鍵を開けよう5

「そっか、親権はお前が持ったんだ」楠木さ、離婚した後、長女つくしちゃんの親権は楠木が持つ事にしたと教えてくれた。

「大変だったでしょ?楠木君」


「あぁ、育児奥さんに任せっきりって言ってたしな」つくしちゃんが生まれてから、一度会いに行った事がある。楠木似なのに無茶苦茶可愛いつくしちゃんに、たえと二人でメロメロになっていた。


『お前、たえちゃんの前で育児任せっきりとか言うなよ!!』楠木の慌てた声に、二人で笑う。


『まぁ、最初は、ほら離婚の事なんて説明しようが無いだろ?本当に毎日が大変で……お袋とかが手伝ってくれなかったら、どうしようも無くてさ……でもさ、俺もあいつに育児とか任せてて、何にも出来なくてさ……でもさ、俺も仕事仕事って言って周り見てなくてさ……あいつばっかりが悪いなんて事、無いんだよな?もっと出来る事あったんだろうな?なんて……』きっと色々と考えていたんだろう?いくつも後悔をして来たんだろう?楠木の言葉の端々に悲しみを感じて……。


「楠木君……」「楠木……」

 本当に辛く大変だったのだろう、楠木の言葉と一緒に出たため息は、とても深くて……。


「頑張ったな」「うん、楠木君頑張った」

 たえの目端から涙がこぼれていて、思わず俺はたえの肩を抱いた。


『湿っぽくなったよな?悪い。まぁ、そんな感じだ』わざと明るい声を出す楠木に、こっちまで暗くなっても仕方ないなと、

「つくしちゃん可愛いだろ?」


『おぅ、めっちゃ可愛い』


「ねぇねぇ楠木君、つくしちゃんの画像送ってよ!!」

『おっ、たえちゃん見たい?思わず母性本能くすぐられちゃって俺と結婚したくなっちゃうよ?』


「おぃ、お前人の彼女に何言ってんだ?」楠木の言葉にイラッとした俺は少しマジトーンで威嚇しておく。


『おっ、おい、お前のその声色は洒落にならない時のじゃねぇか?勘弁しろ?』ハハハと乾いた笑いをする楠木、


「もう、まこと何やってんのよ?」たえが、しょうがないなと、トンと俺の肩を叩く。


「つくしちゃんの画像は俺の方に送れ、俺から、たえに回すから」


『うわ~、今のお前、昔のお前に見せてやりたいわ』


「何だよ?」


『昔のお前だったら、勝手にしろ!!とか言って凄く機嫌悪くしてそう』


「んなわけ……何、笑ってんだよ、たえ」「だって、楠木君のまことの真似凄く上手かったんだもん」そう言って、「勝手にしろ!!」と俺の真似をするたえ。

 スマホのスピーカー越しに楠木の笑い声が聞こえてくる。


「でも楠木君、こども園の送り迎えとか頑張ってる見たいだね?」たえが、フフンと笑いながら言うと、

『えっ?あれ程言うなって言ったのに……あおいの奴』あおい?葵って確かたえの親友の柊さんの事か?彼女のフルネームは確か柊葵だった。


「あれ?私まだ誰から聞いたなんて言ってないよ?」意地悪そうにニヤニヤ笑うたえ。


 どういう事?とハテナマークを浮かべる俺にたえが、

「柊さんが、今こども園で働いてるの、この前言ったでしょ?」そう言えば、二人で飲みに行った時にそんな話が……。

「何かあるの?」

「うん、ちょっとねぇ~」悪戯そうに笑うたえ。

『ちょっ、ちょっと待ってよ、たえちゃん!!葵いや、柊さんは俺の事なんて言ってたの?』


「まことの前で言っても良いの?」


「何だよ?柊さんと何かあるの?」楠木と柊さんって接点無さそうだけど?


『いや、別にそう言うのじゃ……』歯切れ悪い楠木、少しからかいたくなってしまった。


「何だよ、お前柊さんとお前仲良いの?」


「柊さんから、聞いてるもんねー!!」ニヤニヤとしつつ、嬉しそうなたえ。


『勘弁しろよ、まだそんな関係じゃないんだ』「「まだ!!」」俺とたえの声がハモる。何時もはからかわれる立場が多かったから、少し嬉しくなってしまう。

『ハモるな!!全く、こう言う時は、息が合うんだよな?お前ら。まるで、昔に戻ったみたいだよ』

「そうか?何時もこんな感じだぞ?」


『ハイハイ、お熱い事で、良かったですねー?』少し、ふてくされ気味な楠木に俺達ひ二人で笑う。何と無く、高校や中学時代を思い出してしまった。あの頃から、変わらない関係が嬉しかった。


『その……まぁなんだ、柊いやもう良いや葵はつくしのこども園の先生しててさ、本当に偶然再会したんだ』


「うん、そうみたいだね、柊さんも言ってた」


「その頃の楠木君、かなり疲れてたみたいで、最初は柊さんの事も気付いて無かったみたい」たえは、柊さんから、色々聞いていたみたいで、まるでその場にいたかの様に話し始める。嬉しそうな、その顔は、きっと友人との恋ばなを心から喜んでいるのだろう。


『まあな、あの頃は余裕全く無くてさ、仕事は忙しくて遅くなるし、慣れない事の連続だったしな、何時も迎えに行くのが最後になってさ』小さくため息が聞こえる。


『そんな時に、声を掛けてくれたのが葵でさ、何時も相談に乗ってくれてな。つくしも葵には凄く懐いでいてさ』つくしちゃんの事を語る時、楠木の声は酷く優しく感じて……。こいつ、こんな声も出せるんだな?

「楠木君、お父さんの声してるね?」耳元でたえが囁く。


「俺も、そう思ってた」俺も耳元で楠木が聞こえない様に小声で、たえに話しかけた。

 楠木に聞こえたら、あいつ恥ずかしがるだろうしな。


 それから、しばらくこちらの事、向こうの事、色々三人で話した。楠木と柊さんは、どちらにせよ、つくしちゃんが園を卒園するまでは、大っぴらに付き合う事はするつもりは無いらしい。気持ちは分かるけど大変だなとたえと二人で同情しながらも、楠木達の幸せを祈った。


 楠木との電話が終わった後、たえと二人遅い朝食をしながら話す。


 今日はトーストと温めたホットミルクにインスタントコーヒーを少しだけ入れたコーヒー牛乳。お昼もあるし、休みはこれ位が調度良い。

「……でね、お昼は、あそこのランチなんてどう?」女の子って、食事をしながら次の食事の話なんて良く出来るよな?

「任すよ、取り敢えずパンじゃなきゃOKかな?」トーストを齧りながら話す俺。

「ほら、ボロボロしてる」しょうがないなと言う様な顔で僕を見るたえ。

「じゃあおうどん決定ね?讃岐うどん美味しそうだったんだー!!その後、家具を見に行って……」嬉しそうに満面の笑みを浮かべるたえ。


 そんなたえを見て、嬉しそうに笑う俺。


「ねぇまこと?」


「……なんだ?」


「あの二人、上手くいくと良いね?」コーヒー牛乳をすする。


「良く分からんけどさ」


「うん」


「幸せになって欲しいよな?」


「うんっ!!」そう言ってコーヒー牛乳を一気に飲んで、アチッと火傷するたえ。俺は、笑いながら水を汲んできて氷を入れてたえに差し出す。たえは、冷水に舌を浸して冷やした。「猫見てぇ」と言って笑うと少し、たえが怒った。


 後少しで夏休みの長期の休みになる、そうしたら、お互いの家族に、ちゃんと話をして、婚約をして、そして……二人で暮らし始めよう。色々な言い合いや、些細な喧嘩をしながら、暮らして行こう。


 火傷して、舌を出しながら「見てぇ、赤くなってない?」と涙目になっている、たえを見て笑いながら「大丈夫か?」と、俺はたえのピンク色の舌を覗きこんだ。







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