ありがとうを何度でも2

 楠木が乗って来た車の後部座席に入ると中はエアコンが効いていて、思わず安堵のため息が出てしまう。

「うわっ涼しいー!!」「天国かぁー!?」少し大きめのスポーティーワゴン中はゆったりとしていてエアコンも効いているし、さっきまでの炎天下を考えると本当に天国に思える。


 窓の外を眺めると、楽しそうにジュースを買っている楠木親子と柊さん。楠木に抱えられて笑顔で高い所のボタンを押すつくしちゃんを見て笑っている柊さんの笑顔は本当に楽しそうで……。


「なぁたえ、あれ?」窓の外の彼らを指差すと、たえは少し嬉しそうで、でも少し複雑そうな顔を見せる。

「あの二人、上手くいけば良いんだけど……」「……何かあるのか?」どうしたのだろうか?不安げなたえを見てこちらまで不安になる。


「まぁ、元奥さんの方がね」「どうしたんだ?」


 少し難しそうな顔をしながら、たえはため息をつく。


「最近になって元奥さんの方がつくしちゃんの親権を欲しがってるらしいの……」


「マジか?楠木からは聞いて無いけど」何度か電話で話はしていて、柊さんとは上手く行っているとは聞いていたけど……。


「その辺が男友達と女友達の違いなのかな?柊さんから聞いたんだけどね」良く考えたら楠木、あいつから弱気な事やマイナス方面の事はあまり聞いた事は無いし、離婚の話だって全部終わってからだったし……。


「そんな話初めて聞いた……」少し、その話を聞いて考え込んでいると、俺の手をギュッと握る手にびっくりする。

「たっ、たえ!?」


「私達は、部外者だから……どんなに仲が良くても部外者だから……」


 車の後部座席、二人並んでお互いに前を向いて考え込む。

「これは楠木君や柊さんの問題。私達は、聞いてあげる事しか出来ない……」


「そうだな……分かってはいるんだけどな……」


「大丈夫だよ……さっきの楽しそうな三人見たでしょ?きっと一番良い話に収まるんだよ……きっと」だれかにと言うより自分自身に言い聞かす様にたえは目を伏せながら呟いた。

「そうだよな、きっと大丈夫だよな」心配なのは、みんな一緒、俺は握られたたえの手を更に強く握った。「うん……」不安を打ち消す力があるなら、君に与えたい。何も出来ないけど握る腕に心を込めた。たえがそっと俺の腕にもたれ掛かる。「せめてあいつらの前では明るくしてような」「うん」たえの不安が俺には分かる様に、俺の不安もたえには分かる様のかも知れない。

 少しでも、たえの不安が無くなるようにそっと抱き締めようとした……。


「なに、いちゃついてるんだお前ら?」あっ、ここが楠木の車アウェーなの忘れてた。


 まぁ自分の車ホームなら、いちゃついて良いかって言えば違うと思うけど……。


 その後、行きの車の中で散々からかわれました。その中の一部を抜粋。

「子供もいるので、そういうの気をつけて下さーい」「キャーたえちゃんラブラブー!!私達なんか気にせずに続けてくれて良かったのにー!!」「チューするの?あれ?しないのチュー?」気を付けよう、本当に気を付けよう。たえと顔を見合わせて二人ため息をついた。


「お前ら、本当に付き合ったんだな……こういうの見ると実感沸くわー!!」車を運転しながら楠木がニヤニヤ笑う。


 バックミラー越しのあの顔……。凄くムカつく。

「うるせぇーな、ほっとけよ」少し不貞腐れた様に窓の外を見ると海岸線の国道を通る様だ。津波避けの馬鹿デカい堤防の端々から微かに海が見えた。

「……なぁ、そんなに不思議か?俺達が付き合い始めたの?」


 しばらく考え込む楠木。

「いや、逆だな」

「逆?」

「あぁ、くっつくのが当然だと思ってた二人が中々くっつか無いのが不思議だったんだ。もう、二人はそのままのスタンスで行くのかな?って思ってたら、付き合い始めたって聞いてびっくりした」

「何だよ、そのままのスタンスって?」

「あぁ、幼馴染みのまま、離れずくっつかずって所かな」そんな事あるわけと言いそうになって……凄くありそうな話だと思い、少しゾッとする。


「心配かけたな」ボソりと言えば、


「何だ?もっと大きな声で言え、良く聞こえない!!」ドリンクホルダーの缶コーヒーを飲みながら楠木に言われ、大きな声で「何でも無いよ!!」と不貞腐れた様に言った。


「まこと、心配かけたなって」たえが少し大きな声で言った。全く余計な真似を!!

「そりゃ心配もするわな、たえちゃんが心配で心配で」下手な泣き真似をする楠木。助手席の柊が「お酒飲むといつも、まこと達大丈夫かなぁ?って心配してるの」「葵お前、それは言わないでくれよー!!」「パパはおちゃけ飲むと、いつもまことがーまことがーっちぇ言うにょ」「つくしまでー!!」後部座席のチャイルドシートに座るつくしちゃんにまで言われて車の中が笑いに包まれる。良いなこんな感じ、友人と話すのなんて久しぶりだったせいか、凄く和んだ。つくしちゃん可愛いし。


「まことの実家に行けば良いんだよな?」国道を走る車。楠木がウインカーを右に入れた。

「あぁ悪いな。一度家に寄って車借りてくる。それで、お前、たえの家の方には来るの?」今日は、たえの家で歓迎会をしてくれるらしい。楠木達も呼ばれてはいるのだけど、つくしちゃんもいるしな。


「あぁ一度帰って、母さんにつくし預けて来る。その後、葵の車で一緒に行くよ」

「つくし、ばあばとじいじとハンバーグ食べに行くの」つくしちゃんが嬉しそうに元気良く言う。あぁ炭焼きハンバーグの店に行くのか。


 隣で「良かったねー」と、たえがつくしちゃんの頭を良い子良い子と撫でている。


「そろそろ着くぜ」と楠木に促されると懐かしい自宅が見え始めた。

「じゃあ、また後でだな」俺は、楠木が後ろに付き出した左手の拳に自分の拳を合わせた。





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