第32話 お風呂での……


 

 バシャッ! 俺が急に動いたことで湯船のお湯がわずかにこぼれる。

「漣さん……」

 俺の腕の中で湿り気を帯びた彼女の声が響く。


 やっちまぁった~! 衝動を抑えきれんかったぁ……。思いっ切り抱きしめちゃったよ……。

 腕の中にぴったりおさまった彼女。濡れたタオル越しに伝わる彼女の感触。これはもう我慢できんのでは? 

 行きつくところまで行ってしまうのでは? と思ったが────

 

 不思議なことに、徐々に衝動が落ち着いた。無知な俺にとっては、ここがゴールだったらしい……。悲しいやら、ありがたいやら。

 ただ、彼女を腕の中から解放する気は全く起きず、そのまま彼女を抱きしめ続けた。


「漣さんの心臓の音が聞こえる。ドクンドクンって。……すごく落ち着く」

 俺の胸のあたりにピッタリ収まっている彼女がそんなことを口にした。

 ただ、俺はなんて返せばいいかわからない。そもそも、彼女は俺に抱きしめられて嫌じゃないだろうか? 気持ち悪いと思ってるんじゃないか? そんな考えばかりが浮かぶ……。

 まぁ、だったら穂乃香を放せよってなるんだが……、そんな気にはまったくならない。むしろこのお宝は俺のもんじゃいっ! 誰にも渡さねぇぞっ! 的な身勝手な独占欲すら湧いてきている……。



 いつまでそうしていただろう。

「……ねぇ漣さん? 漣さんは私のこと、どう思ってますか?」

 静寂を破り、彼女が疑問を投げかけてくる。

「……とても大切に思ってる。勝手ながら、穂乃香のことは家族のように思ってる」

「とっても嬉しいです。漣さんは、いつも私に優しくしてくれるから。それに、甘やかしてくれるし、守ってくれる。私は――」

「っ!?」

 彼女が強引に体勢を変える。極めて近い距離から彼女と向き合う姿勢で、見つめあう。闇に慣れた目が、彼女の美しい顔をはっきり認識する。

 ぽちゃん、ぽちゃん かすかな静寂の中、水滴の垂れる音が響く。

「私は、あなたが好き。大好き」

 蠱惑的――情熱的に、彼女が俺に気持ちを伝えてくれる。

 そして彼女の潤んだ瞳が訴える――『あなたは?』

 

 流石にここでの『好き』をはき違えるほど無粋ではない。答えなど考えるまでもない。もうとっくに――君に夢中なのだから。


「あぁ……俺も君が好きだ。君のことを――?」

「っ♪」

 最後までは言わせてもらえなかった……。穂乃香の方へ引っ張られたかと思ったら、思いっきり抱きつかれて、お湯の中へドボン。

 ばっちゃーん!!!浴槽のお湯が一気にこぼれる。

「――っ!?こぼぼっごばぁっ!!」

 いきなりの暴挙に無様に悶えていると――彼女の顔が近づいてくる。

「~~~♪」 

 お湯の中で彼女の言葉は聞き取れない。頭に手を添えられる。顔が近づく。

「っ!!~~~!!」

「~~~♡♡」

 

 溺れるかと思った……。



 

 刺激的でロマンチックな入浴が終わる。

 ぼ~とした頭で寝る準備を済ませる。

 彼女に手を引かれる。いつもの部屋に向かい、二人一緒にベットに入る。

「むふふ~♪ おやすみなさい漣さんっ」

「あい。おやすみなさいでしっ」

 働かない脳みそ。彼女に促されるままに返答を返す。

 頭空っぽのまま微睡んでいると――

「……ねぇ漣さんっ」

「っ!!」

 彼女のしっとりとした声が聞こえたっ!! 一気に意識が覚醒する! 穂乃香がこの声で俺を呼ぶときはやべぇんだっ!

「寝る前にもう一回キス……していい?」

 ほ~らぁっ!! 甘えたような声を出しおってからにっ!! こんなの繰り返してたら爛れた生活一色になってしまうっ!!

 スマンが穂乃香っ! 今回は逃げさてもらうっ! 一瞬で寝させてもらうっ! さらばっ!!

「Zzzz~Zzzz~」


「むうっ! 漣さんの甲斐性なしっ!」

「Zzzz~むぐぅ~ ZZzz~」





「本部から戦力増強のための増援?」

「あぁ、らしいぜ。もぐもぐ、 近頃きな臭いからなぁ~。この間の魔力障害の件、とかな」

 あれから数日、魔力障害は復旧したものの厳戒態勢はいまだ敷かれたままになっている。

 

「ええ~……。大丈夫? 頭おかしいやつとか来るんじゃないの?」

「大丈夫だろ~たぶん……。まぁここは食い物の要だから、一応ってことだろっ。知らんけど。もぐもぐ、ぐびぐび かぁ~っ!!」

 外に出れないのをいいことに、真っ昼間から堂々と酒をかっ食らう不良かす

 待機命令なだけで、なんかあったら俺ら普通に狩りだされるんだからね? 頭大丈夫? 

 

「ねぇ漣さん? 本部から来られる方って危ない人なんです?」

 先ほどまで、上品にパンケーキを召し上がられていたお嬢様が控えめに訪ねてくる。

「う~んとねぇ……。まぁ、人にも依るんだけど――」

「連中にはねっ! 幻想種と契約したようなとんでもねぇお人もいれば――戦うことしか頭にないぶっ飛んだ狂人もいるんだっ! 穂乃香ちゃんも気をつけなきゃダメだよ!」

 俺の話をでかい声で遮った挙句、気持ちわりぃ猫なで声で穂乃香の名を口にする糞ボケ野郎……。馴れ馴れしいな野郎だ……コ〇スゾ??


「なるほど。ちょっぴり怖いですね」

「! 大丈夫! 穂乃香ちゃんっ! 何かあったら僕に任せて♪」(キラッ)

 ここぞとばかりにアピールを決めるモブ野郎。

 なんてウザいやつなんだ……。あの、白い歯をへし折ってやりてぇ。何が僕だ。

「ありがとうございます。でも、私には連さんがいますから――ねっ」

「うん♪ 僕に任せて♪」

 

 穂乃香に見えないように――にちゃ~、と笑いかけてやる俺。


「!! っAnd I'll kill you nowやろうぶっころしてやる!」

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