312.5 手記⑤

「素晴らしくよく出来てる」


 畳の上のプラモの枠を無造作に持ち上げながら、拓海たくみがちゃぶ台を見つめた。


「でしょ?」


 バチン、パチン、とプラモニッパーで、パーツを切り出していく。


 額の月、ガントレット、関節……鉤爪……


 やっぱり色はスカーレット


 運命の色だ。


「はんだごて……はんだごて……」


 icomアイコンで空中から半田鏝はんだごてを取り出す。


 あの日からコツコツと副艦長室を改造してicomアイコンの顕現範囲を増やした。


 今この副艦長室の和室は、ジオラマルーム並みに何でも取り出せるようになっている。


 俺たちは、この二週間、この和室から一歩も出ていなかった。


「試作6号、組立開始」


 拓海たくみがホログラムカメラを回す。


「ブレイズロボ試作6号な!」


 何本もの繊維が束ねられた毛糸玉みたいなシリコンはんだを拓海たくみがちゃぶ台の上に転がした。


 ブレイズロボの上腕の関節にはんだを当ててコテを近づけると、とろりと溶ける。


 作業は楽しい。


 けど、シリコンの作成が難しくて、磁場に耐え切れる試作品がなかなか出来なかったり、上手く接続出来なかった。


「……三島みしま、その名前はいかがなものかと思っていた」


「えっ?」


 それでも、仁花にかのノートを頼りに、少しずつ新しい物質を作り始めている。


「シンプルすぎるだろう。古代っぽくて格好いいが」


「まぁ仮だから。……でもそうかも。俺たちだけの、新しい呼び名が欲しいよね」

 

 静かに、はんだを溶かしていく。


「水素……動力は水素だろう?」


「そうだね……ブレイズがうまくいけば、二体目は綺麗なやつがいいな。ほら、ブレイズは格好いい系にするじゃん?」


 今までに無い感覚。


 パーツが組み上がっていく感覚。


 今度こそ、成功する。


ray-der……」


「ん?」


「新しい光だ。俺たちにとっての」


 俺はうっすらあおく光るカプセルをつまんだ。


「光か……」


 カプセルをブレイズの胸にはんだで埋め込む。


「ねぇ拓海たくみ、二体目はさ、天使の梯子はしごが降りて来て、悲しいこと全部消してくれるみたいなやつにしようよ」


「プロトタイプを作りながらもう次の話か」


「だめ?するよ、次の、次の話だって。だって俺たちの未来は終わらないからさ」


「……」


「出来た……!」


 恐ろしく格好いいロボットプラモがちゃぶ台の上で光を浴びている。


「ブレイズレイダー……。うん、いいね、レイダーか」


「そのまま使うやつがあるか」


「なんで?いいじゃん」


 拓海たくみも嬉しそうにしてるように見える。


「ちょっとヒーローっぽさに振り切っちゃったかな……爆発って、ちょっとコスパが良く無いよね」


「ノリの問題だ」


 拓海たくみからノリなんて言葉が出るなんて思ってなくて、それこそ深夜のノリで爆笑してしまう。


「磁場を当ててみるぞ」


「……うん!」


 ちゃぶ台から離れて、防護ぼうご仮面マスクを装着する。


 ブルーホールの磁場を模した磁場が、俺たちにどのような影響があるかわからないからだ。


 試作3号は磁場を当てた時点で壊れてしまった。強化シリコンの素材の配合が良くなかったからだ。


 でも、今度こそ……!


「クリアだ」


 拓海たくみが磁場の発生を止めた。


 仁花にかの研究によると、のっぺりとしたコンパネみたいな作りであれば、強化シリコンの加工が可能だったし、俺はそのコンパネで機関の円盤を補強し、ブルーホール付近を航行出来た。


 でもそれでは……格好良くないじゃないか!


「良し、次は灰皿の上のマッチの残骸を燃やしてみよう」


 俺たちが吸ったタバコの残骸が、灰皿に積み上がっていた。


「これが出来たら、俺たち禁煙な」


「勝手に決めるな……いくぞ」


 目の前に現れた、操縦管を握る。


「スカーレットォー……」


 両手に、汗が沸る。


 熱が集まってくる。


「ブレイズ!えっ!?」


 ……ちゃぶ台が消えた。


 緋色に燃え盛る炎に、和室のカーテンがパチパチと火の粉を爆ぜた。


「ち、鎮火鎮火!!!」


 慌ててブレイズレイダーの鎮火機能を発動させる。


「あっ……あっぶな!!!」


「危ないな……」


 対、ホーリーチェリー用のスカーレットブレイズは、ホーリーチェリーの組成を完全に消滅させるが、一般AIdエイドはその形を復元する。


 徐々に部屋らしさを取り戻して来た副艦長室で、拓海たくみと俺は放心していた。


「いや……」


「……」


「凄すぎだろ!この仕組み!!!」


「凄いな……」


 俺たちの方向性は合っている!


「しかも格好いい!!」


「美しいな……」


「ん??」


 赤いブレイズレイダーの色……が抜け落ちて真っ白になった。


「なになに?……え?燃え尽きた?」


 俺は和室な横たわるブレイズレイダープラモを揺らした!


「ブレイズ!ブレイズゥ!!!」


「待て、三島みしま


 拓海たくみは畳の上の操縦管を握った。


「見てみろ、……どうやら、俺が握ると、紫になるらしい」


「えっ、色変わんの?これ」


 しばらく見ていると、また元の赤に戻っていく。


「へー……不思議だなぁ……」


「また計算か……まぁ地道にやるしかない」


「まぁとりあえずは成功ってことで」


「酒でも飲むか……いや、」


 拓海たくみは隣の和室に敷いてあるトンボ柄の布団にダイブした。


「寝るの?」


 俺も眠い。


 シリコン枠を、ダンボールにぽいぽい詰めて、ブレイズプラモを本棚に飾った。


「いい夢見れそ」


 身を投げ出した布団は、ひんやりとふかふかだった。

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