154# 三国会談

 三国会談は、帝国側の主張から始まった。


 此度の帝国と王国の戦争——先に仕掛けたのは間違い無く帝国側。


 宣戦布告も無しにステリア領に襲撃を仕掛けた。


 その事を、帝国側は事実として認めた。


 しかしそれは、断じて帝国の国家としての決定では無い——それが帝国側の主張。


 あのステリア領襲撃は、王国に恨みを抱く帝国軍の一部が暴走してやった事。


 故にあれは帝国が望んで仕掛けたものではなく、それにより生じた被害も、此度の抗争も、この上無き悲劇である。


 その証拠に、先のステリア襲撃の進軍も、帝国軍の記録には残されていない。


 それは帝国が命じた正式な任務では無い為。


 当然、一部の暴走を御し切れなかった帝国には、管理不行き届きという責任がある。


 故に、先のステリア襲撃により生じた被害の賠償は当然行う。


 そして此度のローファスを筆頭とした王国勢力による帝国側への報復行為、それにより生じた被害に対する賠償請求はしない。


 以上が、帝国軍国防長官オウセンが出した主張。


 それは何とも帝国側にとって何とも都合の良い話。


 王国と帝国が結んでいた停戦協定は、国際法に基づいた不戦の取り決め。


 それを一方的に破り、敗走すれば一部が暴徒化した事にして国際的な責任から逃れようとする。


 直接被害を被った王国側では無いタチアナですら、聞いていて眉を顰める内容。


 王国側が先に攻め込んで来たと言い出さないだけマシと見るべきか。


 もしも聖竜国が同様の訴えをされたならば問答無用で滅ぼすだろう。


 そんな事を考えながら、タチアナはローファスを見る。


「帝国の主張はあい分かった。王国——ローファス、次はぬしの話を聞こう。申してみよ」


 タチアナに話を振られたローファスは、頬杖を突いたまま気怠げに答える。


「…ステリア領が奇襲を受け、俺達はその報復行為として帝国を襲撃した——その辺りは相違無い。帝国が主張する一部の暴走などという言い訳紛いの主張は兎も角として、そこは事実だ」


 言いながらローファスは、帝国側——オウセンに目を向ける。


「要約すると帝国は、国際法を破った責任は取りなくない。その代わり賠償金を支払うから穏便に処理して欲しい…そんな所か?」


 ローファスの歯に衣着せぬ物言いに、オウセンは眉を顰めつつ首を横に振り否定する。


「違う。責任を取りたくないなどと子供じみた言い訳をしている訳ではない。此度の王国への奇襲は、国家主導で行われたものでは断じてない。一部暴徒によるテロ行為だ。これが事実であり——」


「巨大な飛行戦艦まで持ち出していたという話だが?」


「軍の一部が暴徒化した。故に装備も兵器も正規のものだった。帝国には、半世紀前の戦争の事で王国に対して悪感情を持つ者も一定数は存在する。それら不穏分子を制御し切れなかったのはこちらの不手際、誠に申し訳なく思う。それに関しての責任は取ろう。賠償も支払う。だが、帝国は断じて戦争を望まない」


「…ふむ、貴様らの主張は分かった。だが、それが事実であると証明が出来ない以上、話は無駄に平行線を辿るのみ。これ以上の話し合いは無意味だ」


「帝国が国家として関与していない証拠ならば幾らでも出そう。実行犯も既に拘束している。必要であれば王国側に引き渡す準備もある」


「魔法に関しては兎も角、純粋な技術力に関しては王国も聖竜国も、帝国貴様らには遠く及ばん。第三者による調査も効果は薄い。情報隠蔽もやりたい放題、偽の証拠も作りたい放題…そんな状況で、どれだけ身の潔白を訴えようとなんら判断材料にはならん。実行犯の差し出しに関しても、質の低い尻尾切りにしか見えん」


「…」


 オウセンは押し黙る。


 ならばどうしろと言うのだとでも言わんとするその目で睨まれ、ローファスは鼻で笑う。


「ああ、勘違いをするな。これは飽く迄も俺個人の見解だ。帝国の主張はそのまま王家に伝えよう。王国こちらは貴国の証言を嘘と断定出来るだけのものがないのも事実。嘘と断定出来ない以上、貴国の主張はまあ通るだろう。ステリアがそこまで大きな被害を受蹴ていないのも大きい。具体的な賠償額に関しては王家と話し合え」


「それは…こちらの主張を認めるという事か…?」


「そう認識してもらって構わん。そもそも俺は、王国貴族の嫡男に過ぎん。まだ当主でも無い。外交官でも無い。王国の代表として俺個人が出来る事など、貴国の要望を王家に伝えるだけの伝令役位なものだ」


 ニヤリと微笑むローファスに、その場の皆一様に眉を顰めた。


 もっと揉めるかに思われたが、すんなりと訴えが通った——不気味な程に。


「…それで良いのか?」


 タチアナが問う。


 ローファスは肩を竦め、答える。


「良いも何も無い。先程も言ったが、私は今暫定的に王国の代表を勤めているに過ぎない。そもそも王家を差し置いて、王国の見解を述べる立場に無いのですよ」


「それは…まあ、そうであろうが…」


 肩透かしを食らった様な、何とも腑に落ちない様子のタチアナ。


 しかし理屈自体は通っている。


 ローファスは現状、報復の為に帝国に乗り込んで来た当事者という以外の肩書は無い。


 実質的に、王国の総意を代弁するだけの立場に無いのも事実。


 それだけにオウセンも、表情にこそ出さないものの、特に警戒の色も無く肩の力を抜いている。


 しかしレイモンドだけは、緊張の面持ちのままローファスを見守る。


 レイモンドは知っている。


 ローファスは——このまま終わらせる程甘くはない事を。


 ローファスは薄く笑い、前腕部分の失われた左腕の義手の破損部分にそっと触れる。


 テセウスとの戦闘で破損した義手、それを惜しむ様に。


「——これにて三国会談は終了。それで構わないか、帝国よ」


 ローファスの問いに、オウセンは首肯する。


 チラリとローファスの視線を受けたタチアナも、肩を竦めた。


「ふむ…両国の話し合いが平和的に終わるなら、妾から言う事は何もない」


 此度の会談の主催ホストであるタチアナのその言葉は、話の締結を意味する。


 それは聖竜国の姫巫女たるタチアナを証人とした、両国の会談の平和的な終結。


 その場の雰囲気が僅かに緩んだ瞬間、ローファスは口元を三日月の如く邪悪に歪め、笑った。


 そして徐に足を上げると、その踵を乱暴にテーブルの上に叩き付ける。


 テーブルの上で足を組むローファス、それも土足。


 ここは国家間の会談の場、本来ならば有り得ない暴挙。


 傲岸不遜ながらも、しかし話し合い自体は紳士的に行っていたローファスの突然の豹変に、その場は静まり返る。


「さて煩わしい国家間の話し合いは終わりだ。戦後処理・・・・を始めようか、愚かな帝国人共」


 なんとも板に付いた悪人面、悪魔の如き笑みで全てを見下すローファス。


 場は凍り付き、レイモンドは両手で顔を覆った。



 平和的に終わったかに思えた三国会談。


 しかしその直後に豹変したローファス。


 国家間での会談は終了、タチアナは両国の主張と、平和的な話し合いの締結を証人として見届けた。


 この時点で、タチアナは主催ホストとしての役目を終えている。


 タチアナには、ローファスが何を考えているのか分からない。


 故に一先ず、会談から外れた帝国とローファスのやり取りを見守る事にした。



 ローファスの態度の豹変、そして“戦後処理”という言葉にオウセンは眉を顰めた。


「戦後処理、とは? 賠償の件ならば、王家と相談するという事で話は付いた筈だが…」


「確かにその通りだな。しかしそれは、帝国と王国の話だろう。は関係無い」


「は…?」


 冷や汗を流し困惑するオウセンに、ローファスは鼻を鳴らす。


「先のステリア襲撃、帝国軍の一部の暴走と言っていたな。それと同じだ。俺は、王家の命を受けて報復行為に出た訳ではない。ここまで乗り込んだ来たのは、俺個人の私怨によるものだ」


「な、何を——」


「分かりやすく言ってやろう。今の俺は、王国の代表ではなく一個人だ」


「…!?」


 オウセンの額から流れ落ちる嫌な汗。


 つまり今この場に居るのは、単身で一国の軍事力を相手に出来る怪物。


 国の意思とは無関係に、個人の意思で帝国を相手に話している。


 国という組織に縛られない、“個”として。


「いや…しかし、貴殿は王国の代表としてこの場に…」


「それは同盟国たる聖竜国の呼び掛けに対して、一人の王国貴族として応じたに過ぎん。今し方の会談にて、その義務は果たしている」


 義務を果たし終えた以上、この場に居るのは私怨により帝国を襲撃したローファス・レイ・ライトレスという個人。


 であるならば、ローファスはただ帝国に恨みを持った襲撃者——王国の管轄から外れた危険人物であるという事になる。


「で…であるなら、我々は自国防衛の為、貴殿を拘束する必要が…」


 言いながらオウセンは、それが出来ない事を理解している。


 何故なら——


「それが出来ないから、俺は貴国の首都に攻め入りながら、拘束される事無くこの場にいる——そうだろう?」


「…」


 オウセンは押し黙る事しか出来ない。


 全くもってその通り。


 何故なら帝国軍は、ローファスとその勢力に実質的な敗北を喫している。


 武力的な制圧は不可能——故にローファスらを暫定的な国賓として扱い、その療養の援助も行った。


 全ては危険人物であるローファスという個人を刺激しない為。


 ローファスが引き連れて来た面々にも、個々で護衛と称した見張りを付けてはいるものの、その行動を制限する事はしていない。


 帝国はローファス一派に敗北したのだから。


 オウセンは頭を高速で回転させながら、言葉を紡ぐ。


「…既に聖竜国の姫巫女殿下を証人として、後日改めて帝国と王国王家との話し合いの場が儲けられる事が決定している。それは王国の代表として貴殿自身が決めた事でもある。万が一それ以上の暴挙を我が国に対して行う場合、それ相応の抗議を王家にする事になる」


「結構」


 緊張の面持ちで話すオウセンにローファスは微笑み、会議室の窓に向けて軽く指を振るう。


 同時、巨大な暗黒球ダークボールが無詠唱にて放たれ、窓をくり抜く様に風穴を空けた。


 轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れる。


 突然のローファスの暴挙に、帝国側は唖然とした様子で目を見開き、聖竜国側はタチアナを守るべく武器を構えローファスに向ける。


「何を、やっているんだ——ローファス…」


 戦慄し冷や汗を流すレイモンドを尻目に、ローファスは肩を竦めて見せる。


「ああ、失礼。少々風通しが悪かったものでな。そう身構えるな聖竜国。心配せずとも、貴殿らの大切な姫巫女殿下を傷付ける意図は無い」


 薄ら笑いを浮かべるローファスに、聖竜国の護衛——上級剣闘士らは警戒の面持ちを浮かべたまま構えた武器を下さない。


 今にもローファスに飛び掛かりそうな雰囲気の上級剣闘士らに、タチアナが待ったを掛ける。


「良い、武器を下せ。そもそもあ奴がその気なら、どうせ主らではどうにもならん」


 タチアナの言葉に、護衛らは納得出来ない様子ながらも、渋々といった調子で命令通り武器を下す。


「じゃが説明はして貰うぞ、ローファス。どういう腹積りじゃ。帝国への脅しか?」


「まさか。寧ろこれは帝国への配慮。王家への連絡は早い方が良いでしょう」


 ローファスの影より一羽の鳥の使い魔が飛び出し、会議室に空けられた風穴を抜けて空へと飛び立つ。


 その向かう先は、王国方面。


 ローファスはじろりとオウセンを見遣る。


「今、王家への伝令を出した。王都に辿り着くまでに丸一日。長距離転移を用いる事を加味してもここの場への介入には、最低でも三日は掛かるだろう」


「三日…」


 王家の介入は三日後。


 それを告げられたオウセンは、意図が図れずローファスを見る。


 ローファスは口元を三日月の如く歪めて嗤った。


「王家へ抗議、好きにすれば良い。それが出来るのもどうせ三日後だろう」


 ローファスの言葉の意味を、ここでオウセンは理解する。


 仮にローファスが私怨のまま帝国を無茶苦茶にしようとも、王家の介入があるのは三日後。


 既に帝国は、武力的にローファスに敗北している。


 それはつまり、帝国の軍事力ではどう足掻いてもローファスに対抗出来ない事が証明されているという事。


 極端な話、如何なる非道が行われようと、帝国はローファスに何も出来ない。


 オウセンは顔を青くし、まるで助けを乞う様にタチアナを見る。


 しかし当然、タチアナは何も言わない。


 既に三国会談は平和的に終結しており、国家間での争いがこれ以上広がる事は無い。


 今行われているのは、飽く迄も帝国とローファス個人のやり取り。


 例えば、もしもローファスが見境無しに魔法を放つといった暴挙に出たとするならば、聖竜国側も同盟国たる帝国に救援の手を伸ばすかも知れない。


 しかしローファスの態度は極めて冷静であり、行われているのは飽く迄も話し合い。


 下級魔法を放ち、帝国側の建造物に多少の被害が出たものの、それによる死傷者は0。


 かなり過激で威圧的ではあったものの、ローファスの魔法は飽く迄も王国へ伝書を飛ばす為の道筋を作る為のものであったと証言しており、事実として聖竜国にも帝国にも人的被害は出ていない。


 何より当のタチアナ自身が、帝国とローファスの話し合いに対して静観を決め込んでいる。


 どうやら帝国とローファス個人の交渉に、聖竜国が介入する気は今の所無いらしい。


 国と個人が交渉するという異例な状況。


 帝国が真に警戒すべき交渉相手は王国ではなく、ローファス個人であった。



*作者から一言*

長くなったので一旦切ります。

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