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拓海たくみって本当、甘いの嫌いよね」


「知っているのに何故いつもこの味を買う?」


「なんだかんだ、食べるじゃない」


 B区の名画座には、古代のラブロマンスが流れていた。


 キャラメルポップコーンの甘苦い味が、くだらないロマンスを観るのにちょうど良かった。


 画面の中の女優よりも、スクリーンの光を映す仁花にかのほうが美しく思えたが、鎖骨の間には水色のネックレスが変わらずに輝いている。


 こんな映画は観ない、けれど音楽が美しかった。


「アタシは嫌よ、結局結ばれないなんて」


 部屋でコーヒーを飲みながら、さっきの映画の不満を口にする瞳は、どこか遠い場所を見ている気がした。


「なら何故観る?」


「音楽がいいのよ。……女優さんも綺麗だわ。それに、あの映画館が好きなのよ」


 ふとした瞬間に仁花にかと自分が似ている気がして、全く違う人間であるとも思う。


 研究室ラボで、誰よりも頼りになる彼女は、ここでは少女のように微笑わらう。


拓海たくみ、ホームスクリーン流していい?」


「なら何故観に行く」


「いいじゃない。外は外、家は家の良さがあるのよ」


 壊れかけたスピーカーから、美しい音色が流れる。


「雨、降って来たわね」


「予報通りだ」


「もう!ドクター篠坂しのさかはロマンのかけらもないわね」


 仁花にかの笑顔が忘れられない。



 

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