超短編小説・『HERO』

夢美瑠瑠

超短編小説・『HERO』

(これは、今日の「ヒーローの日」にアメブロに投稿したものです)



 野裳英雄は典型的な馬鹿であったが、自分では全く自らの知性を疑っておらず、「自分こそが世界を救う救世主、HEROであり、世界でも有数の潜在的な知性の高さを有していて、何らかの原因でその本来の知性が発現を阻害されているだけ」そういう頑なな幻想だか信念を奉じていた。

 といってただの精神異常ではなくて、普通に社会生活を営んではいるのだが、そうした現実とセルフイメージ?の齟齬ゆえにどうにも社会に居心地が悪くて、四六時中「自分」とは何か?いったいこの世界や人間存在とは何なのだろうか?…そうした思春期の青年のような青臭いような疑問に悩まされ続けていて、しまいには得体のしれない魔物のようなしつこい幻聴に付き纏われ始めて、ひきこもってしまった。


 彼は本来はかなりの楽天家で、そういう絶望的な状況でも希望を失ってはしまわず、どうにか自分の思惟を追求し、深化して、発達障害めいた自分のパーソナリティに革命的な変化を起こす、そういうsomething else そういうものがきっとあって、その発見と共にすべてが成功裡に終わるという予定調和を思い描いているのだった。


 フロイトは母から愛されて自分が祝福された存在だという信念を持ったという幼少期の記憶が本当に成功をもたらすことがあるという一般論?を述べているが、英雄も「英雄」という名前を四六時中名乗ったり書いたりしていることの自己催眠効果と同様?自分がHEROとなるべき固い信念を持っていることがいずれ成功をもたらすという、そういう可能性も確かにあるかもしれない。


 彼は今日も今日とて無益でくだらない思惟に耽っていて、今日は「自我の定立」という観念が思い浮かんだ。もちろんいつものように幼稚でどうしようもない支離滅裂な発想でしかないのだが、要するに「自らの根本的な問題点は自己確立や自我というものの形成が不十分である点であって、そこを何とかすれば「薄紙をはぐように」?すべての疑問や困難が氷解して、人生に「春」が訪れるのでは?そう「気づいた」のであった。


 で、かなり幻聴で頭がボケて思考や行動パターンが単純化している英雄は、「自我の確立」のために「英雄的行為」を現実に遂行して精神的な脱皮を図ろうと思い立った。

 どうしたらいいのか全く見当はつかなかったが、とにかくマザコンで優柔不断で、女にまで「アホすぎる。人間とやっていくの無理や。猫とでも友達になってろ」と罵られる情けない自分と訣別する必要があった。


 英雄は準備としてビールを3リットル呑んで、コカインを飲んだ特攻隊員のように勇気を涵養した。

 勇気凛々瑠璃の色、になったので近くのサファリパークに入っていった。

 「要するに通過儀礼というか、大人になるためのイニシエーションを潜り抜ければいいのでは?」

 「そうだ、マサイ族のイニシエーションはライオン一頭を自力で倒すことだったな?」

 そう思いついて、「ライオンと対峙してみよう」と思ったのだ。


 間近で観るライオンは迫力があった。覇気は無かったが、底知れない膂力や獰猛さが十分窺われる異質さと緊張感を纏っていた。

 

 前のめりの体勢でライオンを熱心に観察しすぎて、酔っぱらっていた英雄はトラックから転げ落ちて、…とどのつまりあえなく餌食となって落命の憂き目にあった。


 「エゴの確立」という頓珍漢な発想の錯乱?に殉じる格好で、「英雄的行為」とは程遠い最期を遂げた英雄だったが、潜在的にはやはり彼は救世主で、真のヒーローだったのかもしれない。


 なぜなら彼の死んだ翌日に、危うく保たれていた世界のバランスが崩れてしまったのか?ブラックホールの大爆発が巻き起こり、銀河系もろとも地球も、いや大宇宙のすべてにいたるまで、マクロコスモス、ミクロコスモス、森羅万象が一瞬のうちに消し飛んでしまったからだった。


アーメン。


<了>

 

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