温泉旅行が当たりました10

 所々を淡く照らしている祭り後の残照が暗い慣れない夜道を歩く二人には唯一の頼りだった。


 夜風は肌に心地よく祭りとちょっとだけ2人の間におきた恋人同士の秘め事によって熱くなった頬を冷やしてくれた。


「祭り楽しかったな」

「うん」


「ランタン綺麗だったね」

「あぁ」


「テレビ局は、びっくりだったな」

「うん」


「案内の女の子達、可愛かったね」

「あぁ」


 どちらかが話せば生返事で答えるを何度も繰り返し。


 気がつけば旅館の入り口の近く歩いて来ていた。旅館の入り口は昼間は分からなかったけど、松明の様な物が飾られており、本物の炎がチラチラと燃えていた。


 柔らかく暖かい炎を見ていると心まで癒される気がする。炎を尻目に門をくぐろうとすると、着物の袖を引っ張られる感覚に少し驚てしまう。


 たえが俺の浴衣の袖をつまんで、うつ向いていた。


 疲れたのだろうか?少し心配になる。


「ねぇ汗かいちゃったし……温泉に入らない?」


「ん?あぁ、そうだな疲れただろ?」


 今日は色々あったしな。


「ありがと少し疲れたかな?でも大丈夫」


 確かに夜風は涼しいとは言え、かなり歩いて汗もかいている。どのみち、もう一度入ろうとは思っていた。


「着替え取りに行くか?」


「……うん」


 疲れているのかな?たえは少し歯切れが悪い。


「ワンカップやお酒、買って風呂で飲めるみたいだぞ、やってみたらどうだ?」


「へーそうなんだ。うん、やって見ようかな?まことは?」


「俺は飲めないってーの、まぁ情けない話だけどな」


 コップ一杯も温泉で飲んだら酔いが回ってすぐグダグダになってしまうだろう。


「一口だけでも良いじゃない」


「あのな一口の為に一杯分、買うのかよ?」


 いくらなんでも効率悪すぎだろ?


「だから……一緒に飲めば。」


 たっ……えっ?一緒に?


 部屋の露天……マジか……。


 深くため息をつき頭をかきながら、たえの方はあえて見ないで。


「無理はさせたく無いんだ」


「それにお前が恥ずかしがり屋なのも知っているしな。」


 やけに松明の炎の音が耳に残った。


「その本当に……いいのか?」


「聞かないでよバカ」


 俺の浴衣の袖に顔を埋めて、たえは恥ずかしがっていた。


「ゴメン」


「……バカ」赤い顔して謝った俺の言葉にたえは、もう一度だけ言った。


 ☆☆☆


 部屋についている露天風呂は檜で出来たフロアに体の洗い場とシャワーそして大人が二人から三人程、足を伸ばせば満員になってしまう大きさの総檜の露天風呂には絶えず温泉がかけ流しされている。


 風呂場にはメインのライト以外にスイッチを入れると淡いオレンジの丸いランプがついていて、まるで、さっき打ち上げたランタンの明かりを思い出す。


 俺は洗い場で体の汗を流しながら体を洗った。


 少しムキになる位、念入りに洗った後シャワーで流すと少し体がヒリヒリした。落ち着けよ俺。


 お風呂に入ろうとした時、部屋の方から聞き慣れた声がする。


「まこと……もういい?」


 たえの声からの緊張感に更に緊張してしまう。


「あっ、ちょっま……入るから!!」

 緊張からか、少し声が上擦り大きくなってしまう。


 俺が湯船に入ると温泉のお湯が大量に溢れだした。


 ゆっくりと大きく息を吐く。相変わらず良いお湯だ。


「電気……消すね?」


 そう言って、たえが電気を消すと目が光に慣れていたのか、急に真っ暗になる。


「凄い真っ暗、何にも見えないよ」


「大丈夫かよ?足元、気を付けろよ。」


「うっ、うん」

 俺の声にたえが、少し心配そうに答える。


 しばらく、たえの恐る恐る歩くキュッキュッというフロアを滑る様に歩く足音と

 時折聞こえる「あっ」と言う声が聞こえる度に心配になる。


 二度三度、続くたえの声に堪えきれずに、


「ストップたえ!!やっぱり電気をつけよう!!」


「えっでも……」


 躊躇うたえに俺は続けた。


「ケガされる方が嫌だ無理は止めよう」

 

 しょうがない、たえがケガをする方が怖かった。


 たえは黙ったままだった。


「たえ?」


「うん……つけるね」


「あぁ後で交代で入ろう」


 急に灯りが点いた。


「まぶしいっ」


 調度、照明の灯りが目に入ったらしい眩しさに瞬きをしながら、ゆっくり目を慣らす。


 慣らしながら、ゆっくり今日の事を考えていた。 


 今日は初めてたえとキスをした。


 前に進めたんだ。色々慌てたってしょうがないじゃないか、


「ねぇ、まこと?」


「ん?」


 灯りに目が馴れてに声がした方を見ると、


「後ろ向いてて……」


 大きなタオルを巻いた、たえがこちらに歩いて来ていた。


「ちょっ、たえ!!」


 慌てて後ろを向く。


 自分で持って来たのだろうか?大きめのバスタオルと長い黒髪をまとめて上げシュシュで纏めている。


 落ち着け、少しは落ち着け俺。


 小学校高学年とはいえ一緒にお風呂に入った事位、あったじゃないか?


 それに元々こういう風になる事は考えていた事だろう?


 そうだ俺達は情けない事ながらお酒の力が働いている場面以外で、そこまでベタベタする様な事はした事が無かった……と思う。


 急に唇を意識してしまう。


 落ち着け落ち着け俺の心臓!!出来ないなら止まっちまえ!!


 激しい心臓の音と溢れている温泉のお湯の音と、近づいてくるたえの足音が俺を冷静にさせてくれない。後ろを向いているとタオルが擦れる布ずれの音とたえの声が最後通告の様に聞こえる。


「入るね」


 自分の背後でお湯に入るチャポンという音と溢れるお湯が……。


 後ろを振り向きたい欲求と振り向いたらどうなってしまうのだろう?と言う少しの罪悪感が混じって頭をグチャグチャにした。


「ふうっ」


 自分の背後でする、たえの溜め息にドキドキしている自分を誤魔化す為に、


「どぉうだ良い湯加減だろぅ?」


 余裕を見せる様に言おうとするが、声が上擦った。


「うっうん。いぃ湯加減だねえ?」


 ザバッと言う音がして慌てた様に上擦った声がする。


 慌てた人を見ると自分が落ち着くらしい。


 よく分からない理由で出来た余裕が俺にこんな言葉を吐き出させた。


「あのさ、そっちを向いても良いか?」















 

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