ありがとうを何度でも12

「そっか、あんた達も、色々あったんだね」ゆえ姉さんが、何となく嬉しそうに堤防の海側に足を向けると足をブラブラさせている。


 海風が少し強かったけれど、心地好く、帰省したばかりの疲れを癒してくれる気がする。


「潮の香りが懐かしいでしょ?」


「そうですね……」大きく息を吸い込むと潮の匂いが強く胸の中に流れ込んでくる。


 ……あぁ、故郷の匂いだ……。


 ゆえ姉さんに、たえとの事を話した。妊娠したかも?って話、結局はそれが違った話。

 俺がそれに狼狽えてしまった話、急いで結婚しようとして、たえに止められた話。


 そして、考え過ぎてしまって、たえとケンカになってしまった話。


 そんな話をゆえ姉さんは黙って時に頷いて聞いてくれた。


 そして一言だけ、


「たえの事を良く考えてくれて有り難うね」と頭を撫でてくれた。


 子供扱いはしないで下さいと言いかけて、ゆえ姉さんの手の温かさや、優しさが心に染み込んで来た気がして、じっと成すがままになってしまう。


「私ね、彼に赤ちゃんが出来たって言った時に、普通に全肯定で喜んで貰えると思ったの……そうしたらさ」姉さんの撫でる手に強さを感じて、そっとゆえ姉さんの方を見る。


「あいつ、狼狽えちゃってさ」酷く寂しそうな顔をするゆえ姉さん。

「喜んでくれると、思ったのに……」俺は、なんて声を書けたら良いか分からずに下を向いてしまった。

 そう、俺もたえに赤ちゃん出来たかもって言われた時、喜びもしたけど、焦ってしまった側だった。


 教員免許の研修の時を思い出してしまい、自分に人の親になる資格なんかあるのか?何て勝手に思ってしまって考え込んでしまったのだ。


 その時の考えはたえにはお見通しだったらしく、少し怒られて少し慰められてしまった。


「ねぇ、ゆえ姉さんその後、彼氏さんとちゃんと話した?」余計な事かも知れないけど、俺は言わずにはいられなかった。


「ううん調度、つわりが激しい時でイライラしていたから、つい言い合いになっちゃって……」


「嬉しくないの!?とか、あんたも誰か見たいに優しければとか言っちゃって、その後は連絡もとってない」ん?誰かって誰だろう?


 ゆえ姉さんに聞こうとした時に、堤防脇の歩道を誰かが、歩いてくる音と声がする。


「……だから、言ってやるんですよ!!僕は!!」「五月蝿いな、分かったから言うなら、あいつに言えよ……」二人の男性らしい黒い影が近づいてくる。


「ん?一人はアカギ兄さんかな?と、誰だろう?」その声を聞いて露骨に嫌そうな顔をする。ゆえ姉さん。


「ちょっと……」急に立ち上がって逃げようとする、ゆえ姉さんに、

「ゆえ姉さん、危ないですよ!!」思わず、彼女を抱き抱える。


「あっありがとう、まこと」歩道にゆっくり、ゆえ姉さんを降ろすと、先程の二人組の内の一人がその声に反応した。


「その声はゆえさんですか!?」少し高めの声がして一人がこちらに走ってくる。

 少し危険を感じて、ゆえ姉さんを庇う様に立つ。


 人影は、ハアハア言いながら走ってくると僕達の前まで来て……



 吐いた……。


「だっ大丈夫ですか!?」「ワーッ大丈夫!?唯一ゆいつ君!!」吐いている人に大丈夫も何も無いと思うけど、つい聞いてしまう。ゆいつ君?ゆえ姉さん知り合いなのかな?


「馬鹿が飲めない癖に、はなの舞一気飲みなんかしてるからだ」アカギ兄さんがフンと鼻を鳴らすと、吐いている男の人はずれている眼鏡を直しながら小さく「面目無い、ついむきになって」男の人はゲホゲホ吐きながら、涙目で 言う。


「ゆえ姉さん、お知り合い?」眼鏡の男の人の背中を擦っている、ゆえ姉さんにたずねると、姉さんは何とも言えない様な顔をして、

「うん、この情けないのが私の婚約者の松平唯一まつだいらゆいつ君」


「それは、酷いよゆえさん」少し落ち着いた様で、何処から取り出したのか、アカギ兄さんが持ってきたペットボトルの水で、スミマセンと謝りながら口をゆすぐと、ゆえ姉さんが渡したハンカチで口を拭っている。


「松平は頭は良いけど馬鹿だからな」アカギ兄さんが頷きながら、タバコを取り出し吸い始める。強い潮風がタバコの煙を散らしていった。

「五月蝿いな忍野、お前が水みたいに飲んでるから、大した事無いと思ったんだよ」アカギ兄さんを睨み付けながら、ヨロヨロと立ち上がろうとする唯一さん。


 ゆえ姉さんが手を貸そうとするけど、その手は、丁重に断って自分で立とうとするけど、やっぱりよろけて、結局アカギ兄さんが手を貸している。


「何やってるの?もう」ゆえ姉さんが唯一さんのもう片方の手を取る。


「貴方は、そんな事しなくても良いんですよ!!」そう言って唯一さんが少し乱暴に振り払おうとするのを見て、俺は、ゆえ姉さんを支える。

「唯一さん」自分でも、思ったより低い声が出たなと思った。


「なっ、何ですか君は?」ビクッとして、少し狼狽えながら俺を見る唯一さん。


「初めまして、青葉まことと申します。ゆえ姉さんの妹のたえの幼馴染みで婚約者です」

 軽くお辞儀をする。


「あぁ君が?ゆえさんから、話は聞いていますよ、一度会ってみたいと思っていた』吐き捨てる様に俺を睨み付ける唯一さん。


 ゆえ姉さんは、俺の事を何て言ってたんだろうな?














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