ありがとうを何度でも5

「忍野さん家によろしくね?あれ、たえちゃんは?」母さんが、忍野家に持っていく手土産を用意してくれて、それを手渡される。


「たえ?洗面所で化粧直してる」それを聞いて少し母さんは苦笑いしつつも、「しょうがないわよね」少し、しんみりしていて……。


「ガン泣きしてたからな」軽く母さんに頭を小突かれる。

「たえちゃん、悲しませるんじゃないよ」俺は五月蝿そうに母さんの手を払いのけて、不貞腐れた様に、「そんなの俺が一番分かってるよ」呟いた。


 しばらくすると、たえが戻って来て、その笑顔に何となく笑ってしまう。


「何、何よ?化粧崩れてる?」慌てて鏡を取り出した、たえに俺は笑顔で、「違うよ、馬鹿」頭に軽く手に置くと、ムッとした顔で、手を払い除けられてしまう。

「何なのよ、もう?」母さんと二人で、笑っていると、「おじさんは?」ここにいない父さんを心配するたえ。


「さっき飲めないお酒飲んでたでしょ?記念日用に買ったウィスキー開けてさ?もう、グデングデンよ」呆れた顔をする母さんに、笑う俺とたえ。


 いつか記念日開けるんだって、ずっと昔に買ったウィスキー。その琥珀の液体が無駄にならなくて良かったな父さん。飲めない癖に……。


 俺は車あるから、飲みません。


「じゃあ、車借りてくよ」指で車のキーがついたキーホルダーを回しながら母さんに挨拶して出ていく。


 グレーのコンパクトカーに二人で荷物を積めながら車に乗り込む。


 時間は六時を過ぎて、段々と暗くなり始める頃、たえの家の方もそろそろ待ちくたびれている頃だろう。


「たえ、今から出るって連絡しておいて」たえにお願いすると、たえが、面倒臭そうな顔をして、「すぐに着くし別に良いんじゃない?」「駄目、遅れたんだから連絡する!!」「もぅ、そう言う所A型だな」「そっちこそ、そう言う所O型だぞ!!」勝手な血液型談義を繰り返しながら、車を走らせて行くと港に続く長い下り坂に続く、少し慎重に車を走らせていくと、そのその坂の下に、たえの実家がある。


「相変わらず、狭い道だよな?」「そうね、自転車で学校行ってた頃は気にならなかったけどね」


「……良く一緒に学校行ったよな……坂道を自転車で降りたり、必死に坂道登ったり……」「まこと、もう絶対に足つかなかったよね?」「あれは……」「あれは?」


 もう時効だよな?今さらだよな?


「お前の兄さんに、この坂道、毎日途中で足をつかずに登りきったら、たえと付き合っても良いぞって言われてたから……」


 助手席に座るたえの顔を運転中だから、あまりじっくり見る事は出来ない。


「……何それ?聞いて無い」チラリと見る横顔でたえが、憮然とした顔をしているのが分かる。


「だって、言って無いもん」「言って無いもんじゃないわよ!!そんな大事な事、何で黙ってたのよ!?」「失敗したら、恥ずかしいじゃん」「恥ずかしいって!!……まぁそれで、貴方は成功したのに何故その……」


「告白しなかったのって事?」あっさり言う俺にたえは、頬を膨らませて「それよ!!」と叫んだ。


「それはその……土壇場になって意気地が無くなったのもあるんだけど……お前の兄さんには言わないのかって言われたんだけど……」


「はっきりしないな」呆れたように、ため息をつくたえ。


「本当は、一度だけ、足をついた事がある」俺は不貞腐れた様に言った。


 そう、俺は一度だけ足をついてしまった事があるんだ。「別に誰かが見てた訳じゃ無いし、誤魔化そうとすれば出来たんだけど、それは結局は誤魔化しで、やっぱり何か違うなって」「ふーん」たえは、何となく釈然としない感じ。


「何だよ?」恐る恐る聞いて見ると、


「だってさ、もしかしたら、もっと早く付き合えてたかも知れなかったじゃない?」その言葉に、罪悪感を覚えつつ、「そりゃそうかも知れないけど、何か納得がいかなかったんだ」その言葉に、たえは俺の肩に軽くもたれ掛かり、諦めた様にため息をついた。


「まぁ、まことはそう言う所あるよね?ずっと気にしていそう」不貞腐れた顔の俺を見てたえはフフッと笑うと、「やっぱりこれで良かったのかな?」夕焼けがたえの顔にかかり、赤く見せる。照れてるのか夕焼けのせいなのか分からないけど、たえは嬉しそうに


「今が幸せだもん」と一言だけ言った。


 そりゃどうも、と心の中で呟いていると、


「ねぇ、どんな時に足をついたの?」急に言われて少しハンドルを持つ手がブレた。

「何だよ、急に」いきなり聞かれて焦る俺。


「ん?ちょっと聞きたかっただけだけど……ねぇ何かあるの?」たえが、玩具を、見つけたニンマリ笑って聞いてくる。


「とっ特に意味は無いよ」上ずるな声。平静を装うけど、たえにはその変化はバレバレの様だ。


「ねぇどんな時に足をついたの?」明らかに面白がっている顔になっている。ネズミを見つけた猫見たい。


「言わなきゃ駄目か?別に大した事じゃないぞ」本当に大した事じゃない上に恥ずかしい奴なんだ。

「……」無言で回答を待つたえ。視線が痛い。精神的にキツい。


「だー、分かったよ!!言えば良いんだろ?言えば!!本当に下らないからな!!」やけになった俺は、全てをぶちまける事にした。


「あの日は台風前で風が強い朝だった」さきにさっさと行ってしまった薄情なたえを追いかけて必死に坂道を登り追いかけて行くと、途中で坂道を降りて自転車を引いていくたえを発見した。


「風が強くて登るのも精一杯だったけど、必死に登ろうとしてたんだ。そうしたら、足をついた」


「何で?」「風が強くてさ……何だよ?」「まこと、何か隠してる」「うぇ?」流石、幼馴染み怖いな!!疑問系じゃなくて確定で

言ってるもん。

「別に……」「何?何なの?」しょうがないな。

「その、引くなよ?」俺は今、禁断の扉を開こうとしている……。

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