83#/おまけSS…巻き込まれた姫巫女

 王都は、レイモンドが放った数多の召喚獣の襲撃を受けていた。


 それは王都の中央、王族の住まう王宮も例外では無い。


 破壊を目的としている事もあり、防護結界に守られた王宮には多くの召喚獣が押し寄せていた。


 そんな最中、聖竜国の姫巫女——タチアナ・アヴァロカンドは、城内からバルコニーへ出て城外の光景を眺めていた。


 所々で黒煙が上がる市街地、無数の翼竜が舞う空、そして眼前の結界まで押し寄せる無数の魔物の群勢。


 タチアナはそれらを涼しい顔で眺めていた。


「姫巫女様! 急ぎ場内へ! 外は危険です!」


 外に出たタチアナを追って来た王国近衛騎士が、血相を変えて訴える。


 無数の魔物による襲撃という緊急事態。


 万が一国賓たる姫巫女の身に何かあれば、聖竜国との国際問題になる事は必須。


 しかしタチアナは、大して慌てる様子も無く肩を竦める。


「内と外に、どれ程の違いがある? それに、城の中は窮屈なのでな」


「姫巫女様!」


 タチアナに近寄ろうとした近衛騎士の眼前に、無数の棘に覆われた鉄球——モーニングスターが差し出された。


 それは、タチアナの側に控える護衛——上級剣闘士が向けたもの。


 それ以上は許可無く近寄るな。


 そう無言で威圧され、近衛騎士は冷や汗を流しつつ動きを止める。


「見ての通り、妾の護衛は優秀じゃ。お主は国王陛下の身でも案じておれ」


「…失礼、致しました」


 タチアナが上級剣闘士を指して自慢気に言い、近衛騎士は速やかに城内に退避した。


 しかし、そのまま奥へ退こうとはせず、入口の所で身を隠してタチアナの様子を伺っている。


 上級剣闘士が追い返そうと動こうとするのを、タチアナは手で静止する。


「やめておけ。あの騎士は、妾を守る任を受けておるのだろう。少し鬱陶しいが、目障りという程でも無い。捨て置いてやれ」


 タチアナの言葉に、上級剣闘士は無言で引き下がる。


 そしてタチアナは、天井へ目を向ける。


 肉眼では視認が難しい程に遥か上空。


 しかしながら、そこから降り注ぐ魔力波は身震いする程に凄まじい。


 これだけ距離が離れているというのに、ここまで鮮明に感じ取れる高密度の魔力。


 光と暗黒、二人の魔人。


 それにタチアナは、興味深そうに笑う。


「——“暗黒神と風神の痴話喧嘩”」


 ふと口にしたタチアナの言葉に、上級剣闘士は首を傾げる。


「お主も知っておろう。ほんの一年程前に、我が国が誇る霊峰付近の山脈が、消し飛ぶ事件があったのを」


 聖竜国の、霊峰付近の山脈の一部が、更地と化す事件が約一年程前に起きた。


 夜間帯に規格外の魔力波が確認され、翌朝に警備隊が現場に訪れた際には既にその様な状態になっていた。


 現場に残されていたのは、更地と化した山脈と、周辺に棲息していたと思われる大量の竜種の死骸、そして——超高濃度の風と暗黒の魔力の残滓。


 人が扱えるだけの規模を遥かに超えていた為、最上位の竜種同士の抗争が起きたか、或いは——神格の類の所業かと噂された。


 結局原因は解明されぬまま、未解決事件——否、正体不明の災害として処理された。


 聖竜国の一部では、この事件の事を王国で信仰される六神と絡め、“暗黒神と風神の夫婦喧嘩”と呼んだ。


 百年程前に風神が暗黒神へ宛てた愛を綴る手紙が発見されており、六神教の極一部では暗黒神と風神は夫婦神なのではという説がある。


 それに因んだ事件名。


「…犯人、と言うと角が立つか? しかし、やはりローファスならば、あの事件と同等以上の魔法が扱えそうじゃのう?」


 タチアナは面白そうに笑う。


 ここで初めて、上級剣闘士が口を開く。


「…捕らえますか?」


 天上にて、常軌を逸した力を振るう魔人化したローファスを真っ直ぐに見据えながら、それでも気圧されもせずに平然と言う上級剣闘士。


 タチアナは吹き出し、腹を抱えてケラケラと笑った。


「くく、お主も冗談が上手いのう。幾らお主でも、流石にアレは無理じゃろう。それに、我が国に招くとするならば、国賓としてじゃ。丁重に、な」


 と、ここで王城を覆う防護結界に罅が入る。


 結界に対して、巨大な獅子型の魔物が鋭利な爪を突き立てていた。


 無数に群がる魔物の中で、明らかに毛色の違う巨獅子。


 巨獅子は煩わしそうに結界に爪を立て、容易くそれを引き裂いた。


 引き裂かれた部分から、防護結界は徐々に罅割れ、風穴が開いた。


 そして魔物の群れが、我先にと王城へと押し寄せる。


「姫巫女様、急ぎ場内へ! 魔物は我々近衛騎士が対応致します故…!」


 結界の破損により魔物が侵入した事を受け、入口付近で身を隠していた近衛騎士が焦った様子で現れた。


 しかしタチアナは、気にする様子も無くつまらなそうに魔物の群れを睥睨する。


「脆い結界——いや、あの獅子が別格か。何処ぞの名のある森の主か、ダンジョン神の箱庭フロアボスつゆ払い——いや、守護者か?」


 巨獅子はじろじろと観察する様に見下ろすタチアナに目を向けると、脚をバネの様にして跳躍し、一足でバルコニーにまで跳び上がった。


 城壁に爪を突き立てしがみつき、バルコニーに前足を掛けて這い上がる。


 金色の双眸がタチアナを見下ろす様に睨み、獰猛な牙が生え揃った口からは涎が流れ落ちた。


「姫巫女様ッ!」


 今にもタチアナへ襲い掛からんと大口を開ける巨獅子に、近衛騎士は全身に魔力を迸らせ、剣を引き抜いて駆け出した。


 巨獅子の牙が早いか、近衛騎士の剣が早いか。


 刹那、それらを嘲笑うかの如く、タチアナの背後より鎖に繋がれた黒鉄のモーニングスターが飛来した。


 高速で飛来したそれを、巨獅子は避ける事が出来ず、頭蓋がかち割れ、血肉が飛散した。


 バルコニーに降り注ぐ血肉の雨。


 常時展開されている魔法障壁が遮り、タチアナは汚れ一つ無くそこに佇んでいた。


 近衛騎士は剣を構えたまま、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


 ダンジョンの守護者級と目される魔物が、たったの一撃で倒された。


 倒したのは——姫巫女のたった一人の護衛の剣闘士。


 タチアナは呆れた様に上級剣闘士を見遣る。


「お主…毎度もっと綺麗にやれぬのか? 折角のバルコニーが汚れてしまったではないか」


「…」


 文句を言われた上級剣闘士は、無言で肩を竦めて見せた。


 タチアナは溜息混じりに踵を返す。


 血みどろのバルコニーで過ごすのは御免だと言わんばかりに。


「仕方無い、中で大人しくするとしよう。血の匂いは好かんのでな」


 ぼやきつつ、ちらりと空を眺める。


「…あの戦力差では、戦いもそう長くは続かんじゃろうしな」


 にっと笑い、タチアナは城の中に消えて行った。

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