結婚するって本当ですか 2

 とにかく、そこにいるうわばみが、酔いつぶれる前に聞く事は聞かないと!!


 どうせこの後、最悪の気分を味わう事になりそうなのは解ってるけど今日は色々はっきりさせると決めて来たんだ。


 まったく、人の気も知らないで……。旨そうに食べ、旨そうに飲む、そんなたえを横目で羨ましそうに見ながら!なんとか話を切り出そうとする。


「あのさ、結婚の……」


「豚肉のチーズフライ一つお願いしまーす!!」


 ちょっと?


「あのさ、たえさん聞きたい事が……」


「鯵の南蛮漬け美味しそー!!」


「おいっ」


「えっと冷奴を……」


「たえっ!!」


 一向に話を進ませてくれないたえにシビレを切らせる。


「……何よ」


 ブスッとした顔をしているたえを正面から見据えて……やっぱりキレイだな。じゃなくて!!


「お前さ……少し話をしようぜ」


 俺から視線を反らして、無言で最後の砂肝をモギュるたえ。


「あのさ、今度の話お前にとっても、おめでたい話なのは、解ってるけどさ」


 無言のたえを無視して話を進める。あいつのペースに合わせていられない。


「急な話過ぎて、頭が追い付かないんだよ」


「……何で?」


 たえは急に不機嫌な顔をして、お酒で砂肝を飲み込む。


「何でって……」


 急な反撃に言葉が詰まる。


「別に、何ヵ月も会って無くても気にならないんでしょ?」


 なんだよ?急に。ふて腐れた様な、たえの言葉に苛立った。


「あのな、それを言ったら、お前だって何の連絡も寄越さなかったじゃないか!?」


「それは、その……」


 俺からの言葉に黙り込むたえ。向こうも、上手く言葉にならない様だ。


「大体、その間にお前だって俺に黙って結婚するんだろ!?」


 そうだよ、こいつは結婚するんだ、俺以外の奴と。


 ふざけんな!!話しているうちに無性に悔しくなって、腹がたって……少し、頭のネジが飛んだ。


「俺はな!?新しい部署になって、訳解らない事ばっかりで、本当に暇なんか無かったんだよ!!」駄目だ、言葉が止まらない。


「仕事して帰ったら寝る、仕事して帰ったら寝る、仕事して帰ったら寝る!!の繰り返しでさ」


 半分は、八つ当たりなのは、解っていた。でも、どうにも止められ無かった。


「じゃ、じゃあ、3ヶ月前の金曜日、女の子と駅前歩いてたの何?」


 その言葉にムキになった、たえが睨みつけてくる。もはや、二人共他人の目なんて気にしていなかった。


 3ヶ月前?何の話だ?


「はぁ?そんな前の事なんて……3ヶ月前の金曜日?」


 何だよ急に?少し酔いの回り始めた頭で考えてみる。


 だいたい忙しくてそんな暇は無かった時期だよな?……あっ?


「あぁ、部署の新人歓迎会の時か?」


 それ位しか思い当たらない。と言うより、それ以外は夜出歩いた事なんて無かったはず。


 本当に、あの時は最悪だった。


 仕事が押して集合場所に着いたのは、2時間後、着いた頃にはほとんどの人が酔い潰れていると言う修羅場だった。


 その後は、どうだっけ?


 えーと、あぁ、酔った同僚の子を駅まで送って行って……そうそう、ホテル誘われたけど、上手く逃げたんだったって……。


「ん?ちょっと待て、お前まさかあれ見てたのか?」


 少し血の気が下がる。


 確かあの時は……必死の脳内リプレイをしながらその時の事を思い出そうとしていた。


 ☆☆☆


「ねぇねぇ、青葉君、凄いよ地面揺れてるー!」


 同じ課の先輩の木本さんが、酔ってふらふらしている。

 それに合わせて特徴的な胸部がユラユラと揺れていた。

 ふらふらとユラユラか?少し笑いそうになった。


 彼女の服装はワイン色のフレアスカートにゆったりした白いトレーナーそしてピンクのカーディガンを羽織るっていう、ゆるふわコーデ。

 そして、ゆったりとしたトレーナーを窮屈にさせている殺人的なお胸。


 髪型もフワッとしたロングに毛先を癖毛風にカールさせて服装に合わせているのか、髪型を服装に合わせているのか。


 しゃべり方も、おっとりとしていて可愛らしい。きっとモテるんだろうな?


 きっと、その時の俺も少しばかり鼻の下を伸ばしていた様な気がする。


「ねぇ、青葉君は、彼女とかいるのー?」


 ニコニコと、可愛らしい酔っぱらいが聞いてくる。


「あーまぁ、一応いません」


 一瞬、誰かの生意気そうな顔を思い出したが、慌てて消す。今日はお休みしてなさい。


「あれー?やっぱり彼女いるんじゃない?」


 幼馴染みの事を考えていた俺の考えを読んだ様に、ニヤニヤしながら木内さんが、俺の顔を覗き込む。


「いっ、いませんよ、そんなの。彼女なんか作ってる暇無かったですから」


 えーい、出ていけ脳内幼馴染み。


「えー勿体ない、青葉君モテるでしょー?」


 そんな事は、と言いかけるが、学生時代から女性に言い寄られる事は多かった様な気はする。


 その度に、誰かさんとの事を誤解されて潰れてはいたけど。


「……あはは、どうですかね?」


「今の感じ、やっぱりモテてたな?ほら、吐け吐けー」


 頭を掻きながらごまかすと、彼女は俺の腕をとり体を寄せてきた。こういう事に馴れない俺の思考を刈り取るつもりなのかな?


 この人、やたらとボディータッチが多い。


「ねぇ青葉君、馴れない職場で疲れたでしょ?」


 うっ、柔らかい物当てて来るなぁー。笑って誤魔化す。


「私も疲れちゃったー」


 可愛らしく、ぐでっとしたまま木本さんが体重を俺の方へかけてくる、ねぇねぇと呼ばれたのでそちらを見ると、チュッという軽い音と一緒に……。


 頬に柔らかい感触を感じる。


 慌てる俺に彼女は耳元で、


「ねぇ、どっかで休憩してく?」と熱い吐息をかけてきた。


 頭が真っ白になる。


 これって、あれだよな?


 俗にいう、お誘いって奴で……。


 これから、ホテルで大人のお付き合いを?


 心臓がバクバクする音が、さっきから凄い。


 どうする?どうする俺?焦りながら、それを誤魔化す様にキョロキョロしていると……。


「あれ?まこと!!あっ!?」


 ん?今の声?慌てて辺りを見回す。


 髪の長い女性が、走って行くのが見えた。


 えっ、たえ?


 気のせいか?慌てて二度見するけど、そこには、もちろん幼馴染みはもう、いなかった。


 まさかな……、あいつがいるわけ……。


 急に冷静になってしまった。急に冷水をかけられた様な気がする。


「すっ、すいません!!」


 慌てふためく女性経験弱者(俺)


「あぁ、いけない、幼馴染みがじゃない、電車の時間が来たので!!」


 俺はその場でお辞儀をすると、みっともなく木下さんを置いて、駅の構内へ走って行った。


 後ろから、木下さんがフワフワと「青葉君またねー」と笑顔で手を降っていた。


 ☆☆☆


「じゃあ、あの時のお前は、幻でも何でも無くて……」


「……幻?」


 不思議そうな顔をするたえ。


「いや、何でもないって言うか、あれは酔っぱらいの冗談だったんだから、何でもないし、なっ何もしてない」


 まぁ、あの後、何故か同性愛者説の噂が流れて、誤解を解くのが非常に大変だったけど……。


「その割に、デレデレしてた癖に」


 ジト目で見られて、思わず目を下に反らす。


 で、今やっと気付く。


「お前、その格好……」


 ワイン色のフレアスカートで中は緩めのトレーナーを着て外にピンクのカーディガン……俺は頭を抱える。


「エヘヘ、やっと気付いた」


 いたずら成功な顔をする、ゆるふわコーデ(木本さん偽物)


 頭を抱えている俺に、うぇーいと調子に乗って何度も指で俺の頭をつつく。


「あのな!!そんな事は、どうでも良いの!!」


 キレ気味に言うと、たえは、ムッとした顔で、


「どうでも良く無いわよ」


 と呟いた。


「あの後、凄く悩んだんだから」


 俺は箸の先で、フライ用のソースをかき混ぜながら、ゆっくり考えていた。


「そっか、悪い……色々考えてくれたのにな」


 もう、遅いんだろうけどさ……


「ううん、良いよ別に」


 良いかぁ。


 ちょっと待て、良いわけあるか!!


「なぁたえ、お前、結婚するって本当なのか?」


 もう、どうでも良いや!!


 全部ぶちまけてやる。


 長年溜まった思いも、幼馴染みっていう呪縛も、


 知りすぎちゃって恋人には見れない?


 何だそれ?


 もはや兄妹だね?


 んな訳あるか!!


 俺の為に伸ばしてくれた髪も、会えば憎まれ口ばかりで可愛くない所も、そんじょそこらのアイドルにも負けない位の顔だって。


 成人の祝いを二人でしたあの夜、お前は記憶が無いと言ってたけど酔ったお前に俺は……。


 俺は……俺は……。


「うん、結婚するよ……」


 たえは少しだけ、居心地悪そうに言った。


「その……お姉ちゃんがだけど」


「……は?」


 頭が真っ白になった。

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