あおしの閑話 失ったものと得たもの 3
《忍野たえ視点》
爪弾かれた音と、伸びやかな声。
まことの家にプリントを届けに行く途中、懐かしい音色に私は思わず足を止めた。
あの歌もしかして?中学の時にまことがお父さんに貰ったギターで私達は賭けをした。
私の好きな曲を一週間で覚えたら、キスしてあげるって。
これは、私なりの告白のつもりだった。
賭けとは言え、キスしてあげるって言うんだ。普通の人にこんな賭け絶対にしない。
親友の柊さんと、冗談交じりで考えた私なりの告白。ふたりで真っ赤になって、キャーキャー言いながら二人で考えた……。
結局、まことは必死になって曲を覚えたんだけど、その時は、「俺は、覚えたかったから覚えただけだ。賭けでそんな事して貰うつもりは無い」って言ってごまかされた。
ムカついた私は、無理矢理まことの頬にキスをしてやった。あの時の慌てたまことの真っ赤な顔は忘れられない。キスした後に「ざまあみろ」って言って照れ隠ししたけど。
その時の、まことの歌が聞こえんだ。私は、まことの歌が大好きだったんだ間違える筈が無い。
勝手知ったる人の家では無いけど、私は調度、玄関前にいたまことのおばさんに、「おばさん!!上がるね!?」「たえちゃん!?まことなら二階だよ?」「お邪魔します!!」私は階段を駆け上がった。
「まこと!!今のは、まことなの!?」
私がバンと、ドアを開けて大きな声を上げるとギターを持った、まことがキョトンとした顔で私を見ていた。
「そっ、そうだけどさ、何で?」狼狽えながらギターを脇に置こうとするまこと。
「もう一回!!」私の言葉にまことは「はぁ?」といって怪訝な顔をする。
「嫌だよ」ギターを手放してベッドに戻ろうとするまこと。
「駄目!!歌って!!」私の剣幕に狼狽えながら嫌そうな顔をしているまことに、
「私が聞きたいの!!どうしても!!」
「何だよ、ムキになって……」しぶしぶ、ギターを手元に持って来るけど、なかなかその気にはなれない様だ。
「やらなきゃ駄目なのか?」私の方を見て深いため息を一つ、私の真剣な顔にまことはうつ向いてもう一度ため息をして、
「何だか分からないけど、もう一度だけだからな」そう言って、ギターを奏で始める。
最初少しもたついたけど、前奏が終わる頃には、音が安定してきた。
そして、まことが歌い始める。とても優しい歌声だ。
「色んな種類の足音、耳にしたよ~♪」ぞくぞくとする程、セクシーな声に私は、心の中で『これよ、これ!!』とガッツポーズをした。
「これが僕の望んだ世界だ。そして今も求め続ける♪」アコースティックギターの音色と、まことの歌声が一つにハモる。私は自分の顔が少し緩んでるのを感じながら、歌が終わってしまうのを残念に思った。
天は人に二物を与えずって言うけど、まことはズルいな、格好良くて運動神経よくて、その上歌も上手いんだもんな。
「ねぇ、歌って見てどうだった?」「少し恥ずかしかったか……」「そう言う事じゃ無いの!!」私は食い込みに言うと、まことは少し恥ずかしそうに、
「まぁ楽しかったよ、久しぶりに……」
「まこと、歌、凄く上手いもの」
「……まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけど今は、俺は……」うつ向くまこと。
「まだ足の事言ってるの?」
「でもさ、もうサッカー選手には……」悔しそうに歯を食い縛るまこと。
「これで人生終わった訳じゃ無いでしょ?」
思いの外、大きな声が出てしまった。ビックリした顔のまことに、そのまま続けた。
「サッカーや大きな運動は出来なくなったかも知れないけど、小さな頃からの夢は駄目になったかも知れないけど……」自然に涙が溢れてくるのを感じながら、私はまことに問い掛け続ける。
「これ位で、弱音を吐くな青葉まこと!!」
「たえ……」
「まことには。いっぱい良い所あるじゃないか!!」うつ向いている、まこと。
「これ位で、負けるなまこと!!」
「そんな顔は、私の好きなまことじゃない!!」そこまで勢いで言ってしまって、私は言ってしまった事に気付き、顔を真っ赤にする。
「たっ、たえ?今?」まことが、ビックリした顔のまま、硬直している。
「あっ、その……そうっ、好きって言っても幼馴染みとしての好きだからね!?間違えないでよ!?」私は、あわてて誤魔化す様に言った。何よ?幼馴染みとしての好きって?自分でも訳が分からない。あー、まずいな?流石にバレたかも?私の気持ち。
「そっ、そうだよな?幼馴染みとしてだよな?アハハ、ビックリした」あれで、バレないんだ!?こっちがビックリする勢いで、まことは納得した様だ。
少しだけ、バレても良かったのにって気持ちが、私の中になって、少しだけ納得が行かなくて、察してよ、まことのバカ!!
あほまこと、バカまこと、あほバカまこと!!
「たえ……やっと今の状況を理解出来たって言うか、向き合う事が出来る気がする……その、ありがとな?」恥ずかしそうに笑うまこと。
……えへへ、まぁ良いか?まことの言葉に少しずつもやもやしかけた心も、ちょっとだけ晴れた気がする。
「そっ、そう?良かった……ゴメンね勝手な事言って」
「そうだよな!一つ駄目だったからって、諦めるのはつまらないよな?」もう一度、ギターを奏でるまこと。
「なぁ好きなのか?……俺の歌」最初の好きなのか?で、心臓が止まりそうな位驚いてしまう。そっ、そうだよね?歌の事だよね?
「……うん好き、凄く好き……まことの……歌声」駄目だ!!頭の中で、勢いに任せて言ってしまおうかと考えて、ぐちゃぐちゃになって結局、歌の事に逃げてしまった。
「その……ありがとう」まことが赤い顔でお礼をしてくる。
「後さ、リハビリ次第で足もある程度は回復出来るかも知れないらしいからさ、頑張って見るよ」頭を掻きながら、微笑むまことに私は、
「リハビリ手伝うよ!!任せて!!」笑顔で笑い掛けると、
「おい、お前部活忙しいんだろう?リハビリ位俺一人で出来るさ」
「うん、少し部活動の掛け持ちは控えろって言われたから……」まことの怪我から、過度の部活動を控える様に学校から言われたばかりだったのだ。私はあんまり納得していなかったけど。
「たえ、本当は部活やりたいんだろ?」じっと、まことが私を見つめる。
「やりたいって言うより中途半端は嫌いなだけ、まことなら分かるでしょ?」
私と同じ様に頑張って、私と同じ様に何事にも一生懸命なまこと。彼は、いつも私の前にいて頑張っていた。
「まぁな、でもさ無理はまずいんだって今回の事で少し分かったかな?」そう言って苦笑いをする、まことの怪我した足を私は軽くつつく。
「かもね?だから、空いた部活の分だけ、一緒にいて上げる……ううん、私がそうしたいの」ギブスされた、まことの足は固く冷たかった。
「なぁたえ」まことの声に、なぁに?と呟く。
「ギブス取れたら、軽音楽部にでも入って見ようかな?」恥ずかしそうに笑うまことに、
私は、真顔で「私も入る」と呟いてしまった。
私だって、歌は好きだし、ピアノだってひけるし、まことと一緒にいたいし!!
「いや、お前部活の掛け持ちが大変だって言ったばかりだろう?」慌てるまことに、私は散々駄々をこねた。
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