300.5 手記④

「そう言われてもな……」


 休め。


 拓海たくみにそう言われて、初めてジオラマルームから外に出てみた。


 母艦と比べて、小さなこの副艦は、ジオラマルームが艦橋かんきょうも兼ねているし、あとは艦長室、副艦長室、スタッフルーム、ホビールーム(?)、食堂、シャワールームのみのつくりになっている。


icomアイコン完備のジオラマルームで俺はいいんだけどな……」


 ベッドも、個室すら創り出すことの出来るジオラマルーム内で不自由は無かったし、拓海たくみもジオラマルームから出たのを見たことが無い。


 副艦長室でお前は休め。


 ……と拓海たくみは言った。


仁花にかの部屋か……」


 まぁあるなら使うか。


 どことなく、ハジメにいや俺好みのダークグレーの未来的通路を進むと、いくつかの扉がある。


 ……食堂。


 ……シャワールーム。


 へぇ、温泉もあるんだ。あとで行ってみるか。


 ……ホビールームって要るのか???わ、でもミニシアターとゲームも卓球も出来るのか……要るな。拓海たくみって卓球やんのかな?


 ……スタッフルーム……俺はここでもいいけど。エアハンモックがぷかぷかと浮いていて、寝心地が良さそうだ。


 思ったより最新の設備に俺はわくわくしていた。


 ……副艦長室……!!!


「なんだよ……これ……」


 未来的な通路には不似合いな——


真鍮しんちゅうのドアノブ……」


 力を込めたら壊れてしまいそうな木戸と掛け金式のカギ穴。


 カードキーをスライドさせるスライドボードもタッチパネルも見当たらない。


「どうすれば……」


 拓海たくみに貰ったカードキーを取り出して辺りを探るけど、扉が開かない。


「カギでもあれば……」


 呟くと、手の中のカードキーが、真鍮しんちゅうのレバータンブラー錠に変わった。


形状を変化させるAIiトレードシステムか……」


 この古びたカギを、俺は知っていた。


 ガチャ、と掛け金が外れた音がした。


「……!!!」


 俺は……俺はこの場所を知っていた。


「何やってんだよ……仁花にか


 四畳半と六畳の新大久保に良くあるアパートの和室。


 オレンジのペンダントライトが部屋を照らし、西日が差す……


 アルミサッシをカラカラと開けると、海風と美しいサンセット。


 窓の外の風景以外、あの頃のままだ。


 三人で暮らしたあの頃の。


「そのちゃぶ台で、三島みしま仁花にかは設計図を引いていた」


 玄関に、拓海たくみが立っている。


「デスクでやったらどうかと言ったがな」


 小さな押入れも、あの頃のまま。


 ぎゅっと詰められたふとんを取り出して、四畳半のほうに敷いた。


拓海たくみも寝る?」


 客用の布団なんて無いけど、仁花にかの花柄の布団を敷いてやった。


「俺がか?」


 珍しく動揺したような拓海たくみを横目に、俺は自分の布団に横になった。


 匂いも、景色も、何もかも昔のまま。


 こうしていると、全部が嘘みたいに思えた。


 世界が変わってしまったことも、家族を失ったことも。


「流石に花柄は……」


 拓海たくみはハジメにいのトンボ柄の布団を引っ張り出して、部屋の隅に敷いた。


「寝んのかよ」


「いけないか?」


「いや……」


 ずっと一人だった。


 部屋に居たくなくて、職場やホテルを転々とした。


 それでも、心はかつての居場所を求める。


 世界が変わったとしても。


「お前の部屋にするといい」


「……一緒に寝てくれないと。……まだ……」


 俺はまだ、悲しみを乗り越えていない。


「畳は……嫌いじゃない」


 隣で寝息が聴こえる。


「えっ?本当ホントに寝たのかよ……」


 いつも無表情な拓海たくみのあどけない寝顔。


「秒で寝た……家主よりくつろぐなんてさ」


 それでも、誰かが隣にいることが安らいだ。


 ここは、かつて暮らした居場所じゃない。


 新しく作られた場所だ。


 でも、新しい場所にこそ、歴史と安らぎがあるのかもしれない。


「俺の、サブロー推理小説セレクションが足りないじゃん。目覚まし時計も」


 本棚には、仁花にかと俺、共通で好きだった本しか並んでいない。

 ハジメにい仁花にかに言わずに買った、電磁力超強力目覚まし時計も。


「ところどころ、雑なんだよ……」


 美しいブルーオーシャンに夕陽が落ちていく。


 姉は、確かにここに居た。


 それが懐かしくもあり、悲しい。


「寝ろ……明日もやることは沢山ある」


「ずっ……ごめっ、……起こした?」


「まだ起きていた」


「嘘つけ」


 この悲しみが癒える時は来るのだろうか。


「いい部屋だ」


「でしょ?ていうか、ココ使っていいってことは、俺が副艦長ってことだよね」


「それは違う」


「何でだよっ」


 絶海に降り注ぐような星々が浮かぶ。


「人類の叡智を排すること」


「え?」


「お前の仮説が正解だ」


「なんだよ、仕事の話?……グゥ……」


「まぁいい、明日話そう」


 人類の叡智、AIdエイド……。


 あらゆる物質の構成元素。根幹となる種。


 俺たちはAIdエイド無しで生きていくことは出来ない。


 けど、あらゆる可能性や歴史の中に、きっと答えがある。俺たちは諦めなかった。


拓海たくみ、もう寝た?」


「寝た。ずっと同じ場所に居ると疲れる」


「起きてんじゃん……でももう寝よ」


 未来を終わらせたりしない。


 けして。


 ペンダントライトの満月みたいな光を見つめて、ひっそりと夜をやり過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る