第25話・反撃





「ぐ⋯くそったれが⋯」


「グルル⋯」



⋯うし、コイツで最後か。

暴れない様に首根っこ押さえて⋯っと。そろそろ、の決着もつき始めている頃か。まぁ作戦通りに進んでいればの話だが。


作戦の0段階として、まず俺が冒険者の隊列の中心に強襲。

結果、前列は山の方へ退避。後列は俺との戦闘に人員を割かせ、アイツらの負担を減らす⋯というのが理想だったんだが、着地点を読み誤ったせいで半数以上は山への侵入を許してしまった。


それでも、作戦が全て順調であれば問題は無いだろうがな。

⋯そら、サイゾウ周辺の魔力の反応が消えた。やや拮抗気味のロクロウ側にジンパチが接近中か。イサとセイカイ辺りは問題無し。⋯モチヅキが負傷で一時離脱、カマスケと合流して回復中⋯抜けた穴にはコスケで対応か⋯成程成程。


ある程度の指示は与えておいたとは言え、中々の連携だ。

ギフェルタ上空で援護射撃中のジューゾーは、火球の生成可能量、威力が格段に上がっている。鍛錬の成果がよく出ているな。


⋯さて、俺は俺の仕事を終わらせるか。



「は、離しやがれ⋯ッ⋯!」


「おいおい、喧嘩売ってきたのはそっちなんだ。許しを乞うのは違うだろ?」



俺の勢いで始まった戦闘ではあるものの、コイツらが幼女の言っていた悪い冒険者達だという事は確実だ。この期に及んで往生しないのは男じゃないな。



「な!?ひ、人の言葉を⋯魔物が⋯!?」



おん?珍しいのか?

同じ冒険者であろうバルドールは、魔物が喋る事に対して特にリアクション無かったが⋯。人によってそこら辺の知識は違うのか。覚えておこう。



「今はそんな事どうでもいい。お前らの目的はなんだ?⋯まぁ大体は分かるが。」


「くッ⋯」



喋る様子は無さそうだな⋯。

久し振りに暴れたせいで、うっかり残った冒険者達を壊滅させちまったからな。コイツ以外の全員おねんね中だ。⋯一応、殺してはないぞ?⋯道徳と言うより、色々面倒だったからだが。



(このまま黙られてもな〜、罪悪感無くぶっ飛ばせないよな〜⋯?)



⋯チラリ。

あー、駄目だコレ。完全黙秘モードに入ってる。


コイツらの目的さえ分かればいいんだが、どうしたものか。

まず第一に、コイツらは違法に魔物を狩っている。つまり、今回の一件も何か標的となる魔物がいる筈。


また色々仮説を立ててみるか。


『仮説その1・アルトラム』

アルトラムがギフェルタを支配してた内は、恐らく人間も近付かない様な場所だったんだろう。俺がアルトラムを倒した事も人間側が知らない可能性がある。


奴は一般的な魔物として見るには厄介過ぎる相手だ。

つまり、取れる素材の価値も高いと推測できる。



『仮説その2・俺』

まぁこれに関しては自意識過剰かもしれないんだが、俺ってば結構レア⋯というか変わっている個体らしいし、もしかしたら狙われる事もあるのかもしれない。ホラ、角とか通常種には無いって幼女も言ってたし。


それにバルドールみたいな前例があるからなぁ⋯。


ただ、それなら最初の強襲の際に全員で斬りかかって来なかったのが妙だ。標的を目の前にしてるんだがら、そのままゴリ押す方が手っ取り早い筈だし。



『仮説その3・その他』

⋯本当は考えたくないんだが、実は心当たりがある。

元々いる魔物達は、俺が名付けた個体以外にも普通にいる。最近はムサシ達中心に触れ合っているが⋯それはいいとして。問題は『ギフェルタに生息する魔物達で希少な個体はいない』というところだ。


つまり⋯その、アイツ以外で。



「⋯お前達の目的はハイフォーゲルの捕獲⋯もしくは討伐だな?」


「⋯ッ!⋯知らねぇ。」



⋯図星、か。

今、明らかに一瞬の間があった。ハイフォーゲルという単語を聞いた瞬間にな。⋯虎徹の種族名、それを知ったのはごく最近だったが、ここまでの大事になるとは。手紙の内容から、かなりの希少個体というのは理解していたが⋯


⋯くそ、やらかしたな。

イサとムサシに護衛は任せてあるが、十中八九ムサシ頼りになる。マズイのは、ムサシの力量ではなく相手の力量だ。


俺が冒険者集団に強襲を仕掛けた時、1人だけ別格がいた。

先頭に立つ、黒く重厚な鎧を纏った冒険者。感じた魔力自体は薄かったものの、あの刹那に交わった視線で只者で無い事は察知していた。もし仮に、あの冒険者がまっしぐらに虎徹に狙いいに行っていたとしたら、今回の作戦を意味をなさなくなる。



「⋯悪く思うなよ。」


「ッ───⋯」



俺は首を掴んでいる手に力を込めた。

一瞬でオチた男を静かに地面に倒してから、俺はギフェルタ全域にしている魔力感知の集中を絞った。


まずはイサ周辺⋯虎徹の魔力はナシ。

これは大方予想通りだ。⋯ってことは、ムサシの方か。どれどれ─⋯









⋯─ふむ。











⋯──⋯ん?










⋯⋯───んん?



ムサシの魔力を補足し、付近に虎徹も確認できたが⋯かなり弱っている。虎徹が死んでしまう様な事は、今の所は無くて安心だが、どうもムサシとその周囲の様子が変だ。


ムサシともう1人⋯人間と思われる形の魔力を補足。

そして⋯黒鎧の冒険者と思われる奴と2人で対峙している。押されている感じだが⋯なんで共闘してるんだ?3人の位置的にそう見えるだけか?



「⋯⋯うーむ。」



⋯どうやら違うっぽいな。

明らかに黒鎧の冒険者を集中して攻撃している。⋯正直、人間の方は戦力にはなっていないが。ほぼムサシが対応しているな。


兎に角、急いで向かおう。

他のヤツらの戦況はどうだろうか。⋯イサとセイカイはほぼ片付いたな。ロクロウはジンパチと共に撃破完了⋯モチヅキも完治し戦線に復帰したか。これなら⋯



──ず。



「はッッ!?」



仲間達の元へ戻ろうと脚に力を入れる直前、ソレを感じた。

ここギフェルタに高速で接近する巨大な魔力の塊を。魔力感知の精度が上がりつつある今だからこそ、改めて驚愕した。重く、広く、濃い⋯この魔力。


⋯クッ⋯なんだってこんなタイミングで来やがったんだ。

マズい。このまま此処に来られたら、アイツらの安全が保証出来ない⋯何処かで食い止めなくては。


⋯だが今すぐにでもムサシの援護に行きたいこの状況。

⋯⋯あー!くそ!糖分が足りねえ!最近、甘い物食べてないんだから頭使わせるの勘弁してくれよ!



「スゥ〜⋯ハァ〜⋯⋯」



⋯ヨシ、深呼吸完了。

まずは現状の整理だ。戦況は殆ど片が付き、こっちが圧倒的に優勢。黒鎧の冒険者は厄介だが、他のヤツらが束になれば案外何とかなりそうだ。ここは信じるしかない。本来なら一旦戻って細かい指示を出したいが⋯



──ずずず。



この接近の速度⋯今すぐにでも向かわなければヤバい。

俺はギフェルタに背を向け、巨大な魔力を感じる方へと振り向いた。



(で死ぬ様な相手ではないと⋯理解してたつもりだったが、思ってたより元気そうじゃねえか。)



姿勢を限界まで低く保ち、後脚で地面を踏み締め、前脚で大地を掴む。俺が魔物になってから編み出した『最も得意とするスタート姿勢』だ。


全ての脚を一気に解放。


過去行った全てのスタートダッシュより何倍も速く、強く発射された身体。更に加速、更に更に⋯できるだけ前へと⋯!


俺は自身の中で高まる緊張感が、恐怖から来るものでは無い事に気が付いていた。この緊張感は⋯寧ろ喜びに近い。⋯が、今はちょっと場が悪い。頼むから面倒事は起こさないでくれよ?





なぁ、テュラングル──⋯





NOW LOADING⋯





「ガルルル─⋯」



ゴルザとムサシ達との戦闘が始まってから数十分が経過。

ゴルザが繰り出す大胆かつ豪快な攻撃を紙一重で躱しながら反撃の隙を窺いつつ、ムサシは共闘をしていた人間の方を確認した。



「⋯ゴフ⋯ッ─⋯」



吐血。

肉体の損傷が激しく、恐らく立ち上がる事すら困難だろう。既に戦力として数えるのは厳しい様子だ。彼が戦闘に加わっていた事で、陽動程度には役に立っていたが、それが無くなった事によって徐々にだが、確実に後退を強いられていた。



(チィ⋯分が悪い。⋯仲間の応援が来るまで耐えれるか⋯)



現状、被弾こそ無いものの、これ以上押し込まれては山の反対側に出てしまう。反対側には、今回の襲撃に際し避難させた多くの非戦闘員の魔物達がいる為、引くに引けないのだ。


彼らを強引に戦闘に投入すれば、圧倒的な数によって戦況は覆るだろうが、部下が傷付く事を危惧した銀槍竜が、我こそはと名乗りを上げる彼らを宥め、参加をさせなかったのだ。



「おぉらッ!」


「ッ!!」



またも大振りな横切り払い。

ムサシは思考を一時中断し、回避に専念した。やや低い位置を通過する大剣を下から潜り抜け、切り払いによって前に出た右足に飛び付く。


全身でのタックルを当てた事により、バランスを崩させる事に成功した。追撃に掛かるムサシだったが、相手も並の者では無かった。


前のめりに倒れた状態のまま大剣を地面に突き刺し、それを軸として前宙をする様に跳ね上がると、その勢いを大剣に乗せ、更には斬り上げの反撃まで繰り出した。



「ガゥッ⋯!」



思わぬ体勢からの反撃が額に命中し、ムサシは苦悶の声を漏らした。即座にバックステップで距離を取るが、目に血が入り視界が悪い。


幸いにも大きなダメージにはならなかったが、視界を狭めたと確信したゴルザが怒涛の攻撃を仕掛けた。



「⋯はッ!」


「グ⋯ッ!⋯ウゥッ⋯」



大剣での斬り払い、振り下ろし、突きの連続攻撃。

ムサシは苦肉の策として半ば強引に肉薄し、大剣の間合いを潰した。が、そんなムサシを嘲笑するかの様にゴルザはいとも簡単に大剣を手放した。


その行動に目を見開いたムサシだったが、飛び掛っている手前軌道修正ができず、そのまま喰らい付こうと牙を剥いた。しかし、次の瞬間にゴルザの手が動いたのをムサシが確認すると同時に吹き飛ばされ、気が付けば背後の木の幹に激突していたのだった。



「ガッ─⋯!?」



全身を強打した事により呼吸がままならず、ムサシの意識は途切れかけていた。ゴルザに何をされたのか理解が追い付かないムサシだったが、呼吸が整い始めたタイミングで腹部に現れた鈍い痛みによって事態の詳細を知る事になる。


ムサシの攻撃を見切ったゴルザは、間合いを潰され一時的に邪魔になった武器を捨て、素早く徒手での打撃に切り替え反撃する事によって今の攻撃を凌いだのだ。



「中々考えるじゃねェか、この犬ころ⋯」


「フッ、フッ、フッ⋯」



短く浅い呼吸を繰り返し、一刻も早く立ち上がろうとするがそれよりも早く、ゴルザが大剣を拾い大股で歩み寄る。もう駄目かとムサシが睨み返す事しかできずに地に這っているのを、ゴルザは大剣を振りかぶって見下ろした。



──ガリリッ!!



なんの躊躇も無く振り降ろされた大剣。

ムサシは目を固く閉じて、首を撥ねられる衝撃に備えていた。

何かが削れる様な音がしたが、恐らく自分の脊椎でも断たれた音だろうと思い至ったところで、咄嗟に目を開いた。


それならば何故、今自分は思考ができているのかと。

そして奇妙な音の正体を知ると同時に、己の不甲斐なさに悶えた。



「⋯ムサシ貴様、まさか死を前にして諦めた訳ではあるまいな?」


「⋯イサ。」



目を拭って、立ち上がった。

眼前には、黒鎧の男の大剣を両手を交差させて防ぐイサの姿が。



「⋯次から次へと⋯邪魔くせぇなァッッ!」


「ん"ん"ッ!」



ここに来て攻撃を防がれ、いよいよ怒ったゴルザがガードの上から大剣を再度振り下ろす。ムサシを守る為に退く訳にもいかず、重い攻撃を堪えつつ、その場で仁王立ちして立ち塞がるイサを見て、ゴルザは1度距離を取った。


助走をつける為に、一撃で終わらせる為に。



「オオオォオオオッ!!」



ゴルザが再度構えようと大剣を握り締めた瞬間、脇の林から雄叫びを上げて突進を繰り出す者が。更なる増援に驚いたゴルザは反応が遅れ、突進は見事に命中した。



「グハハハ!!長殿に鍛えて貰ったこの技!存分に試せるとは願ってもない好機!」



大笑いして現れたのはセイカイだった。

自慢の突進が命中し、気分よく振る舞う彼をみてムサシはため息をついた。自分のあまりの情けなさに。



「そうだったな、俺たちは1人じゃない。」


「おうよ!!敵が蛇から人間に変わっただけの事!今度は我らだけで退けてやろうぞ!なぁイサ!」


「その通りだ。我ら、でな。」



その言葉を皮切りに、戦いを終えた仲間達が続々と集結する。

ムサシは忘れていたのだ。ほんの少し平和な日常に浸っていたせいで、アルトラムの時の様に種族を越えて助け合う、この感覚を。


──仲間──



「こんの⋯畜生共がァァ──ッッ!!」



セイカイの突進に吹き飛ばされたゴルザが、叫んだ。

頭部を守っている筈の防具は完全に破損、怒りに染まった顔がムサシ達からもよく見えた。額には青筋が入り、歯を軋ませ、目を見開いてこちらを睨んでいた。


しかし、それに動じる者などこの場には既におらず、寧ろ闘気を顕にしたその様子はこちらを士気を上げる形となった。



「⋯ムサシ殿、貴方は傷が酷い。1度下がって。私が回復をします。」


「カマスケ⋯恩に着る。」



後退をしようとするムサシを見て、ゴルザは逃がすまいと踏み込んだが、イサに立ち塞がられ動きを止める。そのタイミングでセイカイの突進が繰り出されるが、今度は大剣で受け止めガードに成功した。


互いの息遣いすら感じる程の超接近。

反撃に転じようとしたゴルザだったが、上空からの火球飛来により回避を余儀なくされる。



「く⋯⋯ッ⋯!」



思わず声が詰まる連携速度だが、更にそれは加速していく。

火球回避の為、最も魔物の数が少ないポイントに飛び込んだゴルザだったが、着地し振り返った直後に背後からの攻撃に反応出来ずに数度被弾した。


防具が厚かった為、怪我を負う事は免れたが、防具につけられた傷跡が斬撃跡だと判明した事によって、その心理は揺さぶられることになった。頭の防具が破損し、首元が晒されている現状において素早く、そして的確にそこを斬られては致命傷は免れないからだ。



「ちぃ、外したか。」


「⋯⋯気にするなサスケ。⋯⋯今のは動揺を誘う為の攻撃だ。⋯⋯じきに仕留められる。」



ゴルザを攻撃した者達が、林の暗闇で揺らめく。

サスケとサイゾウ。奇襲を得意とするのこの二名だが、より経験のあるサイゾウの意見にサスケは頷き、再び闇へと消えた。必ずや眼前の敵を仕留める為に。



「はーい、遅れてゴメンねーっ!」


「変な魔法使いに手間取ったけど⋯わたしとジンパチでなんとかなったよ。」


「こっちもようやく片付いたぜ!」



ロクロウとジンパチ、コスケも駆けつけ、完全にゴルザを方位した。ゴルザ自身、逃げる気などさらさら無かったが、自分の置かれている状況に、初めてその額に冷や汗が流れた。



(⋯バカな、あれはシャヘル(※)⋯ヤツがここに居るという事はリックもやられたのか⋯!?)



ゴルザに部下を思いやる心など無かったが、魔法の扱いに関してはある程度の実力を認めていた部下が、いつの間にか敗れていた事に驚愕し、動揺した。


そして、その隙を見逃さなかったのがコスケだった。

コスケが飛び掛ったのが合図だったかのように、一斉に飛びかかる魔物達。長のテリトリーを踏み躙る不届き者に鉄槌を下さんと、ギフェルタの夜に決着の時が訪れようとしていた──⋯






NOW LOADING⋯





「な、なんて言いました⋯?」


「ウム、今から一戦交えて貰おう。」



ところ変わって、ギフェルタとリーゼノール中間の川付近。

今のやり取りの全容を簡潔に説明すると、


(テュ)よっ!久し振り!


(銀)おー、テュラングルさんじゃないっすか!どーもー!


(テュ)例の件は大人気ないことしてすまんかったー!


(銀)いやいや、気にしてないっすよ!全然!


(テュ)⋯所で、お前あん時より強くなってね?一戦やろうぜ!


イマココ。



という感じである。

そもそも詫びられた時点で頭が混乱していたが、仲間が危険に晒されているかも⋯という状況においてそんな悠長な事はしていられない。かと言って、それを理由にこの場を見逃してくれる相手だとも思っていないので、渋々『手合せ程度』のつもりで結局一戦交える事になった。



「⋯我はあの一戦の後、貴様が目覚ますのを暫し待ったが⋯我も多忙でな。1度あの場を離れたが、よもや住処を変えているとは。」


「あ、スンマセン。俺も色々用事が⋯」


「よいよい、気にするな。こうしてまた出会えたのだ。」



⋯なんか、性格変わったな⋯コイツ。

前まではシワシワの頑固オヤジ相手してる気分だったが、今は⋯なんというか、学校の先生と話している気分だ。ちょっとだけ怖い感じの。



「ウム。決着はどちらかが戦闘不能、もしくは戦意喪失となるまで⋯」


「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」



アカン、それはアカン。

それは手合わせじゃなくて完全にバトルやねん。龍のスケールがデカすぎる件について。



(⋯参ったな、どう説明すれば穏便に済ませられるのか。)


「フハハ、冗談だ。」



⋯⋯コイツ、テュラングルじゃないだろ⋯兄弟か?

性格が変わったどころじゃない変貌っぷりだし。例えるなら、久し振りに合った昔のヤンキー友達が、海外の貧しい国で慈善活動してるくらいに別人になってる。もはや怖い。



「まあ、そうだな⋯一撃当てたら勝ち、こんな所であるか。」


「⋯分かりました。手加減お願いします。」


「貴様⋯あの時のような気迫と荒々しさは何処へ⋯」



テュラングルは俺の小物ムーブに若干の呆れを見せつつ、翼を広げてどっしりと構えた。その立ち姿から放たれる威圧感は相変わらず凄まじいもので、並の相手なら意識を保つのも難しいだろう。


しかし、それも今や心地良さすら覚える感覚。

肌を伝ってくるビリビリとした圧は、俺の闘争心を音を立てて掻き立てた。時間が無いのは分かっているが、こうなっては仕方ない。短時間で、出来るだけじっくりと楽しもう。



「ゆくぞ。」


「⋯⋯おう。」



龍と竜。

始まる闘争の歓喜に嗤った──⋯






NOW LOADING⋯





「⋯それで、私にどうして欲しいと?」



ここは冒険者ギルド、ベルトン支部⋯

の、マスターを務める人物の自宅の一室。スキンヘッドの老人が男の質問に聞き返した。


老人の背は120cm程とかなり小柄だが、ステンレスのタワシの様に茂った髭が腹辺りまで伸びていた。見事な毛量ではあるが、かなり傷んでおり本来の毛量よりも多く見える。


そんな髭を片手で弄りながら、座っている椅子の位置を180度回転させた。男に背を向け、腕組みをして窓の外を眺めている。



「言った通りだ。この街に、例の銀槍竜が来る。だが、奴が街の住民に危害を加える事は決してない。」


「⋯だから、迎え入れろと。それを信用しろと言うのかね?悪いが、君にそれを伝えられて正直に頷く程、ギルドマスターという仕事は軽くないのだよ。バルドール君。」



バルドール⋯以前、燗筒 紅志に接触し彼の事情をある程度知っている冒険者である。ちょっとした用事でベルトンによる機会があり、こうしてギルドマスターに説得を試みている最中なのだが、どうやら当人は乗り気ではないらしい。



「釣れねぇコト言うなよ、おっさん。本人が来たがってるんだぜ?」


「⋯ふむ。仮に君が発言者でなければ、あるいは考えたやもしれんがな。」



振り返った老人が、バルドールの背後を視線で指した。

ギルドマスターという立場にある以上、情報の漏洩などは厳禁。それゆえ、護衛を雇うのは当たり前の事なのだが、老人が見る先にはガタイの良い男が2名、うつ伏せに倒れていた。


彼らだけでは無い。

玄関からこの部屋に到達するまでに配置されていた警備が、全員戦闘不能にされていたのだ。



「⋯アイツらは知らん。こっちは重要な話なんだ。」



老人は冷静を装ってはいるものの、自身が厳選した腕利きの警備員が全員無効化されている現実に、冷や汗を流していた。しかし、この老人とて長である人間。傍若無人なイメージが付き物のドワーフという人種にして、多くの学を身につけこの地位についた者である。


ため息に偽装した深呼吸をしてから、落ち着いた様子で口を開いた。



「仮に君の言う事が虚偽だった場合⋯つまり、その銀槍竜がこの街に来た際に、住民に危害を加えた場合は」


「おう、そうなったら全ての責任を取ってやる。なんでも好きにしろ。」



バルドールのあまりの自信のありように、老人は頭の後ろを人差し指で掻きながら、今度は本心で溜息を零した。ただ、このまま引き下がっては、ギルドマスターとしての権威が無い。老人は数秒考えてから、バルドールの意見に『分かった』と承諾をしてから、『但し』と区切ってから話を続けた。



「⋯王都の例の一件⋯お前は知っているか?」


「⋯?なんの事だ。魔物がちょっと多くなってきたから一斉掃討しようってアレか?」



王都の例の一件、と言うのはヴィルジール達ゼクスが数ヵ月後に控えている、魔物の大軍を迎撃する作戦のことである。フリーの冒険者であるバルドールに詳細など伝えられているハズもなく、ゼクス達の殲滅作戦が展開される事は端折られ、数を減らした魔物達の後処理をフリーの冒険者に任せる⋯といった内容だけが伝えられていた。


老人は、バルドールに今回の作戦の全容を伝えた。

多少驚いた様子のバルドールに老人は子気味よくなりながら、ある提案をした。



「お前の意見を通すのと引き換えに、お前はこの作戦に参加してもらう。無論、それなりの活躍さえすれば報酬は払う。」


「⋯ほう。」



実力のある冒険者は数少なく、今回の作戦において1人でも実力者は多く欲しいという話だった。老人が巧妙だったのは、『責任は取る』と言質を取った上で『その代わり』と、バルドールに仕事を任せた所である。


バルドール本人その事に気付いてはいたが、最近金欠気味だった事に加えて、作戦に参加するツエンとゼクス達ギルドランカーがどれ程の実力なのか興味があったので簡単に了解をした。


その後、文章で責任を負う事についてサインさせ、フリーの冒険者が国事に参加するにあたり、一時的にギルドランカーとして紛れる話になった。


ゼクスは人数が少なく、紛れるのは困難として階級が1番下のツエンに紛れてバルドールが参加する事になった。



「⋯ハッ、よっぽど人手不足らしいな。」


「なんとでも言え。⋯我らは温存せねばならんのだ。」



温存。

何に備えているのかバルドールは知っていたが、敢えて深堀りはせずに部屋を出ていった。彼の後ろ姿が見えなくなるまで老人は見届け、椅子から立ち上がって再び窓の外を眺めた。



「⋯そうだ、我々勝たねばならぬ。人類が生き残る為に─⋯」



険しい表情で街を眺めると、そこには笑顔で生活を営む人々の姿があった。この、健気に生きる者達を『彼ら』から守るために、なんとしても今は備え続ける必要があると──⋯





NOW LOADING⋯





そこは暗く、広く、若しくは狭い空間だった。

この表現に間違いは無く、広い事は確実だが、その場にいる者達が者達から発せられる真黒な絶望が、圧迫する様にその場を支配していた。



「⋯──テュラングル、面白いヤツを見つけたな。」


「全くだ。是非こっち側に来てもらいたいものだな。」



思考が凍り付く程の、鋭く重い声で言葉が響く。

その言葉に反応した、もう1つの声。彼ら2人だけでは無い、この場にいる計4人が、それぞれ絶大な力の持ち主だと赤ん坊でも理解出来る程の威圧感を無意識に放っていた。



「⋯下らん。まだ子どもでは無いか。」


「分かってねェーなァー?伸び代だぜ、伸び代。」



この場⋯広間の中心を4人が眺めていた。

紫色の巨大な水晶の中で、活発に動く2つの魔物姿。方やテュラングル、方や彼らの話題の中心である魔物。そう銀槍竜こと、燗筒 紅志である。


どうやら、彼らは銀槍竜を自分達の仲間にしたいという話題で盛り上がっている様子だ。


水晶の中で、銀槍竜がテュラングルに攻撃を仕掛ける度に、野次を入れる者。


それを喧しそうに顔を顰めながらも銀槍竜から目を離さない者。


無言で銀槍竜を見つめながら、不機嫌そうに目を細める者。


興味無いと、一蹴し眠りにつこうとする者。



一体感こそ無いが、彼らの殆どが銀槍竜に対し強い興味を持っていた。銀槍竜とテュラングルの攻防が激しさを増し、佳境に突入するかと思われたその時、ある者が口を開いた。



「戻ったぞ。」


「「「「!!!」」」」



その言葉を発したのは、この場にいた誰でも無かった。

その者が一言発すると、素早く水晶の映像を切り全員が声の方向に振り向き、片膝をついて跪いた。



「申し訳ありません、存在に気付けず⋯」


「気にするな。俺もソイツは気になる所がある。」



声の主は、4名がいる広間の奥⋯階段を登った更に上の壇上の玉座に腰を落とした。先程まで野次を飛ばしていた者が、人が変わった様に言葉使いを変えて謝罪をする。しかし、謝罪された彼も銀槍竜には興味があった様で、軽く許した。


圧倒的な絶望感を放っていた4名が跪くこの者が、彼らより上の存在である事はこの事から分かるが、何者なのかという疑問にについては彼の次の発言で理解できるだろう。



「今まで何方に⋯?」


「あぁ、また白龍の様子を確認しにな。⋯相変わらず、厄介な奴だ。まだ動けそうにねぇ。」



覚えているだろうか。

以前、酒場でヴィルジールがサンクイラに話していた内容を。白き龍が動きを封じている存在について。



「⋯だがまぁ⋯奴とて無敵じゃない。その内こじ開けてやるさ。⋯それに、寧ろ今は都合がいい。」


「えぇ。」


「全く持って。」


「右に同じく。」


「⋯⋯⋯。」



霧が濃くなる様に、漆黒のオーラがその場に充満し出す。

再び水晶に光が灯り、銀槍竜の姿が映し出された。真黒な影達の赤い瞳が、水晶の中の銀槍竜を睨んで放さない。



「フッ、銀槍竜か。人間共め、下らん名前なんぞつけやがって⋯」



彼は玉座に肘をつき、もたれながら不満を漏らした。

それは親が幼い子供の悪態に呆れるが如く、柔らかな不満だった。しかし、彼が放ったほんの少し⋯それも雀の涙程の怒りは、銀槍竜が映った水晶にヒビをいれ、広間中を振動させ天井の埃を落とした。



「⋯全くです、魔王様。」


「お前もそう思うか⋯ハハっ。」



魔王。

そう呼ばれた男は冗談っぽく笑ってから、右手を前に突き出して命令した。



「白龍に動きを拘束されている以上、俺らは動けん。⋯だが、それは奴も同じ事⋯。」


「「「「⋯⋯⋯。」」」」



4名は黙って聞いている様子だが、その口元は緩んでいた。

来たる時を待ち望みながら、着々と進めていた計画の段階を更に上げる歓喜に。



「力を磨け、技を磨け。それだけで、世界は我々の物だ─⋯」



絶対的な自信を示す、堂々とした命令。

単純だが、そこに疑問を持つ者はいなかった。ただただ、命令を受け入れ、計画を進める喜びを原動力として彼らは立ち上がり、そして応えた。



「「「「はッ!!!」」」」



地が揺れ、空が揺れた。

王の号令に、配下は嗤う。


闘争に身を投じる為だけに、

ただその歓喜に突き進む事に──⋯



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