200# 戦力外
近々復活する《邪竜》を完全に滅ぼして欲しい。
それが、ローファスが地神シュー・アヴァロより頼まれた事。
神の啓示ともいうべきそれを受けたローファスは、聖竜国へ単身密入国し、協力者の助力を得つつ《邪竜》を倒す為の計画を立ててきた。
誰かに相談する事も、頼る事もできなかった。
神の啓示を受けたなど、そんな荒唐無稽な話をした所で病院か教会に連れて行かれるとローファスは考えた。
そして、六神と《闇の神》が敵対関係にある事、《邪竜》が《闇の神》の陣営の邪神である事、ローファスを含め、六神の意を受けて世界を滅ぼそうとしている《闇の神》の勢力と戦っているという事。
それらも掻い摘んで説明した。
この世界は二週目であるとか、そういった話がややこしくなりそうな情報は省き、分かりやすく端的に。
その話を最後まで聞いていたタチアナは、じっとローファスを見据える。
口調、声色、顔色、表情、呼吸、心音——あらゆる面において、嘘は感じられない。
多少ぼかしている感覚はあるが、ローファスは概ね真実を語っている事が伺える。
ともあれ、タチアナからして信じ難い事ではある。
《邪竜》の封印は《竜王祭》での鎮魂の儀により毎年確実に行われている。
にも関わらず、よもやその復活が《竜王祭》の当日——今夜に起きようなど。
そもそもローファスは“地神シュー・アヴァロ”と言った。
地神とは王国の国教である六神教、六神が一柱に該当する神格。
対してシュー・アヴァロは、タチアナの祖先であり聖竜国の建国者——《大地の竜王》とされる者の御名である。
これらを同一人物として語った事自体が、そもそも歴史的新説であり、もし公的な研究機関に持ち込めば興味深いと取り上げられる——よりも与太話と一蹴される可能性の方が高いだろう。
「ふむ…我が祖、偉大なる《大地の竜王》が地神か。そして六神と、《闇の神》…中々面白い話じゃのう。俄には信じ難いが…タリアはどうじゃ。知っておったのか?」
タチアナより話を振られたタリア——アステリアは、少し気まずそうに目を逸らす。
「…ローファスの事情は知らなかったわ。でも、《闇の神》が世界を滅ぼそうとしているのは本当よ。地神の御名がシュー・アヴァロというのも、一般公開されていないけど六神の名前は王家に伝えられてて、私も知ってる。もっとも、それが貴女の祖先だったというのは初耳だけれど」
聖竜国の祖、《大地の竜王》シュー・アヴァロという名は、姫巫女の血筋にしか伝えられていない。
王国と聖竜国は隣国であり同盟国。
しかし両国共に世代を経て情報を秘匿し合った結果、歴史は埋もれ、名が残ろうとも本質までは伝わっていなかった。
王国側に関しては六神に対する宗教的神聖視も絡み、初代国王のかつての盟友であった地神シュー・アヴァロが何者であったかすらも、後世には届いていない。
そしてシュー・アヴァロの御霊すら、己が地神という肩書きを持つ事に大した関心を持っていた訳ではない為、その事を子孫のタチアナに態々啓示として伝える事もない。
そもそも地神を始め、六神という呼び名は、後の世で人が讃えて名付けたもの。
当の六神らも、自らを六神と自称している者の方が少ない。
風神や光神などは、飽く迄もそう名乗った方が子孫達に伝わりやすいからそうしていただけに過ぎない。
神の時代は、当時の六神が【闇の神】を封じる形で終わりを迎えた。
以降は人の時代。
過去、現在、未来——そして時には神話として語り継ぎ、《神》すらも人が紡ぐ。
「嘘だと思うなら、《霊堂》で祖先に聞けば良い」
ローファスの言葉に、タチアナはいや、と首を横に振る。
「疑ってはおらんよ。お主が妾と婚姻を結んだのは、《霊堂》に入って我が祖と対話して《邪竜》の情報を聞き出す為——
謎が解けたと、タチアナは得心いったように頷く。
地神シュー・アヴァロは、かつての《邪竜》——《煉獄の魔王》スペルビアと直接戦い封じたという。
当然、《邪竜》の情報を誰よりも持っている。
前回、中途半端に復活した不完全な《邪竜》と戦ったアベル達よりも。
と、ここでリルカが疑問の声を上げる。
「ん…? ロー君は《邪竜》討伐を地神から頼まれたんだよね? それでロー君が聖竜国に来たなら、なんでその後も接触して必要な情報とか話さなかったんだろ? ロー君から聞いてくるの待ちって、幾ら何でも無責任過ぎない?」
「それに関しては、子孫として謝罪する。我が祖、偉大なる《大地の竜王》はそういう所がある。本当に申し訳ない」
タチアナが申し訳なさそうに頭を下げた。
タチアナはこれまで、姫巫女として祖霊——《大地の竜王》から啓示を受ける事が度々あった。
最近だと、帝国と王国のいざこざを止めろと言われたりした。
毎度、言ったら言いっ放し。
その後のフォローなんて無いし、問い掛けても基本返答は無い。
故に、ローファスの問い掛けに答えたのいうのが驚きであった。
つまりそれが、必要な情報であると《大地の竜王》が判断したという事。
なら最初から伝えておいてやれよと思わなくもないが、祖霊に対して文句を言っても仕方がない。
そして、タチアナの言葉にローファスが補足する。
「《神》は器も無しに人と接触するのに相当なエネルギーを要する。リルカ、お前は風神しか知らないんだろうが、アレがおかしいんだ。普通はそう頻繁に接触してくる事はない。そうだろう、アベル」
「え…あ、ああ」
突然話を振られたアベルは目をパチクリとさせながらも答える。
「確かに、今思えば本当に必要最低限って感じだった。リルカの方は色々と連絡があったって聞いていたから、
でも、とアベルは思い出すように言葉を続ける。
「そういえば、火神の祠で修行した時は普通に話してくれてたな…」
「《神》は己の領域内であれば比較的少ないエネルギーで人とコンタクトが取れる。前回も、加護を得る為に態々六神の祠を回っていただろう」
それは《物語》第二章、《第二の魔王》による叛逆での事。
四魔獣と《魔王》を打ち倒したアベル達でさえ、《第二の魔王》と四天王との間には、手も足も出ない程の戦力差があった。
故にアベル達は、フランが受けた《神託》に従い、六神の祠を巡り加護を受けて地力の底上げを行った。
六神の祠は、奇しくも倒してきた四魔獣と縁のある土地が多かった。
水神の加護は《魔の海域》の向こう側にある島国——公国の浜辺にある小さな祠。
風神の加護は天空都市シエルパルクの中央に位置する王城内にある寂れた小部屋。
火神の加護は、アベルが修行でも行ったヘラス山の頂上にある神殿。
地神の加護は四魔獣豹王アンブレと戦った草原の近くにある農村にひっそりと建てられた竜神信仰の社。
そして王都——王宮の地下にある太陽紋が掲げられた祭壇で光神、その対面に作られた三日月が掲げられた祭壇で暗黒神からそれぞれ加護が受けられた。
加護と、血に眠る
思い返せば、風神がリルカに自由に接触できていたなら、態々祠巡りなどする必要はなかった。
因みに、とローファスは補足するように口を開く。
「アベル。貴様は帝国で火神から加護を遠隔で受けていたようだが、アレはかなり無理をした裏技のようなものだ。相当なエネルギーを消費した筈。風神は当然として、火神も《神》としてはもう役立たずだと思え」
六神であろうが容赦ない物言いに、リルカとアベル、そしてアステリアも顔を引き攣らせた。
話が脱線したな、とローファスは仕切り直す。
「——とまあ、要するにだタチアナ。こちらにはこちらの事情がある。六神がどうのと、聖竜国の姫巫女である貴様には理解できないであろう話ばかりで悪いが、子孫であるにも関わらず地神からなんのコンタクトも無い貴様は蚊帳の外という訳だ。聖竜国が抱える問題を解決してやると言っているんだから潔く離婚に応じろ」
「えらいぶっちゃけるのう…」
ローファスより赤裸々に思いの丈をぶつけられ、タチアナはぽりぽりと頰を掻く。
リルカなんかはローファスに同調して後ろで「そうだそうだー!」なんて言っており、フォルとユスリカはそれを冷めた目で見ていた。
ローファスが話した事情を聞き終えたタチアナは、思案するように顎に手を当てる。
「一先ず、妾とお主の離婚云々の話はさて置くとして…」
「さて置くな。それが今回の主題だ」
「世界滅亡の話まで持ち出しておいて何を言うか。離婚だの結婚だのと明らかに些事じゃろう。それに、仮に妾が離婚の申し出を受けようが、妾達の婚姻関係が国際的に知られてしまっている以上、もっともらしい理由が必要と言うた筈じゃ」
「貴様が
「なんで妾じゃ。寧ろ浮気しておるのはお主の方じゃろう。妾という妻が居ながらやれ婚約者だやれ愛人だとぞろぞろと連れて来おってからに」
「誤解を招く口振りは止めろ。貴様との間には何もない。飽く迄も形式上の婚姻関係だ。そもそも愛人の数なら貴様には負けるがなあ? そこに寝ている女だけでも五人は居る。どうせ他にも居るのだろう」
「数は問題ではなかろう。重要なのはこの事実が国際的にどう判断されるかじゃ。そもそもお主のような優良株をそう易々と手放す訳がない」
「遂に本性を現したなこの阿婆擦れが! 国を救ってやると言っているのだから大人しく言う事を聞け!」
「誰が阿婆擦れじゃ! 後世を残す重要性はお主も理解しておろうが! 妾にはもう時間がないんじゃ! こんな美人を抱ける機会などそうなかろう! 別に生涯縛るとまでは言うておらん! 種を寄越せば解放してやるわ!」
「だから《邪竜》を殺して貴様を姫巫女の任から解放してやると言っているだろうが! 世継ぎなど不要だ! 喜べ、貴様が姫巫女の末代だレズビアン!」
「このご時世になんて事を言うのじゃお主は!? 大体良い男が近くにおらなんだだけで、別に妾はどちらもいける——」
「ちょっとストップ! ちょっとえげつない事口走ってるから抑えた方が良いと思うわ。あと、話がかなり脱線してるわよ。今晩復活する《邪竜》について話した方が良いんじゃないかしら?」
ヒートアップした二人の間に、アステリアが割って入った。
ローファスはきょとんと首を傾げる。
「いや、別に脱線はしていない。先程も言ったが、離婚の件が主題だ」
「真面目な顔で何言ってるのよローファス…確かに、貴方は《邪竜》と直接戦ってないから分からないかも知れないけれど、アイツは並大抵の攻撃じゃ傷も付けられないのよ」
「…
「え…知ってるって…」
ローファスは鼻を鳴らす。
「《邪竜》を倒し、滅ぼす算段はこちらで付けている。アステリア殿下…貴殿はどうやら
「…!」
ローファスより冷ややかに睨まれたアステリアは、言葉を詰まらせた。
それを庇いようにアベルが前に出る。
「ローファス…! そんな言い方ないだろ!」
「…確かに、今のは言い方が厳しかったかも知れんな」
だが、とローファスは立ち上がり、アベルを睥睨する。
「俺は八ヶ月も前から聖竜国に潜入し、《邪竜》を倒す為に姫巫女と婚姻を結んででも情報を集め、入念な計画を立てた。対して貴様らはどうだ。《竜王祭》の当日に訪れ、《邪竜》を倒す方法を今から話し合うだと? 片腹痛い。貴様らの方こそ、《邪竜》を甘く見過ぎではないか」
「そ、そんな事ない…! アステリアは君を一人で戦わせない為にみんなを集めて、僕だって君と一緒に戦う為に修行を——」
「それでも戦力が足りないと言っている。まさか《邪竜》が前回のままだと思っているのか? 同じな訳ないだろうが。貴様は帝国で何と戦った? デスピアの情報をリルカから聞かなかったのか? 一度として同じ事などなかっただろうが」
ローファスは睨むようにしてアベルの胸ぐらを掴み、引き寄せる。
「貴様一人が強くなったからなんだ。まさかとは思うが、仲間が死なないとでも思っているのか」
「…っ」
「良いか。《邪竜》と戦うという事はそういう事だ。仲間を、大切なものを失う覚悟があってここに立っているのか。そんな覚悟、俺には無いぞ。だから置いてきた。まあ貴様とステリア殿下が連れてきてしまったがな」
ローファスはアベルを突き放すようにして胸倉から手を離す。
「…歯に衣着せず言うなら、貴様らははなから頭数に入っていない。頼むから余計な事をするな。計画を乱されて《邪竜》を殺し損ねては目も当てられん」
それだけ言うとローファスは踵を返し、扉に向かう。
場は静まり返り、誰も動けない中——ただ一人、フォルだけが追い掛け、ローファスの肩を掴んで止めた。
「フォル…すまんが…」
「リルカはさ——」
ローファスの言葉を遮るように、フォルは言葉を続ける。
「リルカは言ってたんだよ——もうお前に無茶をさせたくないって」
「…」
「帝国での指示出し、凄かったよな。全部、お前の言う通りに物事が進んだ。本当に凄いよ。流石だと思う。多分、ローファスの言う通りにしてたら、全部上手くいくんだと思う。でもさ…あの時、お前だけが死にかけてたんだよ」
その言葉に、ローファスは押し黙る。
「アタシもリルカと同じだ。もうお前一人に無茶はさせない。その為に磨いてきた力なんだ。アステリアから二周目だとか色々と聞いたけど、欠片も理解できなかったし、正直興味もない。アタシはローファスについていく。もう絶対に、一人にはさせないから」
フォルから真っ直ぐに見られ、ローファスは少し言葉を詰まらせつつ、彼女に向き合うように肩を抱いた。
「フォル…」
「ローファス…」
「その…今回は別に俺一人じゃないし、なんだったら無茶をする予定もない。《邪竜》は計画的に確実に殺す」
「え…?」
「この俺が八ヶ月も時間を掛け、決行に踏み切ったんだぞ。万全を期するに決まっているだろう。お前達は…その、なんだ…」
ローファスは非常に言い辛そうに目を逸らしながら言う。
「単純に戦力外なだけだ。安全なところでじっとしていてくれると俺も安心だ。愛している」
最後にとって付けたように愛を囁きつつ、ローファスは優しくぽんぽんと肩を叩いて再び扉に向かう。
フォルは顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
「ちょっとロー君!? ファーちゃん泣いちゃったじゃん! どうすんの!!」
「…あまり時間がない。《邪竜》を殺したら必ず時間を作るからフォローを頼む」
「フォローなら私も欲しいんだけど!?」
「本当にすまん…あ、それとタチアナ」
ローファスの呼び掛けに、呆気に取られていたタチアナが反応を示した。
「む…なんじゃ」
「後で俺の部屋に来い。無論一人でだ」
「初夜か?」
「んな訳あるか。貴様には《邪竜》殺しに際しやってもらう事がある。その為の情報共有だ」
「ふむ。そもそも《邪竜》が復活する事自体が半信半疑なんじゃが…心得た。下着の色は黒で良いか?」
「言葉に気をつけろ。俺も今苛ついていてな。うっかり妻を殺したくはないんだ。離婚できなくなるからな」
そう吐き捨てつつ、そろそろテセウスとレーテー達との打ち合わせやら事前準備やらが迫っているローファスは、最低! 馬鹿! と騒ぐリルカを尻目に控え室を出た。
*
控え室に残されたフォルを、リルカが背中を摩って慰めていた。
「大丈夫、ファーちゃん。ロー君だって本気で言ってた訳じゃないよ…あの感じ、本当に余裕がないんだと思う。だから悲しまないでファーちゃ——ファーちゃん?」
顔を両手で隠し、ふるふると震えるばかりでフォルは何も答えない。
泣いているのかと思ったが、なんか雰囲気が違うようなとリルカは眉を顰め、フォルの顔を覗き込む。
「ローファスに愛してるって言われた…」
「恥ずかしがってるだけ!? こんな時に乙女発動させないでよファーちゃん!」
しかもその「愛してる」は雰囲気もクソもない取り敢えずフォローで入れとけという思惑が透けて見える取ってつけたようなものだった。
「だって…ローファスは普段愛してるとか浮ついた事は中々言わないから」
「言うよ割りかし! ロー君は普段は恥ずかしがって言わないけどその場しのぎとかでそういう小っ恥ずかしい事を普通に言えちゃう人なの! 前に
心配して損したよ! とリルカは鼻を鳴らしつつ、自分もコーヒーを飲んで落ち着こうと振り返る。
そして気付く。
控え室に居た筈のメンバーが一人足りない事に。
「ちょっとユッちゃん…今日抜け駆けし過ぎじゃない?」
抜け駆けは自分の専売特許の筈なのに、とリルカは肩を落とした。
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