温泉旅行が当たりました4
「バーカ、バカ!!全部まことが悪いー♪!」
車の中で流れるロックチューンに節を付けるように、たえが、シャウトする。
真っ赤な顔をして、ペットボトルをマイク代わりに熱唱している。
「そうさー♪、俺が悪いのさー♪何時も、お前の心を掻き乱すー♪」
そんなたえの熱唱につい横槍を入れたくなって、ついつい俺も歌い出してしまう。
「あーもう、無駄に上手いのが、ムカつくー!!」
プンスカ怒るたえもまた可愛らしくて、つい笑ってしまう。
運転じゃ無かったら、ギターの弾き語り位してやるんだけどな。まぁ、それじゃあ、たえのストレス発散にはならないか?
サイクルランドでの揉まれるのが好き発言から、テンションが変になってしまった、たえは「あーもー!!」と突然大きな声を出したり、車の中のクッションに顔を埋めて、悶えている。
よほど恥ずかしかったのだろうな、可哀想に。
少し落ち着かせ様と、車内BGMをピアノのインストゥルメンタルに変えた。
「ちょっと落ち着こうか、お互いに」
「うん、ごめんね」流石に騒ぎすぎたと思ったのか、たえも素直に謝った。
「なぁたえ、後ろのクーラーボックスからジュース出してくれるか?」
「うん何の……あぁ、これね」クーラーボックスから、迷わずにドクペを取り出した。
「流石たえ」
「えへへ、一口ちょうだい」何の躊躇いも無く俺のドクペを開けると一口飲む……。
「まずぃ、凄く不味い」
あーあ、こうなるのは解っていたのに……。可愛い舌を出して、しかめっ面をするたえから、ドクペを受けとると、
「馬鹿だな、ほら、紅茶入ってるから飲みな」そう言ってドクペを煽る様に飲む。
うーん、この独特の味が良い。
「あー紅茶美味しい、紅茶最高ー♪」おどけるたえに二人で笑った。
そうして、車の中で一時間たった頃には、たえも、やっと落ち着いて来たらしく窓から見える景色を楽しんでいた。
「綺麗だな」
「えぇ、新緑の緑が目に痛いくらい」
横目で、うっとりとした顔で、外を眺めているたえを見る。日の光で、たえの黒髪が煌めいている。
あー気温が熱く無ければ、オーブンカーにでもしたのにな。たえの風にたなびく長い髪も見てみたかった。
「流石、現国の教師」
俺の幼馴染みの忍野たえの職業は高校に勤めている教師、教えている科目は、さっきも言っていたが現国だ。
実は、俺も教員免許は持っているが、結局は、教育実習中に色々あって教師は諦めた。
女子校怖い。
「ようやく、落ち着いたみたいだな」
今日のたえは、はしゃぎすぎていた。
「ごめんね、本当にテンション上がりすぎていた見たい」
たえの言葉に内心、ほっとしている。
今日のたえは、はしゃぎ浮かれ逆上せて普段のたえらしくなく、まるで酔っている時のたえの様だった。
「凄く楽しみにしてくれてたみたいで、嬉しいよ」
「うん、本当に旅行が当たっていたのは、びっくりしたけど」
温泉旅行が当たった話は、封筒を見せて、やっと信じて貰えた。
「そういえば、その当たったアニメ、君と歩こう旅天使だっけ?生徒達に聞いてみたんだけど、凄い人気だったらしいわね?」
大ヒットラノベからアニメ化した作品。
『君と歩こう旅天使』
無愛想な高校生の男の子と天使の様な女の子がバックパッカーで旅をする感動的な話なのだ。
黒髪の天使が凄く可愛らしくて、一気に物語に引き込まれてしまった。その誰かさんに似ていてね。
言わないけどさ。
「まぁね、控えに言って凄い面白い!!全部録画してあるけど、今度見るか?」
オタクが彼女に推しを薦めるこの瞬間が、一番気になる所だ。俺は少しドキドキしていた。
彼女に拒否ならともかく、キモいと言われたら、もうしばらく立ち直れない。
「あっ、本当?見たい見たい!!」
嬉しそうに言うたえに、心の中でガッツポーズする俺。
「生徒の子が、ヒロインが私に似てるって言ってて気になったんだよね。」
……あれ?
「そっ、そうかなぁ?いやぁ全然その、ねぇ。」
落ち着け俺、うん。
この作品、非常に面白いのだけど、ちょっとだけエッチなシーンがあって、作中に温泉入ったりとか、着替えを覗いちゃったりするラッキースケベ的展開がある作品だぞ!!
ヒロイン=彼女として見てたと思われたら…。
思考を停止しました。
おっと、調度良いタイミングに、流れるバラードに歌い出す俺。
さぁ、俺の歌に酔いしれろ♪
「そーー♪」
ブニュ、俺の頬に突き刺さる指。
「歌の最中なのですが? 」
「そんなに私に似てたの?ヒロイン」
はわわ、完璧な作戦が……。
「運転中だよー」
「ねぇ?」
ブニュ。
「…ちょっとだけな」
「そっ」
何故か、凄く満足げに歌に合わせてハミングするたえに、まぁ良いか?と、歌の続きを歌い出した♪
運転中のイチャイチャは、ほどほどに(2回目)
「そういえば、私、まことと歩いている所をうちの生徒に見られちゃってたみたいでね」
ふーん、生徒にね…。
「はっ?大丈夫なのか、それ?」
何時だ?誰に見られてた?って言われても俺には解らないか?
「えぇ、この前、旅行の準備に買い物に行ったじゃない?」
「あぁ、ショッピングモールに行った時か?」
「うん、あの時、一緒にいたのを見られたみたい」
たえの口元が微笑んでた。何でだろ?
「何で、そんなに嬉しそうなのさ?」
素直に、疑問を口に出してみる。
「うん、いつもはあまり素直じゃない子がね、私が凄く幸せそうだったって」
まぁ、悪い子じゃなさそうだな?
「へぇ、どんな子なんだ?」
「いつもは、すぐ私にちょっかいかけてくる、やんちゃな子なんだけどね?」
ちょっかい?やんちゃ?
「なぁ、たえ?その子、女の子?」
「ん?男の子だよ?キャッ!!」
思わず、ハンドルを持つ手が緩み車が蛇行気味になった。
「ごっ、ごめん!!」
危ねぇ、少し気が緩んだと言うか慌てた。
「大丈夫?」
「おう何とか、悪かったな」
少し反省していると、
「でもね、良い子なんだよ。」
たえに、とっては大事な生徒なんだろう。
「……その、他には何か言って無かったのか?そいつ」
「悔しかったって」
少し慈しむ様に、たえが微笑む。
「悔しいけど、勝てる要素が無いって、言ってたわよ、焼き餅焼きのハンサムさん!!」
たえが肩を軽く叩いた。
うっせ、分かってるじゃないかと憎まれ口を叩こうと、したんだけど、少し考えて止めた。
俺には出来るだろうか?
好きな人がいて、その人が自分とは違う誰かと歩いていて、その人がとても幸せそうで……。
「たえ?」
なあに?とこちらを見る。
「お前は、俺のモンだから」
ずっと、これからもずっと。
後半の言葉は、胸の奥に隠した。
いつか胸を張って言える様に。
俺は、手の平で、たえの頬を包み、優しく笑った。
☆☆☆
オレンジのコペンが山道を抜け、また海岸線に向けて走って行く。
この細い坂道を抜けた先にあるはずだ、たえを連れて行きたかった場所は熱海ぬいぐるみミュージアム。
意外に、可愛い物好きな俺の恋人を一度連れて来たかったんだ。
ちょっとだけ、嫉妬心の塊の俺は、心の中で、
『名前も知らない小僧、お前の知らないたえを俺は沢山、知ってるんだぞ?』
ざまあみろって…。俺は大きなため息をつく。
「嫌な奴だな俺は」
突然、声を出した俺にびっくりしつつも、たえは、くすりと笑って、
「嫌な奴でも私は好きよ、そんな所も全部、引っ括めてまことが大好き」
勝てないなぁ、普段はボーッとしているくせに、俺はたえに微笑みながら……
「知ってるよ」
そう言ってドクペを一気飲みした。シュワシュワした刺激が喉の奥に残って爽やかだけど何となく苦くて……。
俺、たえに相応しい男にならないとな、なんて思っていた。
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