84.5 Holy night――きっと、君は……

「来たッ☆」


「ちょっと幸子さちこッバレちゃうってば!」


 聖夜、幸子さちことアタシは、アパートの二階外廊下から、階下を見張っていた。


 灰色の空の下を、三つの人影が連なって歩いて来る。


「プッ☆サブロー氏、かなり怪しんでるネ……☆」


「だから聞こえちゃうってば……!」


 でも確かに……雪子せつこさんと玲鷗れおんに両手を引かれて、サングラスの上からアイマスクで目隠しされたサブローが、キョロキョロしながら歩いてくる様子は面白かった。


 折角なら、サプライズにしよう……


 誰かがそう言いだして、止める人は居なかった。


 作戦はこう。


 クリスマス・ナイトも残業予定のサブローをHyLAハイラの廊下で拉致らち。(雪子せつこさんの演技力で誘い出し、玲鷗れおんが手刀を浴びせる手筈てはずとなった。大丈夫!母や宗ちゃん経由で確認して、サブローのスケジュールは確認済!このところサブローは無理なスケジュールをこなしているみたいで、HyLAハイラの人たちもこのサプライスに協力してくれた。忙しい時ほど休んだほうがいいんだから……!)


 アイマスクを装着(サングラスの上からかけられるやつを探すのが苦労した……結局、由子ゆうこさんが作った!っかぁー!贅沢!!!)


 サブローが目を覚ますまでは玲鷗れおんが運搬。


 目を覚ましたら、クリスマスの怪盗に扮した雪子せつこさんが声色を変えて、パーティー会場のミーティングルーム……いやいや、違う、ウチね!飾り付けした我が家に連れてくるという寸法だ。


 ウチのアパートのスチール風の階段はカンカン音が鳴ってしまう。


 だからシュウジと一緒に、昼間、通り道にフエルトを張った。


「段差になっている……。ここを上がるんだッ!」


「ヒィッ!」


 クリスマスの怪盗に扮した雪子せつこさんの声とサブローの悲鳴が聞こえた。


「……ブッ!……ププ!!!!☆」


「ちょ!幸子!!!」


 色んな意味で!


「とにかくアタシ……知らせてくるね!」


「オッケィ☆」


 幸子さちこはパーカーのポケットからクラッカを出した。


 アタシは柊華荘しゅうかそうの203号室の扉を音が鳴らないように開ける。

(実際は、地下基地内のコピーだけど)


 せま!相変わらずせま!!!溢れんばかりのクリスマスの装飾とバルーンとちゃぶ台の上には特大のケーキ。えっ短冊……?ケーキが沢山食べられますように☆……?ていうか、えっ?|HyLAハイラの人もいるね?床が…床が抜ける……!!!


 でも皆んな、楽しそう……。


「もうすぐ、来まーす……」


 アタシは小声で合図を出して、自分も位置に着いた。


 カーディガンのポケットから、クラッカーを取り出す。


「ヒィッ!……ヒィッッ!!!」


 パチ、と電気が消されて、部屋が暗くなる。


 全開になった二つの小さなサッシから、夜の風が入り込んで来る……。


 フゥ、上手く行きますように。


「ヒィッ!ウヘェ!!!」


 サブローが玄関の段差につまずいた。


 でも……!!!


 玲鷗れおんがアイマスクを外す。


 小さな闇の中に、沢山の人の気配……。


「っヒッ!!……誰だ……お前たちは!!!目的は何だ!こんなことをしても俺は何も喋らない……例え、死んでもな!」


 ……最初あれだったけど、結構勇敢なサブロー。


「くっくっく……お前はもう、我々の手の中さ……なぁに、時間はたっぷりある」


 雪子せつこさん、迫真の演技ッ!


 最後に幸子さちこが部屋に入り、扉を閉めた。


 パチ、とシュウジが電気を点けたのが、合図――



『『『一、二、サブロー!!!!!!!』』』



 パァン!パン!パン!!と爆発音が鳴り、サブローが身を低くした!



「……えっ!?」


 キラキラのメタルテープ、くす玉が割れる……


 笑顔と笑い声が溢れる


 ちょっ!HyLAハイラオジサマズ、もう飲んでますよね!?


「おめでとうございます!サブローさん!!!」


 シュウジが、高菜おにぎりが沢山乗った大皿を差し出した。


 口笛……拍手……笑い声……おめでとうという声……


 沢山のキラキラが溢れる。


「えっ……えっ!?……エェーーーーーー!????」


 周りを見回して、サブローは肩の力が抜けたみたいに、声を上げた。


「えっへへ☆サブロー氏、外もっ見てみてー☆」


 幸子さちこがウチの小さい扉を開けると、階段下の空き地いっぱいに、クリスマスの光が溢れる。


 違う。あれはサブローのために集まった人たちの、ホログラムモバイルの手作りのイルミネーションだ。


 おにぎりの大皿を持ったまま、サブローはよろよろと外廊下に出た。


 なんか、こっちも感動してきてしまう。


「メリークリスマス!!!アーンド!サブローおめでとー!!!」


 知らない女の人の、でもなぜか、優しくて知っているような女の人の声が、空き地に響いた。


 現HyLAハイラ、当時、旧特務機関第二課の優秀な研究者であり、トップエージェントの女性の声だと母から聞いた。


 今日の記念に、サブローの同僚の人たちが探して来たそうだ。


 歓声の中で、アタシはサブローがどんな顔をしているのか見たくて、声をかけた。


「お皿、持ってよっか?」


「に……実華ミカ君。……いや、大丈夫だ。全部食べてしまうからね。ムググ、うまいね!!」


「そ」


 サングラスのせいで、サブローがどんな顔をしてるのかは分からなかった。


 でも、たぶん、笑ってる気がした。


「ミカミカ!☆見てぇ!空き地のところ!ポテサラツリーだって☆☆☆」


「えっ凄ッ!!ちょっ引っ張ったら危なっ……楽しんで!サブロー!わぁっ」


「うん!ありがとうッ」


 幸子さちこに引っ張られて、アタシはイルミネーションの中に紛れた。


 こんなパーティー初めてだし、楽しい、嬉しいの気持ちが溢れて、幸せな気持ちになる。


 振り返ると……ウン、サブローは皆んなに囲まれて、きっと笑顔だ。


 仲間……友だち……家族。


 一年に一回くらい、綺麗な景色の中で、思い切り楽しんでもいいよね。


あね


「シュウジ。あれ?幸子さちこはどこ行ったんだろ」


「たぶん、あそこかな」


 空き地の真ん中に、大きなクリスマスケーキが運ばれてきたすぐ真下に鑑原三姉妹が見えた。


 もうあれって、サブローの誕生日とか関係なくなってるけど、楽しそうだからいっか!


「ニャン」


 シュウジが背負ったリュック型のキャリーから、かえでが顔を出した。可愛い。


「ミカ、シュウジ、食べてる?」


「母!」


 アタシたちは母からケーキの乗ったお皿を受け取った。ウマっ!


 少し冷たい夜の空気。


 でも皆んなの声が、灯りが、思い出が……


 暖かい気がした。


「えっ……?」


 キラキラ、光る。


「……雪……だね」


 シュウジが空に触るように、手を上げた。


「……綺麗」


 今日のエリア新宿は晴れ。


 12月に雪が降ることなんて無い。


「ホワイトクリスマスだね」


 地下基地の天気は自由。


 特別な日、みんなへのご褒美はいくらだってあってもいい。楽しもう、特別な日を。


「頑張ったよね。アタシたち」


「うん、お疲れ様。来年もよろしく!」











 

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