404

「やぁ、遅かったじゃないか」


 夜の一人きりの海は怖かった。


 得体の知れない忘れられたロスト珊瑚コーラルも白い骨みたいに不気味だったが、そこにおまえがいるだけで、特別な景色になる。


 でかい満月が、やたらに美しかった。


「座れよ」


 血塗られたコートはすっかり乾いて、月を映す海の上に浮かんでいた。


「狭い」


「まぁ少しゆっくりしようよ、ライ」


 潮の香りがした。


 温度のないはずジンの背中から、ゆるやかな熱を感じる。


 なぎの上……。


 預ける資格のない背中を、ジンに預けて。


 ただ暗い水平線を眺めて、時々海が光る。


 こんな俺が生きていてもいいのだろうか。


「来たかったんだ。ここに」


 ジンは月を見ている。その視線を追わなくても分かる。


「結局いつもと同じじゃないか」


「まぁね。好きだからさ」


 俺には分からなかった。


 ジンの好きなものも、その理由も、知ろうとしなかった。


「どうして忘れちゃうんだろうな、ヒトは……大切なコトを。こんなに美しい場所がったことを、歴史の片隅に追いやってしまう。ねぇライ。僕は全部覚えていたいのに」


「忘れられた景色なんてひとつも無いんだろ。お前が言ったんだ。今ここにある海も、空も、星も、あの気味が悪い化石も、全部それ自体が自分を覚えている。ずっと。それでいいだろ」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る