仮にゴルザの仲間だとしても、虎徹を守ってくれた事には変わりない。ありがとう」



そう言って頭を下げる銀槍竜に、俺は思わず笑ってしまった。

魔物にも礼節という文化があるのかと。銀槍竜は、俺が笑った事に疑問を浮かべた様子だったが、しばらくして同じ様に2人で笑った。中々、人間味のある魔物だな。



「⋯ところでソイツはどうする気だ?」



ソイツ、とは銀槍竜の背後に倒れるゴルザの事だ。

仕事上、俺が確保しておきたい。ゴルザが魔物に殺されたんじゃあ、ゲシュペトは新たに総長を立てて活動するだろう。ゴルザに全て吐かせ、組織を完全壊滅させるのが俺達の目的だからな。



「事情は話した通りだ。ソイツは人間側で裁かせてもらう」


「そうか⋯⋯」



こちらの意見を通してもらう見返りとして、俺はある提案をした。それは『今後、ギフェルタに人間を近寄らせない』という物だった。実の所、俺の権限でそこまで強力な法は作れないが『冒険者のみ』に限定すれば、なんとかなる。



「⋯⋯うーむ、確かに魅力的だが⋯⋯」


「なにか問題があるのか?」



以外にも即答では無かった銀槍竜に、俺は質問をした。

聞けば、彼は部下の育成に力を入れていたらしく、外部からの敵襲が無ければ意味をなさなくなる、というものだった。


しかし、今回の様な異常なケースを考慮すると、群れのトップとしては悩みどころらしい。



「グルルル?」


「ん、どうしたコスケ?」



俺と銀槍竜が話していると、1匹のガムナマールが銀槍竜に話し掛けた。銀槍竜が頭を抱えているのを見て、内容が気になったらしい。2人で何やら話していると、周囲から続々と魔物達が集まってきた。



▶魔物サイド◀



「あのー?」


「ん、どうしたコスケ?」


「あぁ、長殿とその人間と話してて頭が抱えてたモンだから気になったッス」


「あぁ。彼が言うには、あの男⋯ゴルザっていったか。

『コイツは人間側が罰を与える。その代わり、今後この山に人間が来る事は無くなる』ってさ」



話を聞きに来たコスケに内容を聞かせると、俺と同じ考えなのか頭を悩ませた。悪くないんだが、折角強くなったんならなぁ⋯⋯磨かなきゃ勿体ないよなぁ。



「⋯⋯それなら⋯⋯それでよろしいかと」


「うーん、俺もサイゾウに賛成ですね」


「ムサシ⋯!サイゾウ⋯!」



いつの間にか復活した2人は、後遺症も無く健康そのものだった。無事にカマスケの回復を終え、意識を取り戻した彼らを見て俺は一安心した。


さりげなく話に入ってきた感じだったが、感動の方が大きく、俺は2人に近寄って肩を叩いた。2人も俺に気を遣わせまいと、自然に話に入ろうとしたらしい。



「⋯⋯その、すまなかった。俺が勝手に」


「何を言うのですか、長殿。貴方なら考えがあっての行動と、俺は信じています」


「⋯⋯ムサシの言う通りです。⋯⋯ただ、」



サイゾウがそこで言葉を区切ったのは、俺がギフェルタを離れた理由が聞きたいからだろう。丁度、他の奴らも復活して集まってきてくれたことだし、全部話すか。



「実はな──⋯」



俺はテュラングルとのなんやかんやについてを仲間達に語った。初邂逅から始めた話は、先程の手合わせまでを話し終えるのに小一時間ほど掛かった。


まぁ俺からしたら良い思い出だし、中々区切りを見つけれずに話し続けた感じだが。


肝心なリアクションだが、仲間達はテュラングル自体は知らなかったものの、奴の実力などを詳しく説明すると、驚いたり冗談かと疑ったりする様子もあった。


だが俺が話すにつれて、真実だと気付いて深刻そうな表情で言った。



「「「「本当に、迎え撃ってくれてありがとうございました」」」」



もう凄かった。

初めてここに来た時の様に、全員が俺に向かって地に伏せて感謝をしていた。何度も『テュラングルは戻っていいと言っていた』と説明しても、奴の実力を詳しく説明したせいで、完全に恐れている。


いや、まぁ確かにヤバい奴だったけど⋯⋯

うーん、でもなぁ⋯⋯実際あの場に行って迎え撃って無ければギフェルタでドンパチする可能性もあった訳だしなぁ。


やっぱり、俺正しかったのか?

⋯⋯いや!それでもコイツらが怪我をする羽目になったのは、襲撃の最中に部下を置き去りにした俺が原因。そこは事実だ。



「⋯⋯お、おい」


「⋯長殿、人間が何か言っております」


「ん、あぁ。⋯⋯因みに説明しておくと、この人は悪い奴じゃないからくれぐれも丁重にな」



俺は人間に対して敵意剥き出しの仲間達を宥め、何やら話がある男の方へ振り返った。すると、目が合った瞬間に俺の肩に手を回して引き寄せ、小声で話し始めた。



「その⋯⋯テュラングルって、テュラングルか⋯?」


「⋯自称火龍の王らしい、あのテュラングルだ」



男は、息を大きく吸って深呼吸をした。

そういえばテュラングルって人間からしたらどれ程有名なのだろうか?バルドールはそこまで詳しい感じではなかったが⋯


彼のリアクションを見ると、一部では有名⋯もしくはバルドールが詳しくなっただけで、人間の間では有名かのどっちかだな。



「そ、そうか。⋯⋯いや、報告書では確かにお前とテュラングルが戦闘したという事は書かれていたんだが⋯。まさか真実だとはな⋯」



その後、幾つか質問をされた。

一頻り答えて満足したのか、ゴルザを縄で拘束して奴の懐から何かを取り出した。黒く、四角い箱の様な物体で、男はなにか操作をしてからそれを耳元に当てた。



「おう、俺だゴルザだ」



男は声真似のつもりなのか、声を低くして箱に話し掛けた。



(⋯って、あれって電話か?すげぇな異世界。)



俺が異世界の技術に感心していると、箱の中から返答があった。



『総長、どうかされましたか?』


「おう。悪いんだが、待機組は全員アジトに戻れ。⋯なに、中の連中はとっくに撤退済みだ」


『⋯はぁ、ずっと入口付近で監視していますが、今のところ奴らの姿は確認してませんが⋯⋯』


「いいから行け。⋯⋯お前、俺が信用できねぇのか?」



箱の向こうの相手は、どうやらゴルザと信じているようだ。

中々のクオリティの声真似だが、何故そんなことをするのか男に聞くと、どうやらゴルザ達が居なくなったアジトで待ち伏せし、彼らが戻ってきたタイミングで一網打尽にしようというのが、作戦だったらしい。


ただ話を聞くと、ゴルザは今回の件の後にアジトを変更しようと考えていたらしく、打つ手が無かったらしい。


そう、俺がヤツを倒すまでは。



「お前がゴルザを倒してくれたおかげで、向こうの仲間と連絡が取れた。礼を言う。」


「あぁ、気にするな」


「⋯っと、連絡が来たな」



男が再び箱を耳に当てると、今度は騒音が箱から聞こえてきた。男はニヤリと笑うと、人差し指で自分のこめかみを2回叩いた。計画通り、的なニュアンスか?



『そ、総長!話が違いまッ』


『動くなッ!全員とらえろーッ!』


『く、クソぉぉぉ!⋯⋯⋯』



何やら、男達が争っている。

どうやら、ゴルザのアジトに待ち伏せてる仲間に、ゴルザの手下げ次々と拘束されているらしい。


成程、ゴルザと偽って手下に連絡。

アジトに戻らせ、待ち伏せ組がソイツらを捕まえれば⋯



「⋯おい!誰か聞こえるか!俺だ!」


『その声⋯⋯アレクターか?!おい、何故その魔導通信からお前の声がする!?』


「ゴルザは拘束した!⋯その他の手下約100人、全員ギフェルタでおねんね中だぜ!」


『は、嵌めやがっ『うるせぇ!大人しくしろッ!』



こうして、連絡が出来るわけだ。

流石捜査員、頭がキレる。アレクターと呼ばれた男は、詳しい座標と、現場の状況を仲間に伝え、通話を切った。


魔導通信か、いいな。



「⋯さて、銀槍竜。悪いが、最後にもう一度手を借りてもいいか?」


「⋯フッ、あぁ」



その後、ギフェルタ中に転がる冒険者たちの亡骸⋯ではなく、意識不明の者達を、仲間達の協力で麓の1箇所に集めた。


後日、アレクターの仲間が馬車の様な乗り物を数十台を先導してギフェルタにやってきた。


アレクターの仲間達は、驚きを隠せていなかったが、事情を話したのか、林の奥から彼を見守る俺の存在に気づいて手を振った。そして、俺の頭には無事に助けられた虎徹の姿が。


仲間に肩を叩かれ、照れ臭そうに鼻を掻いてから、彼も大きく手を振って馬車に乗った。多数の犯罪者を乗せた馬車は、みるみる遠のいていった。



「やれやれ、これにて一件落着ってか?」


「ですね」



1人呟く俺の背後から、ムサシが現れて言った。

まだ打撲痕などが薄らと残っているが、その他は完治している。本当に無事で良かった。


俺はようやく肩の力が抜けた気がした。

今日はもう寝よう。一晩中、作業で流石にヘトヘトだし。



「それにしても、銀槍竜ですか⋯」


「あぁ、少し前まで銀灰竜って名前だったんだけどな。人間も物好きだよな」



冗談話をしながら、俺達は歩いた。

家が破壊された以上、寝れる所に困ると思ったが、まぁここギフェルタに外敵なんてないし、別にいいか。


ムサシが寝床貸してくれるらしいし。

実の所は、かなり有難い。



「ふぁ〜⋯じゃっ、早速寝させてもらうわ⋯」


「お疲れ様です、ムサシ殿」



うーむ、中々の寝心地。

少し藁を敷いてある様にしか感じないが⋯これがいい。


俺は強烈な睡魔に意識を委ねた。

とある、極めて重要な約束を忘れていると知らずに──⋯





















「⋯──彼奴⋯⋯何故来ないッッッ!?」

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