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「ライ、この世に忘れられた景色がいくつあるか知ってるか?」


 俺の部屋の窓辺で、おまえは空を見上げる。


「今日はブルームーンだ。ライの瞳みたいに」


「ブルームーンは青いからブルームーンというわけじゃない。俺もいつも青いわけじゃ……ない」


「そうだね。今日は琥珀の満月だ」


 そう言って笑うジンの蜂蜜色の瞳こそ、月のようだ。


 忘れられた景色……それは俺の姿のようだ。


 誰の瞳にも本当の俺は映らない。


 心を偽ってジンの傍らにいる俺は、闇を湛えた洞窟のようだった。


「ひとつもない」


 ジンはスコッチのグラスを傾けた。


 少し甘い、コルクみたいな香ばしい匂いがやって来る。


「ひとつもないんだよ、ライ。そこにある景色はさ、その景色それ自体が自分を記憶してるんだ」


「どういう意味だ」


「意味なんてないよ。ただそうってだけ」


 ジンはソファーの背もたれに腕を広げ、どこか満足気に俺を見ている。


 その言葉が俺を救うことは無かったが、ジンのその楽しそうな姿を俺は忘れていない。


 おまえは覚えていないその景色を、きっと、俺は永遠に忘れることはないだろう。


「エリアZ……」


 スコッチの氷がカランと鳴る。


「なぁライ。忘れられたロスト珊瑚コーラルを見たことあるか?」


「実物をか?……無いが……」


「見に行こう、今すぐ」





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