第48話 特別マッチ

 委員長にぶん殴られて気絶したヤクトは、ティリアたちから回復魔法をかけられ、すぐに目を覚ました。


「身体に異常はないか。ヤクト」


 ティリアが厳しい口調ながらも、ヤクトの身を案ずる。


「くっ。申し訳ありません! まさかワーウルフが盗賊のような小細工を弄してくるとはっ!」


 ヤクトは唇を血が滲むほどの勢いで噛みしめ、俯く。


 ぶっちゃけかなり小物っぽいやられかかただったから、そりゃ後悔するわな。


「ヤクト! そなたは自らのしでかしたことの重大さをわきまえておるのか!」


「『みだりに神に誓いを立てることなかれ。誓いを立てたならば必ず果たすべし』との御言葉を忘れたとは言わせないぞ。お前は、偉大なる聖光神の名の下に誓いながら、それを破った。すなわち神の名を汚したのだ」


「ははっ!」


 仲間の光神教徒から叱責されたヤクトはひらすら平身低頭する。


「その辺にしておけ。敗者を追い詰めるのは、光神様の慈愛の御心に反する。……魔王ジューゴよ。あのワーウルフの動き、ただ者ではあるまい。奴の身体を操っている者がいるな?」


 ティリアは仲間の光教徒をたしなめつつ、俺に確信に満ちた声で問うてくる。


「分かるか? 実は俺の仲間が――。お、きたきた。あいつだ」


 俺は、酒場の扉から入ってきた、一人の人物を指さす。


「ああー! 興奮したー!」


 スッキリした顔をして伸びをする委員長が、俺たちの方にゆっくり歩み寄ってきた。


「ほう。女か。名前は?」


「ん? 私? 宮園真那だけど?」


 委員長はテーブルに置いてあったペットボトルの水をぐびぐび飲む。


「そうか。マヤ。先ほどの戦は見事だった。マヤは最初、ただのワーウルフを装っていたな?」


 ティリアは微笑と共に委員長を称えてから、そう質問する。


「そうよ。正攻法だとかないそうになかったから、奇襲にかけるしかないと思ってね。わざと単純な戦い方で私が憑依してるとバレないようにしていたの。相手を油断させるためにね」


 委員長は口の端についた水をハンカチで拭う。


 その楚々とした仕草は、さっきのバイオレンスな委員長とは似ても似つかない。


「な! 貴様、卑怯だぞ!」


 ヤクトが顔を上げて叫んだ。


「はあ? だったらあんたの魔法の方が卑怯でしょ。飛び道具に接近不可能な壁とか。壊れキャラにもほどがあるでしょうが」


 委員長が昂然と言い返す。


 魔王の俺がいうのもなんだが、確かにあれはチート臭かった。


 ほんとよくあれに勝ってくれたよ。委員長は。


 おかけげで客は盛り上がったし、ファイトマネーもケチれる。


「見苦しいぞ。ヤクト。相手の手の内が分からないのは、ヤクトもマヤも同じ条件だった。しかし、相手を侮らず冷静に戦略を立てたマヤに対して、お前は策もなく先入観と慢心で敵に当たったのだ。敗北は当然だ」


 ティリアは淡々とそう言い放つ。


 さすがは公明正大で有名なだけあって、ティリアは身びいきをしない性格らしい。


「しかし、相手のスキルが分からないのと、そもそも戦っている相手が分からないのでは、困難さが違います」


 ヤクトが力ない声で言い訳を繰る。


「貴様はもしこの店の外であっても、同じことが言えるのか。もしここが闘技場でなければ、貴様には弁明する口もなく、ワーウルフに屠られ、光神様の御許に召されていたのだぞ」


「っつ」


 ヤクトは反論することもできずに俯く。


「光神様に誓って敗れるたのは確かに悪い。しかし、それ以上に許されないのは自らの過ちを顧みないことだ。違うか?」


「はっ。違いません!」


 ヤクトはもはや弁解の余地もなく、歯を食いしばって頷く。


「人は失敗からこそ学ぶものだ。此度のことを奇貨とし、光神様の御心に叶うように励め」


「はっ。今回の失敗を肝に刻み、精進致します」


 ヤクト祈りの仕草と共に、再び深く頭を下げた。


「ならば良し! もう私からは何も言うまい」


 ティリアは歯切れよくそう言って、罪を許すとでもいうかのように、右手をヤクトの頭の上の置く。


「お言葉ですが、ティリア様。このまま魔王に負けて帰ったとの噂が広まれば、よろしくないですぞ」


「ええ。メリダ派をはじめとする反対派の者たちを勢いづかせることになります」


 仲間たちが小声でティリアに忠言する。


「ふむ。それも一理あるな。……魔王よ」


 ティリアは頷いて、俺に向き直る。


「なんだ?」


「ヤクトの不始末は、彼の先導者たる私の不始末でもある。よって、私がヤクトの代わりに彼の光神様への誓いを果たしたいと思うのだが、そのために、もう一試合組んではくれないか?」


 『なに? あのティリアが戦うだって!?』


 『おいおい。これは見物だぜ!』


 その発言を聞いた客たちが、勝手に盛り上がり始めた。


「いやいやいや。そんなこと急に言われても困るぞ。俺の所には、あんたとまともに戦える戦力なんていねえし!」


 俺は慌てて首を横に振る。


「そんなことはないだろう。どうだ。シャテル。私への積年の恨みを晴らすいい機会だぞ」


「お断りじゃ。なんで、わらわがお前の引き立て役になってやらねばならぬのじゃ。腐れ神官どもはそのまま負け犬らしくスゴスゴと尻尾まいて逃げ帰るが良いのじゃ。ケケケケケ!」


 シャテルがティリアを挑発するようにM字開脚する。


 何かグラビアポーズの使い方が間違ってる気がするが、確かに見てるとちょっといらっとしてくる。


 何か知らないけど、こいつにだけは当たりが強いよな。シャテルは。


 グリシナとはそれなりに上手く付き合ってるところを見ると、過去の因縁云々以前にこの二人は生理的に合わないのかもしれない。


「ふん。私に負けるのが怖いか?」


 ティリアが鼻で笑って、シャテルを睨みつける。


「その手には乗らぬぞ。この狭いフィールドでは、遠距離戦を得意とするわらわは不利じゃからな」


 シャテルは全く相手をせず、テーブルに突っ伏して目を閉じた。


「ふむ。シャテルは無理か。……ならば、こうしよう。今回、私は魔法も、天使様から授かった加護も、神具たる裁きの鉄球エグゼスタも使わない」


 ティリアが名案を思い付いたとでもいうように手を叩いて、口角を吊り上げる。


「ティリア様! 何をおっしゃるのですか! 危険ですぞ!」


「そうです! もし、ティリア様のお力が弱まった時に、魔王が二心を抱けば、不測の事態が起こらぬとも限りません!」


「然り。魔王にとってみれば、ティリア様の至純なる魂は蔵一杯の宝石よりも甘い誘惑となりましょうぞ」


 ティリアの部下たちが一斉に止めにかかる。


 確かにこいつぶっ殺せば、ものすごいルクスが手に入りそうではあるな。


 まあ、そんなことしたら教会と全面戦争になりそうだからやらないけど。


「ふう……。全く信仰心の薄い者たちだ。ノーチェ。お前は私に、魔王は自衛の場合を除き、自ら一度も客に危害を加えたことはないと、そう報告したな。その言葉に偽りはないな?」


 ティリアはため息一つ、傍らで彼女に奉仕していたノーチェに問いかける。


「は、はい……。た、確かに私はそう報告致しましたが……」


 ノーチェが複雑な表情で頷いた。


「ノーチェもこう言っている。お前たちは、仲間の言葉も信頼できないのか?」


 ティリアはそこで仲間の光神信徒たちを見渡した。


「いえ、決してそのようなことは……」


 信徒たちが慌てて首を振る。


「ならば問題ないな」


「しかし、やはり解せませぬ。ティリア様が格別に被っておられます恩寵は、神からの愛の証。その証を、捨て去るのは、神をないがしろにすることになりはしませぬか?」


 年嵩の信徒の一人が、挙手と共に問う。


「いい質問だ。お前の言う通り、私は幸いにして光神様から、他の信徒にも増して、多大なる加護を被っている。しかし、その恩寵に甘えるがまま勝利を得たとしても、信仰の本質を弁えぬ者はこういうだろう、『あの者は、たまたま神に愛される幸運に恵まれたから強いのだ。私たちとは違う、とな』。だからこそ、敢えて私は神からの恩寵を全て捨て、敵に臨むこととする。『神を尊びて、これを頼らず』。この信仰の精神を改めてお前たちと分かち合い、世の不信心者たちに示すためである」


 ティリアが池上先生的な説教口調で、長口上を垂れた。


「なるほど! 最近は、神の恩寵をやたらに乱用してはばからぬ者も多いですからな。ヤクトのような若者が過ちを犯したのも、信徒たちの間に蔓延する驕慢の空気が遠因。ティリア様はその悪弊を除かれたいとお望みか」


「なんと、そこまで深いお考えがあったとは!」


「さすがはティリア様です!」


 信徒たちが口々に讃嘆を口にする。


 ノーチェに至っては感動して目に涙を浮かべていた。


 まあ、どうでもいいんだけど、勝手に俺のダンジョンを校外学習みたいなノリで使うのはやめてもらえませんかね。


「どうだ? 魔王。話は聞いての通りだ。ここまですれば、私もそこらの小娘と変わらない。これならばいくらでも相手はいるだろう? なんなら、複数の敵が相手でも構わない」


 そこで改めてティリアが俺に向き直ってくる。


「えー、どうすっかなあ」


 俺は頭を掻いた。


『やれ! やれ! やれ!』


 迷う俺に、客たちが一斉に決断を促すコールをする。


 闘技場を開いた初日だし、今後の評判のためにも、なるべく場を盛り上げて終わりたいという思いはある。


 だが、ティリアにちょうどいい対戦相手がいない。ワーウルフはさっきの戦闘で負傷してしまったし、いくらティリアが力を抑えているとはいえ、アユティではあまりにも力不足だろう。


 『鑑定』したところでは、神様の加護を全部失ってもなお、ティリアには上級冒険者何人分もの戦闘能力があるっぽいのだ。


「マスター。ネフリ、やる」


 それまで、俺の膝の上に頭を置いて、べたべたしてきていたネフリが、唐突に言った。


 どうやら、俺が困っているのを表情から汲み取ったらしい。


「いけるか?」


 まあ、確かに、現状の俺の戦力で出せるのといったら、こいつくらいしかいない。


 しかし、ネフリは初戦闘だけにちょっと不安でもある。


「いける。ネフリ、マスターの役に立ちたい!」


 ネフリが上体を起こして意気込む。


『おおー!』


 その宣言に、店内がさらに沸いた。


 そりゃ、美女同士の戦闘だし、客としては見たいわな。


「わかった。でも、さすがにこれが初戦闘のネフリだけに任せるのは不安だな」


「だったら私もアユティで参加していい? 何となくわかるの。この人、○鬼的なボスキャラの風格が出てるから、絶対強そうだし、やってみたいの」


 委員長がそう申し出る。


「まあ、二対一の試合がどうなるかっていうのも、今後の参考になりそうだしな。いいぞ」


「さっすが、充悟君。話が分かるぅー」


 委員長がご機嫌でそう言って、拳を固く握りしめる。


「ジューゴよ。わらわも直接戦うのはごめんじゃが、なんならこいつらの付添人をやってやってもよいぞ。わらわはティリアの戦い方をよく知っておるから、きっとよい助言ができるじゃろう」


 シャテルがたくらむように言う。


 何を考えてるかしらないけど、愉快なことが大好きなこいつなら試合を盛り上げてくれそうだ。


 どっちにしろ、俺は中立的な審判役だから付添人はできないし、まあ、任せてもいいか。


「わかった。付添人を任せる。だけど、アユティはともかく、ネフリがヤバくなったら躊躇なく降参してくれよ」


「わかっておるわ。野暮なことを言うな」


 シャテルが頷く。


「と、こいつらこう言ってるけど。大丈夫か?」


「問題ない。何人でもかかってくるがいい」


 俺がそう確認すると、ティリアは快く頷いた。


「よっしゃ! 聞いたか! これから、特別マッチを開催する! 今からリングを掃除するから、その間にどっちに賭けるかでも考えておけ!」


「おう! そうこなくっちゃな!」


「さっきの負けを取り戻すぜ!」


 店中に聞こえるように叫んだ俺に、客たちは歓呼の口笛で応えた。

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