第6話 深夜の悪だくみ

 前世の記憶を思い出し、一ヶ月ほどが過ぎた。


「すぅ~………はぁぁぁ~………」


 深夜に行う呼吸法の練習。

 あれから毎日続けてきた甲斐があって、漸く成果が出始めてきた。


「すぅ~………はぁぁぁ~………」


 体が出来上がっていない分、呼吸は意識的に強く、大胆に。

 体の中で焚き火を大きく高く膨らませていくイメージだ。


「ぐぅ……痛ぇ……!」


 全身を覆う熱と痛み。

 苦しいが、この痛みこそ呼吸が効いている証拠だ。


「体も軽い……悪くないぞ」


 寝たきりで効果の検証は不十分ではあるが、実感はあった。

 この呼吸法は、今の俺に合っている。


 使うだけで痛みを伴うというリスクはあるが、これを使うことで、俺の体が本来持つものより、遥かに高いバイタリティを得ることができる。

 心なしか、痛みが強ければ強いほど、効果が上がるような……いや、これは思い込みかもしれない。

 過信しすぎは良くないな。あくまで仮説だ。


 痛みに関しても、もしかしたらやりようによっては緩和できるかもしれないが、今は後回しでいいだろう。


 痛みはある程度我慢できる。

 リバールとして培った精神的にもそうだし、意外にも生まれてからずっと病に痛めつけられてきたからか、アルマの身体的にも痛みへの耐性があるようだ。


「ふぅ……よいしょっと!」


 とりあえず、ベッドから抜け出し、その場で逆立ちしてみる。

 少しよろけてしまったが、なんとか体勢は維持できた。

 ふらふらと頼りない感じになってしまうのは、平衡感覚が悪いというより、筋肉のバランスがすこぶる悪いからだろう。

 骨格から筋肉の付け方は考える必要はあるが、最低限の筋トレは早い内に始めるべきかもな。


「ふっ! やっ! はあ!」


 逆立ち状態から腕の力で跳び、両足で着地。

 そして、蹴りや拳術の型を一通り実践してみる。


 ……うん、完璧からはほど遠いが、ある程度の再現はできそうだ。

 今はまだ、ただ拳を振るい、足を上げる程度の真似事でも、鍛練を重ね体に染みつかせれば、十分技として使えるようになる見込みがある。


 筋力をつけ、呼吸の精度を高めていけばおそらく……という、多少願望が混じった予測ではあるけれど、今までの暮らしを踏まえれば、十分過ぎる進歩だ。

 

「ゴフッ……んぐ。後は、体力をつけるならやっぱり走り込みか? この肺が爆発しないか心配だけど。それとやっぱり剣が欲しいな~」


 胸の奥から這い出てきた血を胃に落としつつも、つい独り言を呟く。

 思ったよりも上手くいって、自分でもテンションが上がっているのが分かる。


 そして一個上手くいけば、次々と欲が出てくるものだ。


 その一つにして、最大の不満は……やはりこの部屋か。

 鍛錬を詰もうと、この部屋だけが俺の世界である、という現実を覆さないことには何も変わらない。


 広めの部屋といっても当然、走り込むなんで無理だし、仮に剣を手に入れても振るには手狭だ。


(確かこの屋敷には中庭があったはず……そこが使えれば随分違うのだけど。それか私兵用の訓練場とか。クレセンド家は騎士の家なんだから、それくらい屋敷内にあったっておかしくない)


 後、夜中だけじゃなく、日中も訓練できるようになればなお良い。

 今だって、本当はその方が好ましいんだ。なぜならアズリアが見ていてくれるから。


 もしも彼女が協力してくれれば、非常にありがたい。

 俺が限界を超えてぶっ倒れても、彼女に介抱してもらえるし。

 そうなれば、うっかり野垂れ死んでしまう心配もなくなる! 安心して意識を飛ばせるなんて最高じゃないか!


 今は正直、このまま眠ったらそのまま死んでしまうんじゃないだろうか……と、不安に感じる夜も多いし。


(とはいえ、アズリアの性格を思えば……余計な心労を患って、やっぱり部屋に閉じ込めておこうってなる可能性の方が高いけど)


 上手いこと彼女を味方にできたらいいが、正直に頼んでもきっと通らないし……正直、彼女が俺の危険を黙認してくれる未来が見えない。

 何を言っても、体を大事にすることを優先し、諭されるに違いない。


(でも、俺が言っても駄目なら……もっと上からならどうだ?)


 例えば、この家の当主であり、アズリアの雇い主である父から言ってもらえれば、アズリアも断れないだろう。

 ただ、正直アズリアの説得より、父の説得の方がよほど難しいだろう。


(正直、あの人の考えはまだ読めない。俺を哀れみ慈しんでいるのか、それともやはり疎ましく思っているか……)


 普通に考えれば後者だが、わざわざアズリアを専属のメイドにつけるというのは手厚く感じる。

 親としての情愛があるなんてのも……いや、案外有り得るんだよな。

 クレセンド家は、そういう家なんだ。父はともかく、母は俺を本気で心配してる気がするし。それは切り捨てられない弱さとも呼べるかもしれないが。


 そして父と母以外にも――


「ん? 待てよ……そうか! 説得するなら何も両親相手である必要は無い!」


 ピンっと頭にナイスなアイディアが降りてきた!

 

「そうだ。あの人ならアズリアへの発言力もある! とはいえ、どう連絡を取るか……アズリアに上手く動いてもらえればチャンスはあるかも。上手い言い訳が必要だけど、とにかく会いさえすれば……!」


 真っ暗な部屋の中で、俺は企みを膨らませてほくそ笑む。

 

 まるで悪だくみをしている感じもするが……いや、間違いでもないか。


 これはおそらく、アルマ・クレセンドにとって、生まれて初めての悪だくみに違いない。

 

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