ありがとうを何度でも16
「唯一さん……」ゆえ姉さんの声が、少し沈んだ様に聞こえて……。
こんなの誰だって、言い返せないよな……特にゆえ姉さんは。
でも、誰かが言わなきゃいけないんだと思う。
だから、俺が言うんだ。
「唯一さんは、ゆえ姉さんと結婚する気はあるのですか?」唯一さんを除いた皆の目が俺に刺さる。
分かっている。この質問が唯一さんを傷つけるだろう事も、お前まだ言うのかよって空気である事も……。
「だから、自信が無いんだ。今の僕には……」うなだれて深い溜め息をつく唯一さんを見て少し強めに言う。
「自信が無きゃ結婚しちゃ駄目なんですか?」
「まこと君、僕はね……」何かを言おうとした唯一さんを遮る様に俺は声を遮る。
「だから、ゆえ姉さんと結婚するかとあなたの仕事は別問題なんですよ!!あなたの言い分では、全国の医者達は結婚なんて出来ないって事に、幸せになれないって事になるんじゃ無いですか!?」もう少し、優しい言い方もあるのだろうな……。言い返せない唯一さんに俺は続けた。
「全国の医者達は、大なり小なり似た様な事を経験してるんじゃ無いんですか?それが命に携わっていく職業何でしょう?それに対して、自信が無いって言うのは分かります。でも、ゆえ姉さんとの結婚や妊娠の話は同じにしないで欲しい」しんと静まり返った堤防で波と俺の声だけが聞こえる。
「あなたにとって、ゆえ姉さんはどういう存在なんですか?生まれて来るだろう、お子さんは、どうなるんですか!?自分の嫌だった事につらかった事に大切な人達の事を巻き込むのは、やめて下さい!!」
本当は、唯一さんの気持ちは凄く良く分かって。もう少し柔らかく言いたかった。でも、言っている最中に、段々と昔、教員免許の研修の時の事を思い出してしまい、言えば言う程自分に刺さるブーメラン。言えば言う程、昔の自分を思い出し辛くなる。
それでも、いや、だからこそ言わなきゃいけない事がある。
「思うんです。辛い事があった人は、失敗をした人は幸せになっちゃいけないんですか?誰だって失敗しますよ傷つきますよ、それでも失敗を乗り越えて悲しみを乗り越えて……そのなんて言うか……」長い間、話していると自分が言っている事が正しいのか段々分からなくなってくる。人に意見する事なんて、やっぱり不安だし怖い。
俺なんかが人に言える立場なのかな?どうしても、昔の自分が付き纏って来て自分を卑下してしまう。本当に俺なんかが唯一さんに言う資格があるのだろうか……?
ポ厶ッ
言い戸惑っていた俺の両頬に温かくて柔らかい愛する人の手が包む。
「まこと、そこまで言っておいて何を戸惑っているの?」たえの両手は夜風に少し冷えた頬には温かくて心を落ち着かせくれる。
「まこと迷わないで、間違って無いよ」俺の胸の中で、優しい声が聞こえる。
「たえ……」不安になっている俺の両頬を優しく包む、たえの両手の平。
「松平さん、まことの話を聞いて上げて下さい。彼は先程から辛い事を言っているかも知れませんが、実はまことも昔、一度の失敗から、一人の人生を狂わせてしまった事があるんです。」チクリと俺の胸が痛んだ。そう、あの教育実習の時の失敗を俺は無駄にしたくない。誰かに、例えば唯一さんに少しでも伝わってくれたら……。
「その事から彼もずっと苦しんでいました、そんなまことを私は隣で見ている事しか出来ませんでした」
たえは、ゆっくりと俺の両頬の手を外すと、俺の両手の指に絡めて握った。
いわゆる、恋人繋ぎをしながら、俺に微笑む。
たえの温かさや、優しさが指を通して伝わって来た気がする。
「まことも松平さんも、きっと優し過ぎるんですよ。だから人よりも考え過ぎてしまうんだと思います。そして、失敗を恐れてしまうの……」
(……有難う、たえ)
そうだよな、たえはいつも俺を見ていてくれた。俺を守ってくれていた。見ている事しか出来ない?
何を言っているんだ。たえの存在はいつも俺を励ましてくれた。俺が前に進む勇気をくれた。
「だから……」その先も話そうとするたえを俺はギュッと抱き締める事で遮る。
「もう大丈夫、後は任せてもらって良いか?」
俺は優しく、たえに微笑むと、たえは勿論と言う様にニコリと微笑んでくれる。
俺は、深く深呼吸をして、話を再開する。
「すみませんでした。たえの言った通り、僕にも唯一さんと比べるのはどうかと思いますが、失敗した過去があります」ふと見るとゆえ姉さんが俺をじっと見つめていた。俺はゆえ姉さんにコクリと頷いて話を続ける。
「その失敗は多分、一生忘れないでしょう。俺はそれでも良いと思っています。」頬をコリコリかじって苦笑いしながら、
「一生、自分のした事に後悔する事になるかもしれません。本当はいつか彼女に謝罪する事が出来たら良いんですが……」
そう言いながら、俺の心のわだかまりは、かなり減っている気がしている。
それも全部、俺の腕の中にいる幼馴染のおかげなんだろうなと思い、改めて俺は感謝した。
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