第34話 バブみ

あぁ、彼女の匂いがする。

「ほらっ♪ いいこいいこ~ 」

 頭を撫でてくれる。すごく安心する。温かくて、やわらかい。まさに夢心地。

 俺はそんな彼女に――弱った心では抗いがたい、猛烈なバブみを感じていた……。

「ばぶぅ」

 そして気が付いた時には手遅れだった……。俺はいつの間にかオギャっていた……。母ちゃんにだってこんな――やめよう……今母ちゃん思い出したら急速に萎える。

「よちよち♪ 漣ちゃんはえらいでちゅね~」

「! あだ~」

「ほらっ♪ ぎゅう~」 

「あぶぅ! あぶぅ♪」

「あらっかわいいでちゅね~。ほっぺたすりすり~」

「きゃっきゃ♪」

「ほらっ おててにぎにぎしまちゅよ~」

 えへへっ~。マジで気持ちよくなってきちゃったゾ。なんか穂乃香もスイッチ入ってるし……乗るしかねぇだろっ! このアブノーマルでビックなウェーブによっ!

 だれにも俺を止められねぇぜっ!! やっふぅ~!!

「マンマっ! マンマっ――」

「よしよし。穂乃香ママに甘えてくださいね~」

 俺が最高にオギャっていた時、『ギィッ』と、突然……破滅の音が響く。

 終わりの始まり、終焉のとき。人の道を踏み外したものは代償を払わなければならない……。

 俺は、その時悟った――踏み入ってはいけない領域があることを。

「漣っ!! 本部から増援が……とうちゃ……く……」

「――マンマっ! っは!!」

 俺は終生忘れることがないだろう……。藤堂さんの、俺を見る目を……。



 そして――悲劇は加速する。

 彼女は不届き者の存在に気が付かなかった。おまけに奴らは一人ではなかった……。

「どうしたのですか? 藤堂副局長? 何かあり――」 

「? どうしたんでちゅか~ だめでちゅよ~ママのこと見てくれなきゃ♪ ほ~ら♪ たくさん甘えてくだちゃいね~」 

 スイッチの入った穂乃香は止まれなかった……。甘ったるい声でママムーブしちゃった。

 俺たちの高尚な行いを、知らない女性にまでばっっちり! 見られた……。

 ばぶー。

 

 ……一瞬だけ現実逃避したが、俺は覚悟を決めた。

 俺は、彼女を守らなければならない。あの夜に――そう誓ったのだ。

 彼女の名誉を! 尊厳を! 俺は守らなければならない!

 元はといえば俺を慰めるために彼女が体を張ってくれたのだ! 俺が原因! 何を躊躇うことがあるっ! かのじょを まもる――


 先ず一手。

「ばんぶーー!! ママー!! 知らない人がいるー! 怖いでちゅっ!!!」

「えっ? っ!!」 

 彼女に出歯亀共の存在を気づかせる。成功くりあ

 二手目。

「おんぎゃあーーーー!!」

「れ、れんさんっ! 落ち着いて! 見られてますからっ」

 真っ赤な顔で慌てる穂乃香。穂乃香、それでいいっ――

 穂乃香を見るな。オレを見るんだ! 彼女に十字架アブノーマルは背負わせない。これは俺の咎だ。全て俺が持っていく!! 

 仕込みは終わった。三手目――

「ぴぎゃぁ~~!! やめちゃうのやだ!! 僕の言った通りにしてくれなきゃやだっ!!!! ママやって!! ばぶぅ――」

 

 ベットの上で奇行に及ぶ俺を信じられない生き物を見る目で見つめる二人。そうだ……俺が穂乃香にお願いしてやってもらってただけなんだ。

 アブノーマルなのは俺だけなんだ。

 これでいい……。穂乃香はきっと――綺麗なままでいられるから――

 これでいいんだ。……これで。   

 これで詰みだ。


 バッッチンっ!!

「いふぁい……」

 知らないお姉さんに、おもいっっきり! ビンタされた。腰の入ったいいビンタ。頬っぺた吹き飛んだかと思った……。

 昔、悪戯して激高した母ちゃんのビンタがこんな感じだったよ。たぶん、ほっぺに手形はっきり残ってるわ。 

「違うんですっ! 漣さんずっと呼び出せれてて、それで、その……すごく! 疲れちゃってたんですっ! だから――」

 羞恥心からだろう、赤い顔をした彼女が俺をかばってくれる。

「……」

 とうどうさんは痛ましいものを見るように俺を見る。……なにも……言ってはくれない。すごくこころにくる……。

「いいえ。良識ある大人として彼の行動は大きく逸脱している。婦女子に対してあのような行為を強制するとは……。恥を知りなさい。弁解はありますか?」

「ばぶう――」

 バッッチンっ!!

 ノータイムで反対もやられた……。おっかねぇ女だ。いたい……。俺の反骨心は折れた。 

「ありません……。すべて私の不徳の致すところであります」

「……まったく。信じられませんよ。年下の女性にあのような――」

 なんか知らない女にめっちゃ説教されてる。まぁいい……。俺の変態野郎という誹りは免れないが、彼女が辛い思いをしなければ――

「いい加減にしてくださいっ!!」

「「「っ!?」」」

 ほっほのかちゃん!??

「漣さんはおかしくないっ!! あれはっ――漣さんに頼まれたんじゃないっ! わたしが! 彼にしてあげたのっ! 疲れてる彼をちょっとでも癒してあげたくてっ! 彼に酷いことしないでっ!!」

 彼女の怒声が轟く。彼女らしからぬ剣幕に目を丸くしていると、俺を知らない女から守るようにかき抱く。

「あなたに文句を言われる筋合いはありませんっ!」

「っ!?」 

 真っ向からガンを飛ばす王子様ほのか。……かっこいい。キュン。

 
















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